第二話
数日後、俺は指示された集合場所に向かい、物資の配給を受ける。
「巨人族の君には、ちょっと……いや、かなり小さいかな?」
「……そうですね」
トリガーガードを外せば、トリガーを引くことはできるだろう。
……ただし、折らないように優しく手のひらに乗せた銃身を、小指と親指で支え、トリガーを壊さないよう、慎重に押し込むことが可能であれば……と言う、条件付きだ。
……まあ、つまり、無理だ。
戦闘中に、そんな繊細な作業をすることなど、無理に決まっている。そんなことをするぐらいなら、近くの岩でも投げつけた方が早い。
「まずは人間用にと思って製造したからなぁ。いずれ、他の種族用に調整した製品を作るさ」
「期待しています」
「君には使えないかもしれないが、その分、しっかりと見ていてくれ。そして、宣伝を頼むぞ? あの『英雄ギガス』のお墨付き! ……と、触れ回れば、きっと飛ぶように売れるだろう!」
「俺は嘘がつけませんよ」
「それは良かった。なら大ヒット間違いなしだな!」
この部隊の隊長を務める、アックスと名乗った男は、軍部の人間らしい豪快さで笑った。
「……ところで、この部隊は何なんですか」
「『何』とは……どういう意味だ?」
「見たところ、軍人が見当たりません」
周りにいる人間は、散らばって談笑をしたり、座り込んだり、まるで統率が取れていない。俺と同じく傭兵だろうと思われる奴も数人いるが、大部分はそうではない。どう見ても一般人だ。
「そりゃ、この魔銃は一般人向けの物だからな。軍人さんみたいな訓練を受けていなくても、誰でも扱える。それを目標に開発されているのだ。……私たち軍人が使ったのでは、意味がないだろう」
「これから起こるのは、命のやり取りです。……はっきり言って、この部隊で成果が出せるとは思えません」
俺の言葉を聞いたアックスは、不満を隠さないため息を吐いてから、言葉を続けた。
「……最近、我が国は隣国と、極度の緊張状態にあるのは知っているだろ? その関係で、ゴブリン相手に軍隊を動かすわけには、いかないそうだ。……そんな臆病な大臣のおかげで、私たちの国は、他国に攻められることなく、緊張状態を維持できているというわけだな。……全く、ありがたい話だ」
「……そういう事情は知りませんが、とにかく。この部隊で作戦を遂行するくらいなら、ゴブリンには手を出さない方が賢明でしょう。そもそも、魔銃だって実戦で使うのは、これが初めてなのでしょう?」
「だからこそ、君のような『英雄様』が来てくれて、心強いというものだ。そこまで大々的に募集していた依頼ではないのだがな。流石、英雄様だ。素晴らしい嗅覚を持っていらっしゃる」
アックスは、また豪快に笑った。
アックスは明らかに、ゴブリンを劣った種族と見下して、過小評価している。強大な自尊心を持つ人間には、よくあることだ。
……実際、アックスの言う通り、ゴブリンに負けることは無いだろう。……俺一人であれば。
俺一人であれば、無数のゴブリンに囲まれたとしても、打ち勝つ自信がある。
だが、周りに一般人を連れている状態なら、話は別だ。
他の人間たちの安全は保障できない。加えて、俺一人が死ななくても、他の全員が死ねば、それは敗北と言える。魔銃の印象を悪化させる上に、国民を失うことになる。
正気じゃないな、この作戦。
俺はそう思ったが、もうすでに、引き返せないところまで来ているのだと悟ってしまった。一介の傭兵に、そこまで強い発言権は無い。
……もし、俺が傭兵なんて根無し草ではなく、あの提案を受け入れて、定まった地位を持っていれば……いや、今さらそんなことを考えても、仕方がない。
……というか先輩は、こうなることを分かっていて、俺に押し付けたのだろうか? ……いや、それは無いな。先輩の脳みそは、いかにたくさんの戦闘をこなせるか、それしか考えられないようにできている。そんな沸いた頭で冷静に、依頼の見極めができるはずがない。確信を持って言える。
「この作戦、撤退は許可されていますか?」
「……実際の英雄様は、ずいぶんと弱気なんだな。……撤退について、特に言及することは無い。なぜなら、考える必要が無い事だからな」
「そうですか。俺の指示は、隊長であるあなたと同じ優先度を持つ……という事で、いいんですよね?」
「ああ。それで構わない。……言っておくが、魔銃は優秀な武器だ。私たちも、馬鹿ではない。実戦で十分に使えるという確信を持って、この作戦を計画している」
「それは今に分かることです。行きましょう。日が暮れると不利です」
「……そうだな」
俺たちは、ゴブリンたちが不法占拠している……という事になっている、山の頂上を目指して、出発した。
*****
山はやはり嫌いだ。
歩きながら、嫌な記憶がよみがえって来る。
傭兵になる前だが、あの時が最も死に近かった。己の無力を強く感じながら、毎日を過ごす苦痛。何をどうしたらいいのか。何も分からなかった。
先輩と出会ったのはその時だ。先輩は俺に、生き方を教えてくれた。傭兵としての生き方だ。
傭兵の仕事は俺に、ピタリとはまった。
……だが、今の俺にはあの時ほど、強さへの執着が無い。牙が抜けたとは言わないが、今の俺に、あの頃の貪欲さは無い。
結果を残せば残すほど、どんどん動きづらくなってきた。
その点、先輩は上手くやっている。俺という、デカくて目立つモノを隠れ蓑に、自由気ままにやっている。先輩が俺を気にかけてくれる理由はそこなんじゃないか、なんて。時々、本気で思う。
俺が英雄? 酷い冗談だ。俺はそんな風に称えられるような、立派な奴じゃない。……逃げた結果、ここにいる。俺は、後ろ指を指されるような存在だ。だと言うのに……。
俺が物思いにふけっていたその時、前方で大きな火の手が上がる。
誰かが魔銃を発砲したのだ。
「おい! 誰だぁ! 勝手に撃った奴は!」
部隊の中頃にいるアックスが、声を張り上げる。俺も最後尾から、警戒を強めてあたりを見回す。
……しかし、何も起こらない。ゴブリンの襲撃があったのかと身構えたが、そうではないようだ。
……さて、ゴブリンの襲撃は起こらなかったが、『問題』は起きた。
このように木々が密集している場所で火を使えば、不都合が起きるに決まっている。
まずいことになった。
木々に火がつき、どんどんと勢いを増していくのが分かる。全くもって、魔銃は素晴らしい攻撃範囲と威力だ。生木であろうといともたやすく、火をつけてしまうのだから。
「すまない、どいてくれ」
俺は火災の現場に向けて、すぐに動いた。
まずは、これ以上燃え広がることを防ぐ必要があるだろう。
腰に差していた長剣で、燃える木々の、周りの木を切り倒していく。
五
一歩の踏み込みで、軽く五メートル近い移動をして、何本もの木を切り倒す。人間じゃ到底真似できない、身長も力も桁違いな巨人族だからこそできる芸当だ。
「水だ! 氷でもいい! その魔銃を持っている奴は、ぶっかけろぉ!」
アックスの声が響く。慌てて、人間たちが撃ち始める。
狙いは正確とは言えなかったが、こうして広範囲に着火されていることからも分かる通り、魔銃の攻撃範囲は広い。訓練を受けていない一般人の使用を想定しているのだから、当然だ。照準が対象の方に向いていれば問題無い。
火はすぐに鎮火し、大事にはならなかった。
……なるほど確かに、この威力を無反動かつ、魔力の有無に関わらず扱えるのは革命的だ。
だが、今まさに、魔銃の弱点が現れたとも言える。弱点と言うよりも、懸念点と言った方が正確だろうか。
武器を持てば、誰もが軍人になるわけではない。心も軍人でなければならない。少しのことで慌てふためいたり、上官の許可なく発砲するなど、あってはならない。
武器の持つ力を正しく理解し、それが引き起こす脅威を、常に意識する必要がある。力を扱うことは、責任が伴うのだ。腕力も魔力も要らないとしても、その責任を受け止める力は必要だ。
寄せ集めの部隊だ。仲間のミスを庇おうとするほど、関係性は出来上がっていない。
犯人捜しはすぐに終わった。一人の人間に視線が集まり、アックスが「お前か?」と詰め寄れば、すぐに認めた。
撃った理由を問いただすと、どうやら、何か動く影が見えて、それで撃ったらしい。
「ゴブリンの斥候かもしれません」
「さあな。まっ、なんにせよ、パニックにならなかったのは救いだよ」
「そうですね」
魔銃を一つ撃つだけでこれなのだ。一斉に撃っていれば、収拾がつかなくなっていただろう。
「これでもまだ、進む気ですか?」
少し語気を強めて、俺はアックスを見下ろした。
「……ああ。まだ進む。この程度、大した問題じゃない」
「そうですか」
俺は傭兵だ。指示に従うしかない。




