第五話
「……怖くないのか?」
俺はある程度腹が満たされてから、グラジオースに尋ねる。
「ほう?」
「俺は怪我が治りつつある。飯もたらふく食った。もし俺が今から暴れ出せば、この村の建物は吹き飛ぶぞ」
「それは怖いな。とても怖い」
「俺をこんな風に自由にして、飯まで与えて、どうする気だ?」
グラジオースは無言で、椀を手に取り、中の液体を啜る。
俺の近くにも同じものが、椀ではなく桶で置いてあったので、グラジオースを真似て啜る。中身は苦みのある茶だった。
「お前は、心の底からゴブリンを憎んでいるのか?」
「……」
「そうではないだろう?」
「……ゴブリンの殲滅が、雇い主の意向だ」
「なるほどな。お前の部隊は全滅。それでも、帰れば金が貰えるとでも?」
「……」
「そうかそうか。それじゃあ、トネリコにちゃんと報酬が出るように、私がその雇い主の前まで付き添って、口添えをしてやろう」
「……結構だ」
「そうか? 遠慮するな。お前の戦いぶりは、しっかり私の網膜に焼き付いている。熱弁してやるさ」
「……勘弁してくれ。それで? 俺は結局、ここでどう振る舞えばいい? 奴隷か?」
「友人だよ。友人として振る舞えばいい。『昨日の敵は今日の友』とは、人間の言葉だろう?」
「そうなのか? そんな言葉は、初めて聞いたが……」
「勉強不足だな」
「……そんなことはどうでもいいだろう。友人としてと言うが、具体的にはどうすればいい?」
「バカらしい質問だな。友人として振る舞うにはどうすればいいか、だと? まずはそんな質問をしないことだな」
「指示が無いと困る。俺はずっと、そうやって生きてきた」
「難儀な奴だな。……分かった。では、私と、この集落を少し回ろう」
「護衛任務ということか?」
「散歩だ散歩。飯を食ったら、腹ごなしの散歩をする。それだけの話だ」
「分かった」
俺はグラジオースの後ろをついて歩く。歩幅が違いすぎるので、一歩踏みだしては止まる、を繰り返す。
「クククッ、窮屈そうだな」
「そう思うなら、駆け足でもしてくれ」
「それでは散歩とは言えないだろう」
結局、俺は動作を極めて遅くすることで、歩幅の問題を解決した。一歩進むたびにピタリピタリと止まるよりはましだ。
やがて、多くのゴブリンが集まっている場所があることに気づく。
「あそこはなんだ?」
「どこだ?」
「あっちだ」
「……あっち? ……ああ、墓地の方か」
「……墓地か」
墓地と聞いて、そこにゴブリンが集まっている理由を察する。
「行ってもいいか?」
「もちろんだ。私も向かう予定だった」
俺たちは墓地に向かい、黙祷をささげる。
「初めて見る武器だった。あれは凄いな。あんなものが出回れば、大変なことになる」
「同感だ」
謝罪の言葉は口にしない。グラジオースも、謝罪を求めてはこなかった。
それから、俺たちはゆっくりと各地を回った。と言っても、それほど大きな集落ではなかったので、時間はかからなかった。
最後に、一軒の家の前に来た。
「ここが私の家だ。立派だろう?」
「小さすぎる」
「クククッ! そうだな。……中には病気の妻がいる。……酷い病気だ。恐らくもう、助からないだろうな」
「そうか」
グラジオースは俺に背を向け、一歩、一歩と踏み出す。
「……だが、もしかしたら……人間たちの町で、高度な医療を受けることができれば……治るかもしれない」
「であれば、そうすればいいだろう。……知らないわけではないだろう? 近年、ゴブリンも文化的な種族と認められた。人間の町でゴブリンを見かけることも、珍しくない」
「クククッ……本気で言っているのか?」
グラジオースは振り向き、俺を見上げて、力なく笑った。
「……まあ、差別は酷いな」
「そうだろう。実際、ゴブリンという種族がこれまでやってきたことを考えれば、仕方がないのかもしれないがな。……『昨日の敵は今日の友』なんて、都合のいいことは起こらないわけだ」
「……」
「私は、気に入らないんだ」
「俺たちの傲慢な態度が、か?」
「それもあるがな。だが、それよりも……酷い待遇にも関わらず、人族に媚びを売って、喜んで使役されに行く同族たちが気に入らない。……そんな同族たちを救う力が自分に無いことが……もっと気に入らない」
グラジオースの、ひょうひょうとした雰囲気が変わる。明確な怒りを感じる。
「ひたすらに蔑まれて、言いなりになって、それでも平気な顔して媚びへつらうなど……私には耐えられない。……もし、私に力さえあれば……! ゴブリンという種族を救う、大きな力さえあれば……!」
だが、その怒りも長続きはしなかった。
「……なんてな。これだから、ゴブリンは野蛮な種族と言われるのかもしれないな」
「……俺はゴブリンではないから、お前の気持ちは分からない」
「クククッ、そうか」
「……すまない」
「謝ることじゃないさ。これは私の、私たちの問題だ。……むしろこちらこそ、突然に変な話をして悪かったな」
「……」
「さて、夕方頃には飯を用意しておくから、また、さっき飯を食った場所で待っていろ」
グラジオースは笑いながら、家の中へ入っていった。
俺は一人、取り残された。
「……」
何をしようか。
俺は一人で、散歩を続けることにした。間違いが起こらないように、よく下を見て、ゆっくりと歩く。
そうして、しばらくすると……子供たちに囲まれていた。
俺からすれば、ゴブリンなど全員等しく小さい。だから自信が無いが、恐らく、子供だろう。グラジオースに比べると、明らかに体が小さいのだから。
「……!」
「……?」
「……?」
……何を言っているのかさっぱり分からない。だが、どうやら俺に興味があるらしいことは伝わってくる。
俺は慎重に腰を下ろして、手のひらを差し出してみる。すると、ゴブリンの子供たちが何人か、腕をよじ登ってきた。
まるで大型の遊具にでもなった気分だ。
試しに立ち上がってやると、頭や肩に乗っていた子供のゴブリンは大喜びする。すぐに順番待ちの列ができた。
しばらく子供たちと戯れてから、別れ、俺は散歩を続ける。
すると前方に、たくさんの農作物をカゴに詰めて、運んでいるゴブリンたちが見える。
俺はそこまで近づいて、身振りで手伝いの意思を示した。
ゴブリンたちはすぐに俺の意図を察したようで、運んで欲しいカゴを示してくる。だから、俺はそれらを指示通りの場所へと運んだ。
運び終えると、液体の入った桶を出された。飲んでくれといった様子だったので、恐る恐る口にすると、先ほど飲んだ苦みのある茶とは違い、果物の甘みが強かった。
「ありがとう。美味かった」
伝わらないだろうとは思うが一応、礼を言ってその場を離れる。
……これで一通り、この集落を回っただろう。
もうやることが無くなってしまった。のどかな場所だ。
……さっきの場所に戻って子供と戯れるのも良いが、正直、子供たちの親は俺と遊ぶ子供を見て、気が気ではなかっただろう。不要に気を揉ませるのは忍びない。
俺は少し、集落を離れることにした。……少しだけだ。
……今の俺であれば、下山し、町に帰ることもできる。それほどまでに、体調は戻ってきていた。
だが、俺は集落を大きく離れない程度の散歩にとどめた。
グラジオースは夕食の準備をすると言っていた。恩もあるし、黙って帰るというのは、仁義にもとるだろう。
……それに、もう少しグラジオースと話がしたいという気持ちがあった。
奴の抱えたあの感情を完全に理解することは、ゴブリンではない俺にはできない。
……だが、無力な自分に絶望するその気持ちは、よく理解できた。




