第5話:小さな全能感 - 篠崎透視点
俺は篠崎透。
新卒で入社した企業で、ただ毎日事務職をしているだけの、どこにでもいるモブだった。
俺には電車の事故で死んだ記憶があった。
ーーー
あの日。連休明けの出社は面倒だとしか感じられずに、SNSでどうでもいいようなポストをしたばかりだった。いいねやリポストの反応もつかない、タイムラインに消えていくだけの呟きだった。
いつもの時間のいつもの4号車に乗った俺は、人生で初めて非日常に巻き込まれた。
停車する駅を素通りして、さらにスピードが上がる様子に、周辺の乗客からも緊張が伝わってきた。
電車に異変を感じて、緊急停車ボタンを何度も押した。
次第に叩くように繰り返してしまっていたけど、大きく左右に揺れた際に通路側に押し込まれてしまって、ボタンには手が届かなくなってしまった。
さらに揺れが激しくなって、体を飛ばされないように、高い位置の吊り革の根本を両手で掴んでいた。
「ぅ”あ”ぁああああああああんっ」
反対側のドア付近で押しつぶされそうな位置に電車通学の小学生がいて、泣き声のような悲鳴のような声をあげていた。ここで物語の主人公であれば、颯爽と身を挺して庇うだろうが、今の自分には「早く電車止まれ」と願うことしかできなかった。
異常な電車の揺れの中、Y駅のホームに侵入した直後の衝撃と浮遊感、そして重い塊が潰れる音。
その直後に電車が縦に回転するように跳ね上がって、自分の上に乗客の重みがどっとのしかかった。
「ぎぅっ」
息が吸えない。
体が動かず、息も吸えず、すぐに目の前が真っ暗になった。
圧死の文字が浮かんだ。
死に方までその他大勢のモブみたいだ。
意識が途切れる中、どうせ死ぬなら身を挺して子供を助けるような、そんな主人公みたいな死に方が良かったと考えた。
ーーー
「いい加減起きろ、今日は1限からだろっ」
意識が浮上した時、最初に目にしたのは妹の陽香の、ど派手な赤い髪の毛だった。
俺はベッドから跳ね起きながら声を上げた。
「お前、なんだその頭は!
インターンをその頭で行く気か!?」
「はぁ? 何言ってんの?
高校生がインターンなんてするわけないじゃん」
「つぅか、何言ってんだ?
この間お前が、休み明けから化粧品メーカーにインターンって……えっ」
先日黒々としたカラーであまりの似合わなさに爆笑してやったばかりの妹は、過去のド派手な赤頭になっていたし、何より最大の違和感があった。
俺の初のボーナス15万円を注ぎ込んで購入した、壁掛けの50インチテレビがない!
「え? ……俺のテレビは!?」
つまんない生活で、それでも今最大の癒しになっている俺のテレビ。
配信や映画やアニメの視聴、ゲームのプレイにもこれがないとはじまらないっていうのに、テレビが消えてしまっている。
「何言ってんの、テレビ買う夢を見ちゃったとか?
めちゃはずかしいんですけどーっ。
ってか、いいからさっさと起きてってば。
ホント、最近のママうるさいんだから、早くしてよねっ」
部屋から出ていく妹の制服は、確かにあいつが高校生の時のものだった。
しばらく呆然としてしまったが、不意によぎったワード。
『タイムリープ』
これ、何度もライトノベルで読んだやつだ!
間違いない。いや、間違いないっていうか、これ、アレだろ、知ってるぞ。
これは過去に戻って人生をやり直す、人気のジャンルだもんな。
でも、こういうやり直しのタイムリープものは、死んだ恋人を救うやつだぞ?
ただの平凡なサラリーマンがタイムリープするのか。
俺、死んだ恋人なんていないぞ?つぅか、電車の事故で死んだけど。
神様的には、こういう変わり種も時には必要ってことか。
「あ!スキルっ……スキルは!?」
ステータスオープンと叫んだところで、陽香がまた怒鳴り込んできた。
テンプレの可愛い妹なんていやしない。
だけど、まさかまさかの、俺が主人公だったとは!
一気に目が冴えた。
ーーー
タイムリープを題材にしたラノベの王道で考えると、多分俺は未来を変える使命を与えられているはず。
そのはずなんだけど、思い当たる変えるべきシーンが、電車事故以外思い浮かばないんだよなぁ。
自分が死なないためには、3年後、いつもの時間のいつもの電車に乗らない。
俺、死なない。FIN。終了。
……えー、ひねりなさすぎて、さすがにどうよ?
ラノベ王道で考えたら……冤罪で処刑されてからの復讐パターンか?……いや、俺、冤罪とかもなかったわ。
だって、ただの凡庸な新卒サラリーマンだもの。
まぁ、きっとあれだ。
あの事故の被害者、実は異世界への集団転移ルートで、俺だけそれから漏れちゃった説。そんで、神様が時間を元に戻しすぎちゃった、ポカミス設定!ダメな女神様がいるパターン!あー、これならわかる。こういう系統も読んだことあるし。
とするなら、ワンチャンチートやスキル説あると思うんだが、それならやっぱり
「ステータス!メニューオープン!……これも違うか、う〜ん……
あ、インベントリ? インベントリオープン!これでどうだっ」
左手を腰に、右手をかかげるポーズであれこれ試す。
こういう展開で、まずスキルを探しちゃうのは、もうある意味文化だから仕方ない。
あったらいいなぁ、チートなスキル。
……うーん……。
スキルは存在しない設定なのか?
「透、時間平気なの?また遅刻で単位落とすとかは本当にやめてよね。」
「はいはい、わかってるって。今出るとこ!」
母さんにせっつかれて家を追い出されてしまった。
くそぅ、じっくりスキルの把握をしておかないといけないのに。
ーーー
チャリを漕ぎながら、自宅から20分の大学に到着。
すでに懐かしい。
アプリで2年時後期にとってた授業の枠を確認しながら、午後休講の案内に気がつく。
そういえばこの週末は学園祭だったな。前回は学園祭の準備で前日もギリギリまで作業していたような記憶があるな。
前も1限の授業のあとで、フットサル部にも顔出ししていたな。
確か、屋台を出す話で幽霊部員も参加要請来てたんだよな。前回も幽霊部員はこういう時くらい働けと先輩に命令されたんだっけ。
イベントごとだと記憶は結構残っているもんだなぁ。
やっぱり感情の振れ幅があると、記憶に残りやすいんだろう。
スッゲー疲れて、打ち上げ楽しかったくらいしか覚えてなかったけど……。
そう考えると、この巻き戻りがテストの日程と重ならなくて良かった。本当に良かった。
勉強のことはすでに忘れてしまってる自信がある。
「篠崎、チッス!」
「お!うぃちゃん、久しぶり〜!」
「って、おいおい、水曜にも飯食ったじゃん。何言ってんの」
「あ、そうだったかも。確かに確かに。」
「今日は透も午後から手伝いに行くだろ?
フットサル部幽霊部員の年に1回のお勤めとはいえ、めんどくせぇな。
そりゃ部員数考えたら仕方ないけどさ。」
同じ高校からの友達兼先輩、宇井太一と合流しながら、愚痴を言い合いながら第2校舎に移動。
宇井先輩は、学部もゼミも部活も一緒で、卒業するまでは結構仲良くしていたんだよな。
確か、3年後の未来はアプリ開発やっていると言っていたなぁ。
第1志望の通信会社は、在学中にインターンをこなさないと受験資格自体なくなるっていう狭き門で、3年の時にそのインターン面接をすっぽかしてしまって進路を変えざるを得ない状況になっちゃったんだよね。
俺も自分が受けたインターンの事忘れないようにしないとな。
珍しくめちゃくちゃ後悔して凹んでいる先輩を見て、教訓のように覚えているんだよ。
まぁ、同じ会社に勤めたいと思うほど愛着なんてないんだけども。
それから、フットサル部は、自分を含めほぼ幽霊部員だから、そりゃ手伝いしろって言われるのも仕方ないんだけどな。
……あれ?
そういえば……
そういえば、後から聞いた時に、学園祭の準備と予定が重なってて忘れちゃってたと聞いたような……
「そういや、うぃちゃんのインターンの面接いつ?」
ついポロリと発言してしまった言葉。
「ん?
……面接って……ぁあっ!!
そうだった!! やべっ11時から予定入ってたんだっけ!」
「マジっすか!ちょ、早く行ってくださいよっ
俺、手伝い先輩の分までやっておくんで」
「すまん!恩にきる!
これ、第1志望のとこだったんだ!」
駅に向かって慌てて走っていく後ろ姿を見送った。
今度はちゃんと受かるといいねぇ。
……って、あれ?
「これ、もしかして……未来を変えちゃった?
いやちがう、変えてる変えてる!俺が変えちゃってるぅ!」
前回は、面接をすっぽかして第1志望の企業のインターンに落ちた宇井先輩を、助言で助けてハッピーにしたってことじゃん!
あ〜〜〜〜!
これ、わかったぞ!
俺にはスキルはないけど、チートはあった!
未来3年分の記憶!つぅかこれ、知識チートってやつじゃんか!




