表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傭兵トネリコ  作者: つい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/9

第六話

 力さえあれば。


 自分の理想を実現するための、力さえあれば。何度もそう思ってきた。


 過去の俺と、もちろん状況は違う。だが、絶望し、自身に対する怒りに震えるグラジオースの姿が、どうしても、あの時の自分と重なってしまう。


 俺はもう、()()()()だ。だが、グラジオースはそうではない。もし、俺がグラジオースの力になれるのだとしたら。


 例えば、俺は、これでも『英雄ギガス』などともてはやされている。()()()()を受け入れれば……。


 もしこれで、グラジオースが俺を生かしたことに対する、恩返しができるのであれば……。




 ……だが、それはつまり、傭兵の立場を捨てるということだ。




 なぜだかそのことを考えると、心が未練がましい気持ちに支配される。


 傭兵の立場を捨てる。


 俺はこの国で『英雄ギガス』として、貴族として、居場所を得る。


 この国で、皆から必要とされ、崇められて……その代わり、自分の理想のために戦うことをやめる。


 それはまさに、俺が最近不愉快に感じている、動きづらくて息苦しい、窮屈な生活だ。


 ……自分でも分かっている。「()()()」などと口では言っているが、きっと諦めてなどいないのだろう。……と言うより、諦めることが怖いのだ。


 ……俺は今日まで、強さを求め続け、自分が強くなることが、それこそが自分の理想であると信じ続けてきた。


 だから何よりも自分のために、ずっと戦ってきたのだ。


 人生の大半をそれに捧げてきたというのに、それを諦めてしまったら、俺には何が残るというのだろうか。


 強さを求めるための行動が、自分のためだけに戦うその身勝手が。ただ、それだけが、今の俺を構成しているのだ。


 そのためにこれまで、様々なことをしてきたのだ。


 ……今さらやめたなどと、出来るはずがない。時間が経ちすぎた。


 時間は、俺の熱意を冷ましてしまった。だから、本気で強さを求めていた、あの時の熱意はもう無い。


 あの時は何も知らなかった。ただ、強くなることが俺の存在意義だという事だけを知っていた。


 だが、今の俺は違う。


 時間が経って、色々なことを知って、自分の現状が客観視できる。


 強さしか見えていなかったあの頃とは違う。もっと視野が広がってきた。俺は強くなってどうする? そもそも、なぜそんなに強くなりたかったのか? 


 それを突き詰めると、いくら追い求めたところで、俺の思い描いた理想は曖昧で終わりがなく、叶うことは……納得することは無いのだろうと分かってきた。


 俺は、自分の弱さを克服しようとしている。


 だが、克服したとして、その先に得るものが無い。だから、終わりが無い。俺はいつまでも、満たされない気持ちで居続けるしかない。


 ……だが、ここで素直に、もう諦めたと自分に言い聞かせるにも、時間が経ち過ぎたのだ。


 目標を諦めてしまったと、自分自身が気づいてしまわないように、思考停止で傭兵を続けている。


 このままでは一生満たされない焦燥感が付きまとうが、窮屈な居場所に収まれば、俺は安定し、楽になれるという事を知っている。


 それが今の俺だ。


『英雄ギガス』という、人々に認められ求められる、新しい居場所が、何の苦労もなく返事一つで貰える。


 俺は提示されたその居場所をチラチラとよそ見しながら、理想の影を、見失わない程度に追いかけ続けている。




 結局俺はまた、逃げているのだ。




 ずっと信じて追い続けた理想を諦めるという決断から逃げて、どっちつかずの生活を送っている。




 貴族の誘いを断り、また先輩の後ろをついて、一生不安定でも、自分の理想のために戦い続けるのか。


 それとも、皆に必要とされる『英雄ギガス』として、窮屈で安定した居場所を得るのか。


 全ては返事一つで決まるのに、返事一つで自分の人生が変わってしまうことが、恐ろしくてたまらない。


 


 ……なんて、こんな風にグダグダ考えることができる俺は、贅沢者なのだろう。




 本来であれば、こんな風に悩むことなどできていないのだ。昨日の時点で俺は、この悩みから解放されていたのだ。


 ……俺は既に死んだ身であるというのが、答えなのかもしれないな。……グラジオースの奴が何を考えているのかは知らないが、今後グラジオースに、俺の人生をかけて返す恩があることは事実だ。この命は奴に握られていると言っても、過言ではない。奴に、その気が無いのだとしても。


 ならば、俺のするべき決断は……。




 そんなことを考えながら歩いていると、前方が一気に開ける。




 ……どうやら、これより先は崖のようだ。


 崖の下を覗き込む。 


 下は木々に覆われており、地面が見えない。高さも相当ある。




 ……やはり、この景色は嫌いだ。




 俺はそう思って、集落の方へ戻ろうとした。


「トネリコ。集落の奴らが、色々と世話になったようだな」


 後ろから声がした。俺のことをトネリコと言う奴は、この世界に一人しかいない。


「手持ち無沙汰だったんだ。気にするな」

「クククッ。大人気だったぞ?」

「そりゃ嬉しいな。……それで、何の用だ? まだ夕飯には早いだろう」

「せっかくだから、お前も狩りについてこないかと思ってな」

「……悪かったよ。食い過ぎて」

「クククッ! 気にするな! 出したのはこちらだ。……と、言いたいところだがな、食料が足りないのもまた事実」

「もちろんついて行く。自分の飯ぐらい、自分で何とかするさ。おかげさまで、体調もだいぶ良くなった」

「よし、では準備をしてから行こうか。お前の長剣は、こっちで預かっているからな」

「それは助かるな。思い出の品なんだ」


 俺はグラジオースについて行き、集落へ戻った。そして、狩りの準備を整えた。






*****

「大量だな」

「当然だ。獣を狩るくらい、よくやっている。傭兵をやっていると、食料は現地調達のことも多いからな」

「普段なら食い切れん量だ」

「だろうな。俺がここに住み着けば、すぐにこの山から獣が居なくなるだろう」

「ふむ、それは困るな。では新しい居住先は、獣が多い所にする必要があると言うことか」

「……」


 グラジオースは笑った。


「さあ、食べようか。みんなお前に美味いもんを食って欲しいと、張り切っていたぞ。クククッ、凄まじく好かれているな」

「……そうなのか。俺は、そういう体質なのかもしれないな」

「羨ましいな」


 グラジオースは盃を傾けた。中身はもちろん酒だ。


 俺も、巨大な盃に入った酒を呷る。


「体の調子はどうだ? ……などと、聞くまでもないな。それだけ食って飲めれば万全だろう」

「おかげさまでな。明日にでも人里へ帰れそうだ」

「クククッ、それは寂しいな」

「これ以上、世話になるわけにはいかない。人里に戻ったら、ここに軍隊が来ないよう、進言しておくさ」

「一介の傭兵ごときでは無理だろうよ」

「俺は未来の貴族でもある」

「おっと。だったら、もっとご丁寧な『おもてなし』をした方が良かったか」

「悪くなかったぞ」


 俺とグラジオースは笑った。


「……トネリコ。まだここに残る気は無いか?」

「ここでの暮らしも決して悪くはないがな。……ここは、俺の居場所ではないだろう」

「……どうすれば、ここがお前の居場所になる?」

「……さあな。本当は、どこでもいいのかもしれない。俺は、故郷から捨てられた、存在しない存在なんだ」


 俺は一口、酒を飲んだ。


「クククッ、せっかくだ。世話をした礼の代わりに、その話を話してみろ。巨人族は人里でもめったに見ない種族だ。興味がある」


 そう言って、グラジオースは一口酒を飲んだ。


「……そう言われては、断れないな」

「おかわりが要るだろう? 今すぐ新しい酒を持ってこさせる。存分に語り明かすといい」


 そうして、俺は酒を飲みながら、過去を語った。グラジオースはそれを、黙って聞いていた。




 俺は、巨人族の試練から逃げた。




 巨人族は成人の儀式として、子供を崖から突き落とす。そして、集落のある山頂まで山を這い上がってくることができれば、名前が与えられて、一人前として認められる。


 ……だが、俺は山を登ることを諦めた。


 儀式があること自体は知っていたし、そのために鍛えてもいた。だが、実際に崖を転げ落ち、上を見上げた瞬間、俺の心は完全に恐怖と絶望に支配されてしまったのだ。


 山には危険な獣が多く、環境も厳しい。この身一つで登ることは、相当な勇気と実力が必要だった。


 どちらも、俺には無かった。


 諦めはしたが、だからと言って、山を離れることもできなかった。自然にできた洞窟の中で、身を小さくして、毎日を過ごした。




 先輩と出会ったのは、その時だ。




 先輩は飯を狩りに、山へ来ていた。だが、雨に降られて、雨宿りできる場所を探しており、俺のいた洞窟へと入ってきた。


 先輩は一瞬で俺を気に入り、着いてこいと強引に、俺を洞窟から連れ出した。


 言われるがまま先輩について回り、様々な国を飛び回り、傭兵の仕事を受けて、この図体のおかげもあって、すぐに話題となった。


 人族と巨人族では、根本的な体のつくりが違う。俺が全力で戦うだけで、大抵の人間に勝つことができた。


 臆病だった俺にとって、この経験は自信につながった。


 気づけば今いる国で、『英雄ギガス』と呼ばれていた。


 最近ではすっかりこの国を拠点に決めて、貴族や国の要人からの、窮屈な仕事をこなしてばかりいる。……昔のように、何も考えずに、自由に戦いに赴くことが、できなくなっていた。


「なるほどな。だからお前は自分のことを、『存在していない存在』などと、詩的な言い方をするわけか」

「別にいいだろ、感傷に浸っても。故郷を失ったことは事実だ」

「……故郷に戻る気は無いのか?」

「無いな。今であれば十分、故郷のある山頂まで登ることができるだろうが……今さら戻れるわけがない。あれからもう何年も経っている。どんな顔をして戻ればいいというのだ」

「そうか」

「ああ」


 俺たちは静かに、酒を飲んだ。


 気分が良かった。空は晴れていて、星が良く見えた。


 誰かに自分の過去を話したのは、久しぶりだった。


「……なあ。グラジオース」

「どうした?」

「また、ここに来ても良いか?」

「構わないぞ。……今度こそは、客人としてであればな?」

「……ああ、もちろんだ」


 俺とグラジオースは笑った。




「…………!」




 その時、一人のゴブリンが、俺たちの所へと走ってきた。


 何やら早口で叫んでいる。


 その声を聞いて、グラジオースの顔が一瞬にして険しくなる。


「……トネリコ、お前は本当に愛されているんだな」


 その言葉で、俺も察する。


「……そうか。愛されるというのも、意外と困るものだな」

「クククッ! 贅沢な悩みだな!」

「……それで、どうする? ここに万全な傭兵が一人いる。……少し酔ってはいるがな……」

「……同胞に剣を向けられるか?」

「『昨日の友は今日の敵』。傭兵にとって、珍しい事でもない」

「頼もしい返事だな。ならば……」


 グラジオースが言葉を止める。


「……いや、そんなことはさせられないな。お前は逃げろ」

「だが……」

「雇ってもない傭兵が、勝手に手を出すのか? これは私たちの戦いだ」

「……分かった」


 俺は集落から離れるように言われた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ