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傭兵トネリコ  作者: つい


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第九話

 病室の扉が、勢いよく開く。


「やあ! 思ってたよりも元気そうだねぇ! 人間なら五十回は死ねる毒をくらって倒れたって聞いたから、心配したよ!」


 そして、元気な声が聞こえてきた。


「……そんな深刻な毒じゃないですよ」

「あ、そう? もう町中、君の色々な噂でいっぱいでさぁ! 僕もう、心配で心配で!」

「……あの、先輩? えっと……三ヶ月は仕事って言ってませんでした?」

「いやいや!? キミが倒れたって言うのに、仕事なんてしてられるわけないでしょ!? どんな報酬も、キミよりは安いからね! とんぼ返りしてきたってわけさ!」

「それはどうも……ですが、そんなことしてると、評判落ちますよ」

「まあ、それはそうだけど……そうなったらなったで、遠くの国に行けばいいだけさ!」


 病室の椅子に腰を掛けた先輩は、まじまじと俺を見る。


「でっかいベッドだねぇ」

「特注だそうですよ」

「流石は『英雄ギガス様』だ」

「……こんなでも、俺って英雄なんですかね」

「卑屈だなぁ」

「……あの頃よりはマシになったと思いたいですけどね」

「あの頃……? ああ! あの頃ね」


 先輩は鞄をごそごそと漁りながら、「お見舞いに、手ぶらも悪いと思ってさー」と言い、まんじゅうを取り出した。


「帰る前に向こうで、お土産だけは買って来たよ! 食べる? ……グ、グアバ? 味? だってさ! 向こうじゃよく食べるフルーツらしいよ?」

「ありがとうございます。いただきます」


 俺が手を差し出すと、先輩はそこにまんじゅうを乗せた。


「どうぞー。……で、どうだった? 魔銃?」

「……素晴らしいですよ。おかげでこうして、死にかけました」

「ん? 毒の魔銃なんてあったかなぁ?」

「……まあ、直接の関係は無いですけど。こうなる引き金を引いたのは、魔銃ですね。間違いない」

「キミが倒れるなんて、なかなか無いよね。というか、こんな風に入院するの、初めてなんじゃない?」

「だからこうして、特注のベッドが必要だったんですよ」

「なるほどぉ。元気になったら、また詳しく聞かせてよ。なんか、色々大変だったみたいだねぇ」

「ええ、大変でしたよ。本当に」


 俺は手のひらに乗せられた小さいまんじゅうを、口に放り込んだ。フルーツと言うには、あまりに人工的で不自然な甘み。まあ、食べられないことはない。そんな味だった。


「で、結局、体はどうなんだい? まだダルいの?」

「いえ、もうほぼ完治してますね。ゴブリンとの戦闘で左目が潰れたんですが……それもほら、この通り」

「おぉ……羨ましい体だなぁ。おじさんはもう、すぐ疲れちゃうんだよ……」

「……あの、先輩って、まだおじさんではないですよね? むしろ、若い方ですよね?」


 先輩はバツが悪そうな顔をして、誤魔化すように、まんじゅうを口に放り込んで、「うまっ」っと、一言こぼす。それから水を飲んで、息を整え、口を開く。


「……まあ、それはそうなんだけどね。そうやって改めて、淡々と冷静にツッコミされると、結構恥ずかしいかな……」

「他種族の年齢を見分けるのは難しいですけど、最近、先輩は若い方ではないかと思っていまして。やっぱり、そうですよね?」

「それ以上、冷静にツッコミするのやめてくれる?」

「ああ、すみません……」


 俺は水を飲んで、一息つく。


「先輩、俺、名前決めました」

「んえへっ!? 急だねぇ!? ……ホントに? ……僕があれだけ考えてあげるって言っても、頑なに断っていたのに?」

「その節は、すみませんでした」

「いや、いいんだけどね。……どういう心境の変化だい?」

「まあ……何というか……名前を名乗る覚悟ができたというか……名乗りたい名前ができたというか……そんな感じです」

「ふーん、で? どんな名前?」

「……今後、俺のことは『トネリコ』って呼んでください」


 先輩は深く頷き、トネリコトネリコと、何度も口にした。


「トネリコかぁ。……いいね。うん。キミにピッタリな名前だと思うよ」

「はい。少なくとも、先輩が俺に付けようとしていた『ジャギジャギ』よりは」

「『ジャギジャギ』ってだめかなー。ジャイアントとギガスで、分かりやすいと思うんだけどなぁ」

「勘弁してくださいよ……」


 先輩と俺は笑い合った。


「それじゃあ改めて、トネリコ……まだ慣れないな」

「そりゃそうでしょうね。面倒でしたら今まで通り、『キミ』とかでいいですよ?」

「いやいや、せっかくの名前だ。トネリコって呼ぶよ。そりゃもう、たくさん呼ぶよ!」

「はい。……それと、お願いが一つあるんですけど……いいですか?」

「お、なんだい?」

「……何か、期間の長い依頼ありませんか? その依頼に、俺も連れて行って欲しいんです」

「……またまた急だねぇ。その……良いのかい? トネリコ君はだって……」

「……貴族のお誘いなら、断るって決めました。やっぱそういうの、俺には向いてないなって。最近はとにかく窮屈で……それが少し、しんどかったんですよ」

「トネリコ君……」


 先輩が言葉を区切る。


「それならそうと言ってよー!! 言ってくれたらどこにでも、キミのこと連れ出したのに!! 僕はてっきり、キミはそういう場所に収まっていくのかなって……ちょっと寂しく思っちゃったり……でも、キミのこれからを思うと…………もう! そういうことは、言ってよ早く! 言わなきゃ!!」

「……すみません」


 先輩の感情が忙しい。コロコロと表情を変えながら、大絶叫している。


「……それで、どうです? 丁度いい依頼はありますか?」

「……フフッ。任せてよ! イイのが入ってるよぉ! トネリコ君! 一緒に、東の方へ行かない? たっぷり三年間の大旅行!」

「三年? このご時世にですか……。それは、良い依頼を見つけましたね」

「そう! この、平和が流行っている世の中で、たっぷり三年! なかなか無いよぉ! こんな依頼はさぁ!」

「流行ってるって……その言い方は……」

「おっと……失礼。平和は良いことだよね。うんうん」


 先輩はわざとらしく頷く。


「……三年と言っても、先輩が行くと、すぐに終わっちゃうんじゃないですか?」

「いやいや、一騎当千はトネリコ君の仕事でしょ? 僕は地道にコツコツ、確実な戦果を……が信条だからね!」

「そうでしたね」

「出発まではあと二週間くらいあるし、その様子なら、休養期間としては十分すぎるでしょ?」

「もちろんです。……楽しみですね。先輩について行くなんて、本当に久しぶりです」

「嬉しいことを言ってくれるねぇ! いい後輩だぁ! じゃあ、ゆっくり体を休めるんだよ? たっぷり三年戦えるようにね! 何なら、前乗りしちゃう!? 三年もあるなら、多少は誤差だよ誤差!」

「駄目ですよ先輩。そんなお祭り気分でやるもんじゃないですからね」

「冗談だよ冗談。……いやぁ! またトネリコ君と依頼に行けるなんて! もっともっと楽しみになってきたぁ! よぉし、やっぱやーめたとか、無しだからね!? 頼むよ!?」

「もちろんです」

「よし! じゃあね! ゆっくり体を休めてね!」


 先輩はそう言い残して、病室を出て行った。きっと別の依頼に向かったのだろう。二週間もじっとしていられる人ではない。


 また先輩と、戦場に立てる。そう思うと、本当に気分が高揚した。


 今思えば最初から、答えは分かっていたんだ。


 貴族の話を貰って、英雄と呼ばれて、世間体を気にして、依頼を選んで……そんな生活、俺には窮屈だった。


 ……だが、そんな窮屈な生活を送っていた時間を、悩んでいた時間を、無駄だったとは思わない。俺には選択肢があった。窮屈な生活も、一つの選択肢だった。それを選んでもきっと、間違いじゃなかっただろう。




 だが、俺は傭兵の道を選ぶことにした。




 誰かに認められるために生きるのではない。自分で自分のことを認められるように、自分のために生きるのだ。


 まだ俺は、自分のことを『存在しない存在』だと思っている。弱さで居場所を失った自分を、そう簡単に認めてやることはできない。


 だが、それでいい。


 今はとりあえず、先輩の後ろが俺の居場所だ。だがいずれ、先輩が居なくても、俺一人でも、俺のいる場所が俺の居場所だと言えるように。


 そんな日が来るかは分からない。そんな日が来る前に、疲れてしまうかもしれない。疲れたらその時は、今度こそ窮屈な場所に収まればいい。疲れたと感じる頃には案外、その窮屈さが心地良くなっているかもしれない。


 他人に与えられるのではない。自分がそうだと認められるのであれば、それでいいのだ。


 退院したらまず、貴族の話を断りに行こう。『英雄ギガス』を辞めよう。そしたら戦のための準備を整えて、それから……やることが多いな。


 ……でも、()()()()()()()()()()。必ず。


 




*****

 出発の前日。


 俺は山を登り、ゴブリンたちの集落があった場所へ来ていた。


 崖に向かう。


「……あった。ギリギリだな。もう少しで崖から落ちていたぞ。グラジオース」


 崖ギリギリに、小さな頭蓋骨が落ちていた。

 

 俺はその頭蓋骨を丁寧につまんで、潰さないように手のひらに乗せた。


 それから体の骨も、集められるだけ集める。流石に細かい骨は拾えなかった。


 骨に肉は残っていなかった。きっと、動物に食われたのだろう。


 墓地へ向かう。


 穴を掘って、骨を埋める。


「ゴブリンの差別はまだ続いている……まあ、すぐに解決するような問題じゃないな」


 風の音だけがする。


「でも、これを機に、調べてみたんだ。そしたら、その限りじゃないみたいだぞ? 最近じゃ、ゴブリンの職人が手掛けた、アクセサリーや衣服が大人気だ。ゴブリンの手先の器用さと、与えられた仕事を真面目にこなす姿勢は、かなり評価されている。好んでゴブリンを雇用する所も多い。……まあ、これはゴブリンなら安い賃金で済むという理由もあるかもしれないがな」


 なんにせよ、ゴブリンというだけで石を投げられるような時代は、既に終わり始めている。


「この国ではこんなところだが……海外ではまた違う。ゴブリン差別が無いどころか、優秀な人材として、好待遇を受けている国もある。まあ……遠い異国の地であれば、そもそもゴブリンと言う種族の話が伝わっていないのだろうな。だから先入観なく、受け入れられているのだろう。……これはお前の求めた理想の姿とは少し異なるかもな。……だが、先入観で不当な評価を受けているだけで、ゴブリンという種族は劣った種族ではないという、証明になっていると思う」


 先入観の無い土地で高い評価を受けているというのなら、間違いなくそれは、ゴブリンという種族の地力だろう。


「それから……最後に食わされた『兄弟団子』……だったか。とんでもないものを食わせてくれたな? グラジオース」


 俺は三日かけて、国中の主要な図書館をめぐり、ゴブリンの文化について調べた。町にいるゴブリンに聞き込みを行ったりもした。


「何が勉強不足だ。どんなに調べても『兄弟団子』なんて風習は無かった。全く……酷いことをしてくれたな? 堂々と毒を盛るなよ……」


 クククッと、聞こえた気がした。


「……俺は戦いに行くよ。三年だ、三年。ここ最近はずっと、窮屈だったからな。久しぶりに、自由に羽を伸ばしてくる。……だから、ここに来るのは三年後だ。…………ああ、いや……先輩次第だな。もしかしたら、それ以上かかるかもしれない。……生きて帰ってくればの話だが」


 俺は墓場に背を向けた。




「また来るよ」


―END―

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