2.焚き火と過去 その1
それは半年前のことだった。
生きたい。
死にかけのイングヴァルはそう願った。
その願いはなぜか聞き入れられることとなったが、それは一人の少女の身体を乗っ取ることによって叶えられた。
その事実を思い返せば、今でも後悔がよぎる。
本当は死ぬはずだった自分の利己的でしかない願いが、彼女から様々なものを奪い取った。
だが自分には追わなければならない相手がいる。
それを思えば、見知らぬ少女の身体を乗っ取ってしまったことなど、いつまでも心に留めておくべきものではなかった。
自分の身体は、とっくに土の下で腐り落ちている。
彼女の身体を奪い去り、彼女の意思の半分を奪い取ったこの現状だけが、今の自分に残された唯一の道だった。
******
焚き火の炎が、少女の横顔を照らしている。
まだ夜明け遠い森の中で幻の姿を燻らせるイングヴァルは、隣にいるその相手に話しかけた。
『これは一体どういうことなんだろうな?』
この少女、連の身体を乗っ取ったことには既に何も考えないと決めている。
しかしこのように会話ができる状況がなぜ毎夜作り出されるのか、その理由が分からなかった。
夜が明ければ再び変わらぬ現状が繰り返され、暫しの間、僅かしか戻れない束の間のこれに意味などあるのだろうか。向けた問いは、そんな疑問から零れ出たものだった。
「さぁ? だが必要なんだろう。この決断を下した相手にとっては」
その問いには冷静な声が戻った。
届いた声からは、答えを導き出すために思案した様子は窺えなかった。
齢は十七、生まれは極東。
隣の少女は十五で生まれ故郷を出て、この西方の国までやって来た。
彼女の目的は、ある人物を捜すこと。
しかしこれまでの二年間、その目的の相手の情報にほとんど辿り着けていない。
異国の少女がたった一人でこの地を渡るには、取り巻く環境は過酷すぎている。
彼女にとってこの二年、挫折や命の危機に瀕した場面は一度や二度ではなかったはずだ。
だが彼女は己の知恵と揺るぎない判断力でこの地を生き抜いてきた。
『なぁ連、それならもう一度訊くが、今言ったその決断を下した奴? そんな奴がもしいるなら、それは一体何者なんだ?』
「この世を掌る大きな何者かだ。それによってここにある何かが定められたんだ」
『えーっと……それじゃ連はそいつの勝手な思惑に従って、この現状を受け入れてるってことか?』
「現実は受け入れるしかない。逃げてもどこにも辿り着かない」
『それって、この現状を悲観してるのか? それともその何かを畏れてるのか? どっちなんだ?』
「どちらでもない。ただその存在に自らの運命を委ねたりはしない。道筋をつけられたとしても、そこから進む術と歩む道を見つけるのは自分だ」
再度向けた問いにも、淡々と返答が戻った。
六つほど年下になるが、イングヴァルの目に彼女の言動はやや達観したものとして映った。
この少女はこれまでどんな人生を歩んできたのだろう。
彼女とは生まれた国も違えば、育った環境も違う。
故に考え方やものの見方が異なるのは当然だが、だとしてもこの少女を形作ってきたものは、そんな有り体な言葉で片づけられるものではないと感じていた。
『なんか、いつも小難しいことばっか考えてるな、連は。俺には無理だ』
「不満か? でもお前が訊ねたから私は答えた」
彼女の身体を乗っ取ったことに関しては、もう何も考えないと決めている。
だがもし、彼女が言うように計り知れない力を持つ何者かがいるとするなら、この日々は一体いつまで継続を許されるのだろう。
それは自分が目的を果たすまで続くのか、それともある日ぷっつりと非情にも途絶えてしまうものなのか。
もしかしたらこの現状を悲観し、心のどこかで畏れているのは、その何者かに許されないことを願った自分かもしれなかった。
「どうした? イングヴァル」
『いや……なんでもないよ……』
イングヴァルは胸の内にある思いを打ち消すように笑うと、地面にごろりと横になった。
この一時を僅かでもくつろごうとしての試みだったが、果たしてそれに意味があるのか疑問が残る。
こうして地面に横になったり、ベッドや椅子に座ることは一応可能だが、自分から命あるものに触れることはできない。傍の草花に触れようとしても、掌を透過していくだけだ。
苦笑が残るこの現状も最初は慣れなかったが、近頃は気にしてもいない。
要は気の持ちようだ。
元々が大雑把な性格でもある。
そのようなものだと日々継続させていけば、大体はそれで片づけられていくものだった。




