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傭兵トネリコ  作者: つい


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第三話

 俺は最後尾の持ち場に戻り、いつゴブリンの襲撃があってもいいよう、備える。この騒ぎを、ゴブリンが察知した可能性は高い。


 自身の装備を確認する。


 肩には雷属性の魔銃を持っている。ただし、使うことは無いだろう。




 肩に下げた魔銃から意識を外し、腰に下げた、相棒の持ち手に触れる。




 十回目の、傭兵の仕事をこなした後に、お祝いとして、先輩から貰った長剣だ。


 とある有名な職人に造らせた、人間には、あまりに大きすぎる長剣。これまでいくつもの命を奪ってきたし、何度も俺の命を救ってくれた。


 初めは、質量に任せて振り回すだけだった。


 だが、今では手に馴染んでいる。


 武器とはこういうものだと思う。誰でも手にしたその瞬間から使えるようなものは、あってはいけない。


 魔銃は良い武器だ。だが、一般に流通していい武器ではない。


 ……先輩はどう思うだろうか。


 それを聞くためには、生きて帰らないといけない。


 俺は気合を入れ直した。


 ……しかし、この世の常として、物事とは大抵、最悪の展開へと転がり落ちていくものだ。さらに言えば、これは分かっていたことだ。


 部隊の構成員を見た時。今のボヤ騒ぎ。一貫した、ゴブリンを見下すアックスの態度。


 これは、必然の出来事であった。分かっていた。だから、止めようとした。だが、止められなかった。


 ……今すべきは嘆くことじゃない。考えることだ。


 …………さて、俺には今から、何ができるだろうか。




 ゴブリンの襲撃があった。




 先ほどのボヤ騒ぎから、数時間後のことだ。もう三十分もあるけば、そろそろゴブリンたちの生活区域に入るだろうと言った頃。


 待ち伏せをされていたのだ。


 さっきの人間が撃ったのは勘違いではなく、本当にゴブリンの斥候でもいたのだろう。


 予定では、魔銃の範囲攻撃で圧倒するはずだった。


 ゴブリンの主な装備は、弓や剣だ。魔銃で弾幕を張れば、近づかれることは無いし、放たれた矢も消し炭となる。魔銃で弾幕を張りながら前進するだけで、一方的に、ゴブリンを殲滅できる計画だった。


 魔銃は素晴らしい性能を示した。


 だが、人々は醜態をさらした。


 統率など、全く存在しなかった。


 穴だらけの弾幕をかいくぐったゴブリンの刃が、のど元まで迫る距離になったその瞬間、部隊は総崩れになった。


 味方を巻き込みながら、火炎放射が薙ぎ払われた。凄まじい雷鳴の音が響き、まさに恐れていた事態が起きた。




 部隊は完全に、パニックを起こしていた。




「落ち着け! やたらめったらに撃つなぁ! 敵をよく見……」


 部隊を立て直そうと叫んでいたアックスの体に、矢が刺さる。目の光は失っていない。即死ではないようだが、この状況では時間の問題だろう。


 俺は落ち着いて、戦場を見る。


 やはり、魔銃の性能は素晴らしい。


 人間もゴブリンも、お構いなしに倒れている。魔銃は威力も範囲も優秀だ。アックスがやたらと魔銃に自信を持ち、信頼していたのも頷ける。もし、これが統率の取れた部隊であったなら、被害など出すことなく、逃げ惑うゴブリンを見ることになっただろう。


 こうなってしまえば、撤退命令を出したところで意味は無い。逃げたい奴は既に、戦場から逃げ始めている。


 想定通りの結末だ。それ以外に、言葉は無い。


 ただ一つ、想定外のことがあった。


 それは、魔銃が思った以上に素晴らしい武器であったという事だ。


 巨人族の肌は、生半可な刃物じゃ傷一つつかない。爆発に巻き込まれたって平気だ。生まれつきの鎧とも言える。


 そんな鎧を貫通するほどの、素晴らしい威力を魔銃は持っていた。


 めちゃくちゃに放たれる、広範囲高威力の魔銃。避けることに専念していたとしても、全てを防ぐことは難しかっただろう。


 俺の体は、全体的に負傷していた。その傷口に、ゴブリンの矢が刺さる。


 ゴブリンは、矢先に毒を塗るらしい。この矢をまともに食らったのは、初めてのことだ。魔銃で傷ついてさえいなければ、至近距離で撃ち込まれたって、弾くことができただろう。


 俺は体が大きい分、毒の回りも遅い。だが……長時間、大量に撃ち込まれれば、関係の無い話だ。




 死ぬのはごめんだ。




 傭兵は戦力を売るが、忠誠心は付属していない。


 どんな報酬も、命よりは安い。死ぬ気で頑張って、死ぬくらいなら逃げろ。……先輩について戦場を回っていた時、先輩はいつもそう言った。


 ……まあ、当の本人が、怪我ごときで逃げた場面など、一度も見たことは無いのだが。


 俺の意識は急速に、冷静になる。


 自分の未来は分かっている。


 冷静になった頭で、改めて考える。その未来が、変えようのないものであることを、改めて確認する。


 一つの考えが、俺の頭を支配する。




 俺はきっと、逃げ切れないだろう。




 俺は巨人族だ。探そうとしなくても目に入る巨体だ。森の中で視界が悪いとは言え、それでも見失う方が難しい。


 それに、逃げ腰になるほどに手負いの状態だ。狩人からしたら、とどめを刺さずに逃がす理由が無い。




 逃げ切れないというのなら、やることは決まっている。




 俺は、覚悟を決める。




 俺は……あの時逃げ出した。だからここにいる。これ以上、どこへ逃げると言うのだろう。そんな恥を晒すくらいなら、今ここで、戦い抜いて死ぬことこそ、それこそ、ふさわしい最期と言えるだろう。


「うぉぉぉぉぉ!」


 大声で強引に気分を高揚させる。


 こんな子供騙しの闘魂注入では、活力はそれほど持続しないだろうが、十分だ。きっと、俺の体の限界の方が早いのだから。


 視野が狭くなるのが分かる。


 明確に頭が回らなくなってくる。


 頭の回転が遅くなる代わりに、力強い戦意が、心の底から湧き上がり、俺の体を動かし始める。


 俺は長剣を抜いて、目に入ったゴブリンをひたすら殺し続けた。


 ゴブリンが全力で走る距離を、一歩で追い抜いて、死体が空へ吹き飛ぶ勢いで切り裂いていく。


 何度も何度も長剣を振り抜いて、ゴブリンを切り飛ばす。


 だが、向こうだって、黙って殺されてはくれない。


 俺の動きが止まったその瞬間、左目に矢が刺さり、さらに周りが見えなくなっていく。


 これはこれで、都合がいい。より目の前のゴブリンに集中できる。


 「うぉぉ……!」


 俺の体に飛びついてきたゴブリンたちを振り払うために、俺は激しく体をゆする。


 勢いよく前転をして、その次は横に転がり、とにかく、滅茶苦茶に体を振り回す。


 気づくと手に長剣が無かった。


 だから俺は、滅茶苦茶に腕を振り回した。


 近場の木を引き抜いた。


 振り回した。




 これが、最後の力だった。




 俺は倒れた。




 もう立っていられなかった。


 倒れた俺の顔の近くに、ゴブリンが近づいてきたので、噛みつく。


 ゴブリンの腕を骨ごと、食いちぎってやった。




 首に何かが刺さる感覚がする。




 俺は、これがとどめの一撃であることを確信した。


 もうどこも動かない。頭も働かない。


 俺は完全に、意識を失った。

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