第6話:自分だけじゃなかった - 斉藤雄介視点
競馬で手取り年収の約8年分を稼いでしまったことに気を良くして、と言うよりは、不足分をもう少し稼いでおきたかった。
3年後の時点で、住宅ローン残債2,800万円。
前回の競馬で稼いだのは2,465万円なので、実はまだ早苗には言っていなかった。
サプライズ的に、ドーンと伝えて驚かせたいと言う気持ちがなかったわけではないけど。
で、そうなってくると、家のローンだけじゃなくて、転職活動スムーズに行かなかった場合でも2〜3年は収入なくてもどうにかなる金額を〜とか、競馬の配当金は所得税の対象になるから実際必要な額は〜とか、まぁ、色々考えてしまっていた。
正直にいえば、うん、かなり欲が出てしまったと言うところだ。
ただ、記憶に残っているレースに挑戦とチャンスを狙っていたものの、そうそう記憶に残っているレースはなかった。
前の3年間で聞いた山田君の競馬話が唯一の情報源なので、実際情報の偏りが激しいと言うのもある。
年末の2歳G1、山田君は別の馬に賭けてて負けたんだけども、かなり面白いレースだったって話してくれたんだよね。
山田君は賭け事を好むというより、競馬そのものが好きと言うタイプだったので、名レースや番狂わせで面白いレースだったとか、推し馬の血統の馬が走ったレースの見どころとして語るタイプだったし。
まぁ、そんなわけで、結局年末までは競馬には手を出していなかった。
その間、とにかく俺が頑張ったのはスパダリな夫になること。
以前から家事は手伝っていたけど、いやいや違うな。
うん、きっとこの手伝っていると言う考えがよくなかったと思ってだね、リモートワークの週4日間は、かなり自発的に家事も頑張ったんだよ。
掃除、洗濯、夕飯作り。
最初は怪訝な顔をしていた早苗も、俺が夕飯を作って家で待っている生活を喜んでくれるようになったし。
早苗が残業で疲れて帰ってきたりした日なんかは、感激してくれて、まぁその、そのまま夜の営みにもつれこんじゃったりして……。
うん、まぁ、こっちもこっちでかなり頑張ったと言う自覚があるね。
最近特に綺麗になった早苗を見送って、効率よく仕事をこなして、会社での評価も嫁からの評価も上がっているなら、タイムリープ後の生活は成功していると言えると思う。
さて、そう言うわけで、年末12月28日(水)。
年末の2歳G1レース。
このレースの結果は、普段競馬をやらない人たちにも話題に上がったかも知れない。
俺も単勝配当90倍を超えるレースになったと言うことで記憶に残ってる。
史上初のフルゲート18頭での出走になったことでも話題に上がった(山田君談)のだけど、そこに参加していた12頭は前のレースでは優勝馬。
強者の中の強者が集まった中での、最終直線でのハナ差、写真判定となったレースでガチで興奮した(山田君談)と語っていたなぁ。
うん、競馬の配当金よりも、それを忘年会で語っていた恐ろしくテンションが高い山田君をよく覚えてる。
馬連や3連単まで覚えていたなら、もっと配当金が狙えたのに……と、ちょっと悔しさもよぎったけど、まぁそこは単勝を覚えていただけでも十分ありがたい。
「俺、しばらく働かなくてもいいかもしれん……」
今日は出社日ということもあって、職場のトイレの中からスマホで馬券を購入した。
単勝90倍と想定するなら、上限の100万円分購入すると、9,000万?
やばい、それだけで前回と合わせて1億に届いてしまうんじゃないか。
あぁ、でも、前回もオッズが変わったからもっと少ないか?でも半分になったとしても4,500万円くらいは見込めるんじゃないか?
上の空になりながら、会社で顔に出ないように気を引き締めつつ頑張ったんだが、まぁ結果はお察し。
『斉藤さん、今日で仕事納めだからって、浮かれすぎっすよ〜。
めっちゃ顔にでてますよ〜』
斜め向かいの席の山田君が、社内チャットでメッセージを飛ばしてきた。
思わず顔を上げると、ニヤニヤする後輩と目があって、ん”っん”っ とわざとらしい咳で返事をしておいた。
『まぁ、今日はもういうほど仕事もないし、飲み会控えてたら仕方ないっすよねぇ〜』
『ん、ま、そ〜だね〜』
気の抜けた返事をチャットに書きながら、やっぱり賭け事を前に平常心を保つのは難しいなと、スマホをカバンの中に仕舞い込んだ。
ーーー
仕事が18時に終わり、19時から会社最寄りの居酒屋個室で、部署内の社員、契約社員、提携の外部スタッフなど32名の忘年会が始まった。
「も〜〜〜、聞いてくださいよ〜〜〜、俺今日、馬券当てちゃったんですよ!
いやぁ、年末の資金が増えて助かった〜〜〜〜!11万9000円!」
「まじか、やべぇな。
おい、みんな、二次会は山田にたかろうぜ!!」
「って無理無理無理〜〜〜っ
この間もちょっと当てた時に友達に奢ったら、むしろ赤字になっちゃって、今回は軍資金にキープしておかないとなんですからっ」
ワイワイ盛り上がって、山田君もニコニコしているので、これはいつもの競馬トーク。
山田君は、11月最初のGⅢで1,000円賭けて49,300円を当てたんだけど、そのあとの友人たちとの飲み会で奢ったら、予算オーバーしてしまったと言う話。
あ〜…すまん、それ、多分俺が原因かも知れない。
その話を聞いて、彼に1,800円のちょっと豪華な定食を奢ったよね。いや、ホント、すまんと思ってる。
「そういえば、実は斉藤さんも賭けてたんじゃないです?
めっちゃソワソワしてましたもん。」
「え、あ、うん、そうね。」
「あれ、なんかちょっと凹んでます?
もしかして外れちゃいました? いや、そんなん、良くあることですよ〜」
俺なんて〜という自虐笑いを始める山田君の話を聞きながら、スマホの画面を思い出したんだけども、
『単勝 11番 1,190円』
最終的に6番人気になっていて、100万円分(10,000口)で1,190万円。
あれ?それだけ??
って思っちゃって、罪悪感に駆られてる。
「いやぁ、当たったんだけども、もっと増えるかなぁって思ってたからね。」
「おぉ、当たったんですか!おめでとうございます!
もっと賭けとけばよかったって、買った時は思うんですよねぇ。
今回俺なんて1万円突っ込んじゃったりして、いやぁ、清水の舞台から落ちてみるもんですねぇ♪」
ビールのジョッキをガツンと当てて、山田君にお祝いされた。
こいついいやつなんだよなぁ。
いや、なんかこう、事前に計算した倍率と比較してしまって、がっかりするのは違うとはわかってるんだけども、めちゃくちゃ複雑な気持ちになってるだけなんだ。
なんで損した気持ちになってるんだ、いや、ホント心を入れ替えよう。
手取り年収3年以上の稼ぎを得たんだから、ちゃんと感謝しよう。
前の時の山田君ありがとう。
またご飯を奢らせてくれ。
……って、あれ?
山田君、前の時は負けたと言っていたような?
あれ?なんで山田君、この馬買ってたんだ?
「山田って今回は1番人気だった、ミッキーなんとかには賭けなかったの?」
そう、前の時は、山田君は1番人気3.7倍のオッズのミッキーに1点買いしていたと言っていたんだよね。
「いやぁ、そりゃぁ、予言者ちゃんにあやかってたら、こっち買いますって!
って言うか、斉藤さんも予言者ちゃん見て、この馬に賭けたんじゃないんです?」
「予言者?」
「そうそう、もう予言者ソースィー、え、斉藤さん知らないんですか?」
「予言者総帥?ごめん、全然知らないや」
「ソースィーちゃんですよ、ソースィー。
先月デビューした個人Vで、競馬予想とか株の予想とか、そう言うのメインでやってる配信者なんですけど、すごく当たるんですよ。
予言者VTuberソースィー、知る人ぞ知る、競馬界の女神様なんスヨ」
その時、ぞわりと悪寒が走った。
俺が大量に買って、オッズや配当金に影響が出てしまっているという認識はあったけど、どこかで引っかかってもいたんだ。
自分一人の介入で、そんなに配当金が下がるかって。
そういえば、先月のGⅢの時も思っていた以上に配当金が低かったけど、これもその配信者の影響だったりするのか?
……
というか、そんなに当たるものか?
正直に言って、予想するには結構難しい部類だと思うぞ。
それに、さっきの山田君の言いっぷりだと、それ以外のレースの予想も当てていそう。
それこそ、結果を知ってないと……。
結果を知ってる?
……あれ?
……ひょっとして、その配信者も過去に戻った人間なのでは?




