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第3話:2度目の今日 - 斉藤雄介視点

 PCの入ったショルダーバッグを抱えて、早苗が飛び出す後ろ姿を呆然としながら見送った。



「え?」



 理解が追いつかず、Yphone SEの端末を持ったまま呆然としてしまった。



「どうなってんだ!?」



 ひょっとして、置いて行ったスーツを取りに来てた?

 復職手続きで会社に行くのか?じゃぁ、娘は実家か?

 でも、実家の義母さんも義父さんも普通に仕事してたし、そんなに急に預かってくれるところ見つからなくて、うちに預けにきたか?


 どちらにしろ、それなら普通、声くらいかけて行くよな?

 こっそり置いて行かれたって、流石にそれはないよな?


 心配するの、当たり前だよな? だって俺の娘だもん。

 いや、娘なのかな……、あのキレ方は、今思うとやっぱり何か誤魔化しているようにしか思えなくなってきたし。


 それでも、今ゴタゴタしてたって、娘を渡されたら、多分世話をするとは思うし。


 未練なのかなんなのかよくわからなくなってきた。


 一応娘が家に残ってないか、確認しないと。



「ちぃ?」



 娘の名前を呼びながら、早苗の部屋を開ける。

 早苗のベッドの横には、テレワークで使っていた簡易デスクセットが置いてあった。


 あれ?そこには、ベビーベッドが置かれていたはずなのに?



「ちぃ?ちぃ?」



 この違和感はなんだ?

 ベビーベッドを捨てにきたってこと?


 早苗の部屋には、最近は娘のおもちゃや絵本も置かれていて、まぁこれはこれで小さな子供がいる家らしくて、過ごしやすいと感じていたんだ。それもなくなっている。


 あるはずだったベビーベッドを探して、次にリビングに駆け込む。


 ドアを開けてまず目に入ったのは、モノトーンの幾何学模様のカーテン。

 家を買った当時、北欧モダンにこだわった生活感を感じさせないリビングも、子供ははっきりした色が好きだからと言って、鮮やかな葉っぱや花のプリントのカーテンになっていたはずなのに。



「な……なんだこれ……?」



 手に持ったスマホの待ち受け画面を見る。

 画面には変わり映えしないグラデーションの背景と



 11月4日(金)

 08:42



 の文字。



「金曜日?」



 いや、火曜だよな?

 昨日まで3連休だったよな?



 Yphone SEのホームボタンを押す。

 指紋認証で画面が開く。


 震える指先で、アプリアイコンをタップしてから、カレンダーアプリを開く。

 開いて初めてわかる左上に表示されている西暦の数字。




「3……年前?

 う……うそだろ……?

 え、じゃぁ、ちぃは?」



 人はあまりにも驚くと足に力が入らなくなるらしい。

 ヘナヘナと床に崩れ落ちたあと、しばらく立ち上がれなかった。


 部屋の奥で、カリカリと猫が爪を研ぐ音が聞こえた。



 ーーー



 この時期、社員にリモート勤務の体制をとる企業は多かった。


 かくいう俺の会社も、開発の職種の大半はリモート勤務になっていて、毎週水曜以外は完全在宅での勤務になっていた。

 最初はやりにくさを感じていたリモート勤務も、チャットアプリやオンライン会議ツールがこなれてくるにつれ、個人的には出社しない方が快適という気持ちにまでなっていたと思う。



 夏を過ぎたあたりで、うちの会社は出社解禁の流れになり、社内にいないと仕事に制限が出てしまう早苗の部署は早々に出社勤務の日数は増えた。

 俺と入れ違いで、毎週水曜以外の週4の出社となっていた。

 自分からすると、出社が多くてかわいそうだと感じるものの、早苗曰く「外に出ない方がストレス溜まる」らしく、またいつもは満員電車だったが今は空いていて座れて移動できるのが良いらしい。


 ……と早苗が言っていた過去の記憶を思い出した。


 始業時間は9時半。


 PCを立ち上げて、スケジュール表を見た。

 今日は有休申請していない。10時から会議があるようだった。

 もし本当に過去に戻っているなら、今日は普通に勤務していた日のはず。


 自分は早苗と一緒に住んでいるし、弁護士事務所に相談もしていないし、自分のいる部署は普通に稼働しているし、それから、ちぃはまだ生まれてもいない……。


 ……ちぃのことは、今は考えないようにしよう。

 今だけ、今だけはごめん。


 過去に戻ったなんて、そんなことが本当に起きるのかと、心のどこかに残った疑問を解消するためにも、社内オンライン会議への参加は都合が良かったが、当時の自分の仕事の打ち合わせをスムーズに回せるような記憶の整理ができているわけもなかった。

 追い立てられているのに、空回りするような、そんな焦りを感じていた。


 社内チャットツールのグループには、確かに3年前に関わっていたプロジェクト名が並んでいた。

 そして、先日まで自分が関わっていたプロジェクトは存在すらしていなかった。


 3年前の自分の案件は、確かK市の受注案件、社内チャットシステムの途中だったような?


 案件の進行管理シートを開く。

 確かに3年前までしか更新されていない。


 スマホに並ぶアイコンに気を取られる。


 SNSのサービス名が変更になったのはもっと後だったよな、と思い出して、最近の記憶のサービス名で検索をかけると、やはりこちらもヒットしなかった。

 前のサービス名で検索をして、表示された検索リストをみて、逃げ道がなくなったような気持ちになった。


 現状どこまでの仕事をやったことになっているのか、把握するには時間が足りず、すぐに社内オンライン会議が始まってしまった。



「おはようございます。

 アジェンダに沿って定例会を始めます。

 まずは、各自の進捗から共有をしてもらいます。

 斉藤さん、API設計周りの進捗いかがですか?」



「あ、えっと……、API設計資料は……確かこのExcelで……」



「どうしました?

 トラブルありましたか?」



「い、いえ、大丈夫だと思います。

 ……オ……オンスケ……ですね。はい、オンスケです、はい。

 予定通りだったと思います。」



 3年前の記憶を正確に把握できている奴がいたら、それは記憶力のバケモンだろうと、叫び出したい気持ちを抱えてマイクをミュートにした。


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