第四話
目を覚ました。
何も分からなかった。目を覚ましたことが、理解できなかった。
俺は死んだはずだ。死後の世界は信じていない。目を覚ますはずが無いのだ。
体中が傷だらけで痛い。
左目が機能していない。
気を失う前の記憶と、体の状態が一致する。
「こりゃあ凄い! まさか目覚めるとはなぁ!」
声がした方を向く。
一人のゴブリンがいた。
「お前を運ぶのは苦労したぞ。……それはもう、恐ろしくなるほど凄まじい、まさに獣の様な戦いぶりだったからなぁ。お前を、愚かで勇ましい狂戦士として、埋葬でもしてやろうと話していたところさ」
「……」
「……おっと、巨人族と人族は、言語が違うのだったか。……さて、どうしたものか。巨人族の言葉は勉強していない。……ふーむ」
「かま、わない」
声を発すると、それが自分の声であると信じられないほどかすれている。
「おお、そうか! それは良かった! 意思疎通ができないと、何かと不便だからな」
「ここ、は?」
「私たちの住処だ。ようこそ。ここへ来たかったのだろう? お前たちは」
ゴブリンの拠点。俺たちの目的地。
俺たちの目的は、ゴブリンの拠点を襲い、彼らを殲滅することだった。
「できることなら、客人として迎え入れたかったのだがなぁ……。全員、死体として運び込むことになってしまったよ。……まあ、死体のわりには元気そうな大男が一人、混じっているがね」
ゴブリンは、クククッと笑った。
俺は体を動かそうとする。が、激痛が走り、反射的に顔をしかめた。
「死人のくせに、元気な奴だな。……私はもう行く。今はおかげさまで忙しい。お前に構っている暇は無いんだ。また後で話そう。明日の朝まで、無事に生きていればな」
ゴブリンの足音が離れて行く。
俺は「待て」と言いたかったが、これ以上、体を動かすのも、声を出すのも厳しそうだ。
それに、眠気が酷い。
明日の朝まで生きていれば。奴はそう言った。
俺は、まだ生きているのだろうか。
考えようとするが、何も頭が働かない。
そしてすぐに、俺はまた気を失った。
*****
朝日がまぶしかった。
「昨日よりも快復しているじゃないか! 全く、恐ろしい奴だな!」
「俺が一番、驚いているよ」
翌朝、俺はまた目が覚めた。昨日より頭がすっきりしているし、体を起こすこともできる。
「巨人族はみんなそうなのか?」
「さあな。ここまで追い詰められたことは初めてだ。分からない」
「そりゃ光栄だな」
ゴブリンはクククッと笑った。
「……それで、何が目的だ?」
「ほう? それは、どういう意味だ?」
「俺を生かして、どうしようって言うんだ」
「ふむ。それは違うな。私たちはお前を生かしてなどいない。お前が勝手に生き返ったという表現の方が正しい。毒も十分回っていたし、首も刺した。ナイフを根本まで、しっかりとだぞ? ……確実に、殺したつもりだったのだがな」
「…………」
「まあ、生きていて良かったじゃないか。腹は減ってるか? 飯でもどうだ?」
「……殺さないのか?」
「だから、殺したと言っただろ。殺しても死なないのでは仕方がない」
「だが……」
「私たちはお前を殺した。お前は生き返った。もういいだろう? それだけの話だ」
「……そうだな」
「で、飯は食うのか?」
「ああ、頼む。肉が食いたい。とにかく、腹が減ってるんだ」
「クククッ! そうこなくっちゃなぁ! そこで待っていろ!」
ゴブリンが立ち上がり、建物の影に消えていく。
俺は軽く体を伸ばし、肩を回す。体が動く。万全とは言えないが、顔が歪むようなあの痛みはもう無い。
左目は相変わらず潰れたままだ。ここは流石に、自然治癒では厳しいか。だが、右目があるのだから、大きな問題は無いだろう。
俺は辺りを見回す。
田舎の村……と言った印象を受ける。
俺の体ではしゃがんでも窮屈するような、ゴブリンたちの体に合わせた規模の建物が並んでいる。きっと俺の胸ほどの高さもないだろう。
少し離れた所に、大量の死体が、仰向けに並べられている。
ゴブリンたちはもちろん、人間たちの死体も、綺麗に並べられていた。
部隊は全滅。俺もゴブリンに生かされているような状況だ。
作戦は、完全なる失敗に終わった。
本来であれば、一日で片が付くような、ごく簡単な計画だった。長引きそうならば、使いを送る手はずだった。……それが無いのであれば、町の方では、作戦はどうなったのかと訝しんでいることだろう。
…………それとも、誰も注目していないのかもしれない。
即席で集めた民間人を主要構成員とするような、お粗末な計画だ。
お偉方は、広い視野を持っている。ゆえに、細かい所が見えていない。『国内に数多ある山の内の一つを占拠している少数のゴブリンを制圧する些末な作戦』など、きっと隣国の動向に比べれば、些細な事だろう。
しばらくして、先ほどのゴブリンが戻ってきた。後ろには部下を引き連れて、大量の食糧を運ばせている。
「全く、とんでもない大飯食らいを拾ったもんだよ」
「……俺は傭兵だ。報酬を貰うからには、仕事はするぞ」
「満身創痍な傭兵なんて、雇うわけがないだろう。何の役に立つと言うんだ」
「……」
食料を運び終えると、部下のゴブリンたちはその場を去っていく。
「私も今日はここで食べよう。お前もこっちへ来て、座ったらどうだ?」
「ああ」
俺はむき出しの地面に胡坐をかいて、ゴブリンの正面に座る。
俺は手近な干し肉を手に取り、口へ運ぶ。
「それで、お前は……お前……先に、名前を聞こうか」
「ギガスと呼ばれている」
「クククッ! お前の親は、相当な面倒くさがりだな! ギガスとは確か、『巨人』を意味する言葉だろう? 人間にニンゲンと名付けるようなものだぞ!」
「親が付けた名ではない。人間たちにそう呼ばれているだけだ」
「……名前が無いというわけではないのだろう? それなら、故郷ではなんと呼ばれていたのだ?」
「…………それは」
「何をもったいぶる? まさか…………口に出すのも恥ずかしい名前なのか?」
「違う。断じて違う」
「……じゃあなんだ。別に名前ぐらい、いいではないか」
「隠しているわけじゃないんだ。俺には、本当に名前が無い……というか、故郷にも居場所が無い。俺は存在していない存在だ」
「ほう? 妙なことを言う奴だ。お前ほど存在感のある存在も、他に居ないと思うがな。……まあいい、ここにいる間だけでも、名前があった方が便宜上良いだろう。……どうだ? 一つ、私が考えてやろう」
「好きにしてくれ」
「では、ふーむ……『ジャイアント』などはどうだろう?」
「……それも、巨人を意味する言葉だろう」
「クククッ! 冗談だ! お前のことは……そうだな……『トネリコ』とでも呼ぼうか」
「トネリコ? 変な響きだな」
「嫌なら『ジャギジャギ』だ。『ジャイアント』と『ギガス』を足してみた」
「……トネリコでいい」
「よし。私の名前はグラジオースだ。よろしくな、トネリコ」
グラジオースが手を差し出し、握手を求めてくる。
「潰れるぞ、手が」
「おっと、そうだな。それは困る。飯が食えなくなるからな」
グラジオースはそう言って、差し出していた右手を、干し肉に伸ばした。
それからしばらく、無言で俺たちは飯を食い続けた。




