第15話:至上命題と解任決議
目を覚ますと、日はまだ低く、朝の澄んだ空気が満ちていた。
あれだけ何度も否決されたけど、外の時間は教官の記憶を見た時と同じでほとんど進んでいないようだ。
朝食を食べてから人類軍の防衛拠点へと進んでいく。今日中に到着できるかどうかって所だろう。今日は昨日よりも身体が軽く力がみなぎっている感じがするが、教官の暗殺で睡眠時間が足りてなかったのかもしれないな。
それにしても至上命題か。『人間の姿となり、人類の防衛拠点を内側から破壊工作をする事』なんてものに決まったが、それを守る気は全く無い。
俺がどう行動するかは、俺自身が決める。寝ている間の脳内で行われる円卓議会なんてよく分からないものに従う義理は無いのだ。議長解任決議とか言われてもよく分からないし、好きに言わせておけばいい。
「そこの人間、止まれ!」
そうして歩いていく事半日。日が頂点に達した辺りで、久々に他の生物に遭遇した。
声のした方を確認すると……人類軍っぽいな。まぁ防衛拠点が近づいているんだから、人類軍に遭遇してもおかしくない。
「どこの所属か言え」
所属とか無いんだよな。俺は正規のルートで配属されたわけではない。
「部隊長、えっと名前は……そうだ、尾田武蔵だ。尾田部隊長の指示で動いている蘭だ」
「尾田部隊長は知ってるが、尾田部隊長の指示で動いている蘭なんてやつは知らないぞ。部隊名を言え」
あれ? 下っ端には情報が伝わってないのか?
うーん。部隊名とか無いんだよな。
「部隊名とか知らないぞ。そんなものを言われる前に、防衛拠点から出発したからな」
「困ったな……嘘をついているようには見えないが、俺では判断ができない……とりあえず防衛拠点までは連れて行くか。ついて来い」
連れて行ってくれるのかよ。何のために聞いたんだよ……
歩きながら話をしていると、彼は偵察のために防衛拠点の周囲を警戒している部隊の一員らしい。そして予想通り下っ端、新入隊員だった。
このまま歩いていってもいいけど、それだとまた防衛拠点の入口で待たされそうだな。
それは面倒くさいというか、非効率だ。この下っ端には先に走って知らせに行ってもらえないかな。
そうだ、魔王軍の拠点について記載したあの資料に俺の名前を書いて尾田部隊長に渡してもらえれば、すぐに入れるように手配してくれるんじゃないか?
それにこの資料を見て、俺の待遇が良くなったりしないかな。せっかく休むならいい環境で休みたいからな。
『ヴィーヴィー……』
ん? 何の音だ?
突如として警戒心を煽るような不快な音が鳴り響く。
「どうしたんだ?」
「いや、変な音が聞こえてないか?」
「変な音? そんなの聞こえないけど」
下っ端の兵士は不思議そうに小首を傾げている。
今も不快な音が鳴り続けているが、この下っ端には聞こえてないようだ。
俺だけ? 魔喰いスキルか人魔両性スキルが関係したりするのか?
んー、分からない。不快だけど、それ以外には影響無さそうだし、無視するか。
俺はカバンに手を突っ込んで、資料を取り出そうとする。
「なぁ」
『議長解任決議が提出されました。至上命題に反する行動を即座に停止して下さい』
警報音が消え、アナウンスの声が響き渡る
これが議長解任決議ってやつか。
それと至上命題に反した行動っていうのは、この下っ端にあの資料を見せる事か?
至上命題が人類軍に敵対する行動だから、それの逆で人類軍に利する行動をしようとしているのが反した行動と判定されたのだろうな。
まぁ勝手にすればいいだろ。俺も勝手にやらせてもらうからな。
「この」
『賛成票7、反対票3』
『賛成票が過半数を超えたため、議長解任決議が可決されました。蘭は24時間議長を解任されます。代理議長を選任します……魔族側代表議員ガートナーが24時間議長代理となります』
そのアナウンスの直後、資料を取り出そうとしていた右手に、俺の意識とは無関係にブレーキがかかる。右手だけじゃない。全身が全く動かない。指先どころか瞬きすら、完全に拒絶して静止する。
そして、俺の意識は糸が切れたように急に途切れた。
「んあっ!?」
意識を取り戻した俺がいたのは、あの円卓議会の議長席だった。
どういう事だ? 円卓議会は昨夜やっただろ。次は7日後のはずなのに、どうして俺はここにいるんだ?
混乱しながら周りの状況を見渡すと、円卓の椅子には昨夜と同じように魔族と人間が座っていた。
左側には魔族、右側には人間。左隣にはいつもの小隊長が座ってこちらをニヤニヤと見ていた。
「議長、いや今は議長じゃないか。面白い行動だったぞ。おかげで議長解任決議を出せて、ガートナー部隊長が動けるようになったからな」
動けるようになった?
どういう事だ。
「ほら、あれを見れば分かる」
小隊長が指をさす先、円卓の中央には、あの下っ端がいた。さっき見ていたのと同じ光景だな。
……いや、違う! 動いている!
下っ端が動いているのはもちろん、俺の見ている全てが動いている。まるで俺自身が身体を左右に振って、周囲を確認しているように滑らかに動いている。
でも、もちろん俺は身体を動かしていない。ここで見ているだけだ。
「どうして俺が動かしていないのに動いているんだ? それに俺が見ているのと同じように見えている?」
「だから言っただろ。ガートナー教官が動けるようになったって」
……えっ? もしかして……
「今、お前の身体はガートナー部隊長が動かしている。何を話すのか、何をするのか。全てはガートナー部隊長が決めているんだよ。至上命題に反した行動をしてくれたおかげだぜ。さぁ、ここからガートナー部隊長がどう動くのか、何が起きるのか、楽しく見させてもらおうじゃないか」
俺の身体が……乗っ取られた?
マズイ!
絶対にあの教官なら、俺の人魔両性スキルを利用して、人類軍の防衛拠点に潜入するだろう。そして、しっかりと破壊工作だったり、暗殺だったりをしてしまう!
これが議長解任決議かよ! なんてスキルだ!
どうするどうする……どうしたらいい。ここから俺ができる事は無いのか。
「おいスキル! 俺が議長に戻る方法は無いのか!?」
「議長解任決議が可決されましたので、24時間は議長に戻る事はできません」
「何も方法は無いのか!? 俺の身体だぞ! 戻せ!」
「方法はありません」
……クソっ!
今さらだが、議長解任決議がどういうものか、ちゃんと確認すべきだった。
でも分かるかよ、スキルの持ち主の意志を完全に無視して、他の人格に肉体を明け渡すスキルって何だよ!
ここで見ている事しかできないとか……人類を俺が殺戮していく光景を、ただここで指をくわえて見ていろというのか。そんなの、ただの拷問じゃないか。
あの教官、何をする気なんだ……
頼む、早く24時間経ってくれ!




