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第8話:鼠色の生活 - 野坂エリ視点

 友達はいた。

 友達と言うより、その場を取り繕うためだけの知り合いだけど。

 学校に行って、顔を合わせたらそりゃぁ話すこともあるし、今日は暑いねというノリで、その場だけの会話もする。昼ご飯を食べるグループに混ざり込んだりもする。


 でも漫画やテレビで見るような、「親友」を欲しいとは思わなくなった。




 1度目と2度目。

 今は3度目。



 繰り返すうちに、適当に合わせることを覚えた。



「へぇ。」

「すごいね。」

「いいと思うよ。」

「わかる。」



 これだけ繰り返していれば、学校での会話は十分だった。

 毎日同じ会話で、同じ話をして。

 そりゃやる気も失せる。


 それにしてもつまらない。

 同じことを3回も繰り返しているんだ。

 流石にもうスキップしてしまってもいいと思う。


 テストの点はそれなりにいい。

 本当は100点取るのだって余裕なんだけど、程よく間違う方がいい。


 2度目の時、もちろん1度目と同じテストが出たから、100点だった。

 普段勉強をしている姿を見せないのに100点。

 1度目は偶然でも度重なれば異常だと言われた。



「天才のあんたには、私の苦労はわかんないだろうねぇ」




 最初はすごいすごいと褒めていたクラスメイトの言葉も、いつの間にか刺々しい響きに変わっていった。

 前回はその手加減をしないでいたから、妬まれたり。



 それなりの点を稼いで、それなりに愛想を振り撒いていれば、適当に生きていても問題ない。



 だから3度目は、ぎりぎりの単位数だけ取れるように学校を休むことを覚えた。



 生理痛で、風邪で、頭痛がひどくて。

 これを適度に繰り返すのと、学校に行ったら保健室に立ち寄って、それっぽく相談しておくだけで、学校としてもただ体が弱い生徒なのねって思ってくれそう。


 いや、流石にバレてるか。

 まぁ、どうでもいいけど。




 1度目の時。



 手には三者面談の紙。

 いつまでも返事を埋められず、恵子さんに代理で来てもらった。

 20代の恵子さんは、母親の代理とするには見た目にも違和感があったので、すれ違った幼馴染に事情を聞かれた。

 母は離婚したし、父親が家に帰ってこないと、幼馴染に話をしたことがある。

 その頃は、父に捨てられた後も、自分のことを心配してくれる人が周りにいると思ってた。



「まぁなんかあったら頼ってよ」


「いつでも話を聞かせてよ」



 離婚を知っていた幼馴染は、とても同情してくれたけど、後から「あの子可哀想なんだから」と、友達に話す姿を見た。

 幼馴染は笑っていた。

 あたしは目の前が真っ暗になった。


 あたしは、あたしを憐れむ幼馴染を許せなかった。

 まるで自分はあなたより幸せなのよ、と言いたそうにしている姿が忘れられない。



「父親に捨てられた可哀想な子」



 それからあたしは、学校であたしの話をすることをやめた。

 2度目も3度目も。



「へぇ。」

「すごいね。」

「いいと思うよ。」

「わかる。」



 だから薄っぺらい会話だけをする。

 学校ってそんなもんだ。


 学校でのあたしはどんどん薄くなっていった。

 我ながら華やかさもへったくれもない、彩りのない学校生活を送っていた。




 だからその分、余計にこちらの世界にハマってしまったような気がする。



 きっかけはスマホでSNSのタイムラインに、ライブ配信の文字を見つけたこと。

 特別可愛いわけではない、普通の女の子が、ただ普通の話をしている。


 それだけなのに、画面の中ではコメントとハートが飛び交っていた。



『ギフトありがとう〜』

『みんな、私のこと愛しすぎ〜!照れちゃうよ〜』



 こういう世界があるのかと衝撃を受けた。

 それと同時に羨ましいとも思った。



 いくつかの配信を見た。

 飛び抜けて可愛いわけでもなく、面白いわけでもない女の子に視聴者が集まっていた。



 このレベルなら、あたしの方が何倍も可愛い。




 あたしはスマホのアプリで、配信をやった。


 机にスマホを固定しながら、ただ話すだけの配信。

 最初は、他の配信者を真似て、雑談をするだけの、どこにでもある配信だった。




『気にしちゃダメだよ』


『そういうのは僻みだよね』


『親のいないうちに、好きなことをすればいいよ』




 クラスメイトに嫌味を言われたことを話せば応援され、父親が家に帰ってこないことを話せば慰められた。



『声が可愛いね』


『また配信して』



 そのコメントはあたしを見ていた。

 あたしを見て、あたしを求めた。

 その程度でと思われるかもしれないけど、そのコメントで今までなかった高揚感を得た。




 ーーー



 年明け授業が始まった。



「しょっぱなから6限って、エグすぎ。」


「しかも冬休みの課題から出題する小テストってw」


「範囲広すぎ〜、まじで無理〜〜。」



 隣の席でクラスメイトたちが愚痴り始めるのに、内心で同意をする。

 連休明けなのに6限まである。

 今日は事前に予告のあった小テスト。

 でも大丈夫、次の授業は先生が、年末にコロナ感染してるのがわかって、急遽自習になるから。


 まぁ、そんなこと教える必要もないので、クラスメイトの話し声を聴きながら、今日の配信の予定を考えている。



 きっと今日の配信は今週の競馬情報を知りたいリスナーが集まってきそう。

 次の成人の日のレースがちょうど良さそう。


 確か人気上位が総崩れで、11番人気が1着になってた。

 またリスナーのおじさんたちが購入したら倍率めちゃくちゃ下がりそう。

 まぁ、当たる馬を予言するだけの配信なんだから、配当金が下がっても別にどうでもいいけど。

 逆にそろそろ誰でも想像つきやすいレースを選んで予言しようかな。


 アンパイの配当金しょぼいレースだけど、逆に馬の調子を分析した結果だってわかりやすそうだし。

 アンパイ配信用は、月末のG3でいいか。


 自分用には、3歳未勝利の180倍超えになったレースを確保しておくかな。

 恵子さんに100万円分購入してもらおうか。

 まぁオッズが変わるから、そこまでの配当は狙えないかな。



 そこまで考えながら、スマホでメモをとっていると、学年主任の先生がクラスに入ってきた。



 ーーー



「田中先生、コロナでしばらくお休みになりました。

 帰省先で感染したらしい。みんなも気をつけて、引き続き感染対策をやっていこう。

 とりあえず今日は自習になります。

 小テストの予定でしたが、今日は問題集16-4のページをやって、答え合わせまで各自やっておくように。」



 前回の記憶通り。

 今日は自習で、来週1週間は副担任が代わりに授業をしてたけど、田中先生自身が作った小テストは存在自体なくなってたっけ。


 ふと思った。


 冬休み前、田中先生に「帰省したらコロナに感染しますよ」って予言していたらと。

 そしたら、今日は小テストが実施されたんじゃないかと、頭によぎったけど。

 まぁ、どちらにしろあたしには関係のないことかと思いながら、問題集を開いた。




「ねぇねぇ、一緒にやろうよ」


「いいね〜。私、1から3までやるから、舞は4から6担当で!」


「いやそれただの分担やん!

 もう1人くらい増やそ〜」


「ん〜、じゃぁ陽香、おいでおいで〜」


「え、何?どした〜?」



 隣の席に、髪色が賑やかな集団が集まってきた。


 あぁ、うっとうしい。

 まぁ、これも記憶の通りなので、気持ち席を窓よりに寄せていた。

 この後、机を寄せようとした女子のカバンのピンクの狐のストラップが、あたしの机のカバンに引っかかって、

 机からノートと一緒に筆入れを落とされるんだよね。

 筆入れを落とされて、中身が散らかって、その時に消しゴムを見失って、非常に迷惑を受けたんだよね。



 だから、今回は最初からカバンを反対側にかけて、机は窓側に寄せておいた。

 それでも無理やり隙間に移動させてきた机と彼女のカバンが引っかかる。



「あ、野坂さんごめ〜ん!」



 そこで気がつく。

 彼女のカバンにピンクの狐とピンクのうさぎ?



「え、うさぎ?」



 正統派の可愛いピンクの狐と一緒にぶら下がっている、不細工なピンクのうさぎ。



「え、野坂さん知ってるの?

 やばいね、これ知ってる人他にいると思わんかった〜。」



「知ってるっていうか、篠崎さん、それ、どうしたの?

 今までそっちの可愛い系が好きなんだと思ってた。」



 そう、1回目も2回目も、彼女のカバンにはこのぶさかわ系のうさぎはぶら下がってなかったはず。



「そうなんだよねぇ。本当はショップで新しい狐を買おうと思ったんだけどね。

 うちの兄ちゃんが今年は絶対これが流行るってうるさくて。」



「……へぇ〜。」



「んで、ま〜、最初はいらないって言ってたんだけど、なんかすんごい推してくるからさ〜。

 お前なら、きっとこれにハマって、そのうちベッドの柵に12体は並べるぞっていうんだよね。

 まぁ、それに兄ちゃんがお土産だ〜って買ってくれたから、まぁ、仕方なく?」



「お兄さんと仲良いんだね?

 高校生?大学生?社会人?」



「仲良くないって!いつもケンカしてて、ママに叱られてんだから!

 大学生なんだけど、中身が幼稚なのよ、うちの兄。

 寝坊もするし、適当な性格だから世話させられる感じでさ。

 ……んまぁ、普通の兄妹ってそんなもんよ?」



「へぇ。」



「ま、それに、見てるとまぁ、なんかじわるっていうか、味があるよねこいつ。

 兄ちゃんに勧められたからってわけじゃないんだけどさ。

 ま〜、でも舞たちに見せたら、反応よくって。

 もしかすると確かに流行るかもって気がしてきたりするしさ〜。」



 あぁ、あれか。


 そういえば、このうさぎ、今年の秋には女子高生にブームきていたなぁ、と思い出す。

 あたしの趣味じゃないけど。



「野坂さん、このうさぎ興味あるなら、今日一緒にショップ行く?

 今日ガチャ回そうって話になったんだよね〜。

 舞とミカも誘ったし、よかったらどう?」



「ん…… ごめん、今日は家で予定があって」



「そっか〜、ま、じゃぁ次回に!

 うさぎのガチャやる予定あったら、被ったやつ交換しよ〜!」



 前回、あたしはこのクラスメイトと会話していない。


 床にばら撒かれたペンを拾っていて、ただ、ごめんごめんと謝られただけだったから。


 前回こんなうさぎ持ってただろうかと思いつつ、もしかすると完全に記憶できていないこともあるのかもしれないと、頭によぎる。


 カバンの位置を変えただけの変化だけなのか。

 もしくは違う要因があるのか。




 わいわい問題集を解いているグループを横目に、あたしは覚えていた通りに解答欄を埋めていく作業をした。




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