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傭兵トネリコ  作者: つい


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第八話

「……この状況で、か?」

「この状況で、だ」


 今すぐ集落に、加勢に行く必要は無いらしい。


「……やはり、そういう事なんだな」

「さて。どういう事か、私には分からないな」


 グラジオースがとぼける。


「グラジオース……お前は……どうするつもりなんだ?」

「もちろん戦うさ。ここが私の死に場所なのだろう。……どこかの巨人のように、死ぬその直前まで、敵を一人でも多く傷つけてやる。……覚悟はもう、できている」

「……お前には、死んでほしくないな」

「……クククッ。ずいぶんと素直に言うじゃないか」

「俺は、考えていたんだ」

「……」

「俺が今、こうしてここにいるのは、お前に生かされたからだ」

「……」

「……もうすでに、俺は死んだも同然だ。故郷を失い、強くなろうとあがいていた俺は、あがいた末に、ゴブリンに殺された。……理想を追い求めていた俺は、もう死んでいなくなった」

「……」

「おかげで、新しい道が見えた気がするんだ。俺はずっと、『強くなること』に執着していた。自分の弱さが原因で、故郷の居場所を失った。だから、強くなりたいと思っていた」


 俺は長剣を軽く、何度か振る。


「結局、俺が欲しかったのは『強さ』ではなく、『居場所』だったんだ。……それは別に故郷じゃなくてもいい。弱さが原因で居場所を失ったのだから、そんな自分を慰めるために、漠然と強さを求めていた」


 グラジオースがナイフを抜いたまま、ヒタヒタと足音を鳴らし、俺の方へと近づいてくる。


「では、トネリコ。……お前は、強さ追い求めることを、やめるというのか? 抱いていた理想を、諦めるというのか?」


 グラジオースは静かに口を開いて、俺にそう尋ねた。


「諦めるわけじゃない。自分が追い求めていた本当のモノに、気づいたというだけだ。俺が欲しかったのは『強さ』じゃない。『居場所』だ。……『英雄ギガス』だなんて、全く性に合ってないけどな。空虚な『強さ』を求めるよりは、きっとマシなんだろうな」


 グラジオースは一定の距離を置いた位置で止まり、俺とグラジオースは、向かい合う形になる。


「……ゴブリン差別を無くすとか、口で言うほど簡単なことではないがな。……だが、俺はこれでもそれなりに知名度と影響力があるんだ。……どうやら妙に、好かれやすい体質らしい。俺の影響力を使えば、何か変わるかもしれない。……一緒に町へ行かないか? グラジオース。俺はお前にも、『居場所』を与えたい」


 グラジオースは無表情だった。


「お前は逃げる……ということか」

「……逃げる、か。そうだな。思えば逃げてばかりの人生だ」

「……それは違うな」

「……違う?」

「お前はあの時、逃げなかった。死ぬ覚悟を決めて、死ぬ直前まで、俺たちに食らいついてきたではないか!」


 そう叫びながら、グラジオースは、俺に切りかかってきた。


「……何のつもりだ?」

「闘うと言っただろ! トネリコ!」

「相手が違うだろ! 今はこんなことをしている場合では……!」


 話が通じない。そこに居たのは、冷静なグラジオースではなかった。闘志をみなぎらせた、決死の覚悟を決めた戦士が一人いた。


 長剣で防ぐまでもない。傷のふさがった肌で、その斬撃は十分に弾けた。


 ゴブリンの腕力で、小さなナイフで、巨人族の肌を傷つけることなど不可能だ。そこには、圧倒的な種族の差がある。


「私は、お前を気に入っていた! 私は無力で、自分の無力を呪う事しかできなかった! そんな時、死の間際に瀕したお前の! あの圧倒的な『抗う力』を見たんだ! それに私が、どれほど興奮し、勇気づけられたことか! お前に分かるか!」

「……あの時も、俺は逃げようとした。だが、それが不可能だと悟ったから……」

「覚悟を決めたのだろう!? どうであれ、お前は逃げるという選択をせずに、立派に戦い抜くことを選んだのだろう!?」


 確かにあの時、俺は覚悟を決めた。逃げてばかりの人生と決別するために、ここで戦って死のうと決めた。


 グラジオースは一度、俺から距離を取った。


「確かに、お前はもう故郷には戻れないのかもしれない。お前は英雄として、周りに必要とされているのかもしれない。……だが、自分が求めるものがなんであるのか、分かっているのだろう? 何のために生き返ったのか、考えてみろ! 窮屈な暮らしをするために、お前は生き返ったのか!? まだ死ねないから、すべきことがまだあるから! だから生き返ったのだろう!?」


 俺がすべきこと。


「だというのに、お前は何だ! 英雄になる? ゴブリン差別を無くす? それが本当に、お前のしたいことなのか!? 誰がお前に頼んだ! 差別は私たちの問題であり、お前には関係ないだろう! お前の人生に、私たちを巻き込むな!」


 グラジオースが切りかかってくる。俺の皮膚が、ナイフを弾く。傷は一切つかない。


「……じゃあ、このまま。……このまま、お前は、理不尽に死ぬのか?」

「……言っただろう。ここが私の死に場所だと。……全ては私が弱いからだ。理不尽だとは思うさ。私は、たまたまゴブリンに生まれただけだ。それだけで差別を受けて、こうして滅ぼされようとしているのだからな」

「……それは、あまりにも」

「一番守りたかった仲間は、家族は、もう……いないんだ。それなのに、私だけが町に行って、英雄サマに『居場所』を与えられて、守られながら、安全に暮らすなど……クククッ、出来るはずがないだろう? ……死んだ仲間たちが許しても、私が耐えられない。そんな生活を送るくらいなら、ここで死んだほうがマシだ」


 グラジオースはナイフを一度下げたが、また持ち直し、俺を見上げてくる。


「もちろん、お前が本当に、本心からそうしたいのであれば、私は止めない……だが! 勝手に同情するな! 私たちの気持ちを勝手に推測して、憐れむな! 私たちは、()()()()が思っているほど弱くない! 手など差し伸べられなくとも、自分で自分の道を選び取る、『強さ』がある!」


 吐き出し切ったのだろうか。グラジオースの怒気が、フッと消えた。


「トネリコ。お前が求めた『強さ』も、そういったモノだろう?」

「……」

「……お前は自分のことを、『存在しない存在』だと言ったな。巨人族の試練から逃げたお前は、居場所を与えられなかった」

「……ああ、故郷に俺の居場所は無い」

「だからこそ強くなって、自分の力で、『居場所』を勝ち取ろうとしたんじゃないのか? 誰かに『居場所』を与えられるのではない。強さで勝ち取ろうとしたんじゃないのか?」

「……それは」

「これでもまだ、与えられた、窮屈な居場所が欲しいというのなら……止めはしないさ。……だが、断言する」


 グラジオースは淡々と、しかし力強い言葉で続けた。


「お前が求めているのは『強さ』だ。『居場所』じゃない。誰かに認められて、与えられるのではなく、自分で選び、誰にも文句を言わせない、『勝ち取る強さ』。違うか?」

「……勝ち取る、強さ」


 俺は呟いて、武器を握る右手に、力を込めた。


「……悪かった。グラジオース、お前は強いな」

「クククッ。そう見えるだろ……? ……正直怖いさ」


 グラジオースが、いつもの調子に戻る。


「大見得を切った手前、情けないな。……今から死ぬんだ。怖いに決まっている」


 そこにはいつもの、冷静なグラジオースが居た。


「トネリコ、お前はよくもまあ、この状態で……あれほどの闘志を持てたものだ」

「……大したことじゃないさ」

「死は大したことだろう……。クククッ、本当に、頼もしい奴だ。……私は今から死ぬ。だが、お前は違う。お前の行く末を見ることができないのが残念だ。……どうか『トネリコ』の名前に恥じない、そんな存在になると、約束してくれないか?」

「……聞きそびれていたが、『トネリコ』はどういう意味なんだ?」

「ん? ……クククッ。全く、お前はつくづく、勉強不足な奴だな。『トネリコ』というのは……」




 そこで、グラジオースは不自然に言葉を切った。




「グラジオース?」


 さっきまで、普通に話していたではないか。


 突然、グラジオースは狂ったように、何かを喚きながら、俺に突っ込んで来る。


 何を言っているのか分からない。ゴブリンの言葉だろうか? それとも、意味の無い奇声なのだろうか? 分からないが、とても攻撃的な雰囲気を含んだ雄叫びだった。


 


 グラジオースが突然、そのような声を上げた理由は、すぐに分かった。




「こっちだ! 奴はこっちの方に逃げたはずだ!」

「……ああ、いたぞ! それに、ギガス様もいらっしゃる! ギガス様が、抑えてくださっている!」


 人間の言葉が聞こえる。


「…………!」


 グラジオースが、激しく俺に切りかかってくる。




 ……おかしい。……なんだか突然、体が重くなってきた。




 例え、一歩も動けなくなったとしても、グラジオースの攻撃で、俺の体が傷つくことはない。だか、問題はそこではない。この状態では、グラジオースを人間たちの攻撃から、庇うことができない。説明もできない。それに、これではまるで……。


「総員、加勢しろ! あのゴブリンが()()()! 何としても、ギガス様をお助けするんだ!」


 ……人間たちの声が聞こえる。人語を解するグラジオースの耳にも、しっかりと届いたことだろう。


「違……! このゴ……は……!」


 視界が急激に歪む。のどが焼けるように熱くて、まともに喋ることができない。体もどんどんと重くなり、思わず片膝をつく。


 ……この場面だけを切り取れば、まるで、弱った俺に、ゴブリンがとどめを刺そうとしているようにも見える。


 グラジオースが奇声を上げながら、ナイフを構えて、俺に飛び込んで来る。


 助走と全体重の乗ったその刺突は、俺の肌の鎧を貫通した。だが、足に刺さった程度、何ともない。こんな小さなナイフが足に刺さった程度、かすり傷にもならない。


 だが、俺はついに、膝立ちすらできなくなり、倒れ込む。この体を蝕む不快感には、覚えがある。つい最近、くらったばかりだ。


「グラ……オ、ス」


 俺の顔の近くに寄って来た、グラジオースの名を呼ぶ。


「……クククッ。さらばだ、トネリコ」


 ぼやける視界の端で、グラジオースは、俺にだけ聞こえる声で、笑った。




 どんどんと狭まっていく視界の中で、グラジオースの首が飛ぶ、その瞬間が、はっきりと、俺の目に焼き付いた。

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