第2話:記憶 - 斉藤雄介視点
「辞めるってどういうことよ」
妻に文句を言われる。
まぁ、言われるだろうとは思っていたけど、だって仕方ないじゃないか。
「今の部署が解散になるんだ、会社都合で退職するか、営業職に転向して福岡に転勤って言われたんだ、そりゃ無理だろ?
家買っちゃったんだし、早苗だって来月から復職予定だったし、保育園だってようやく入所できるように決まったばっかりだし。
それにうちはもう、基本は営業やコンサル寄りの案件ばっかりだっていうし、流石にキャリア的にも違うだろ?
だからさ、転職しようと思ってる。」
そうなんだ、狭い我が家とはいえ、中古マンションとはいえ、流石に買ったばかりの家を人に貸すのも売るのも嫌だし、エンジニアで転職するなら、早いうちがいいだろうし。
「単身赴任でもいいじゃない、3年したら戻って来れるんでしょ?
それに営業だって悪くないじゃん。今の会社は成果報酬つくんだから、給料だって上がるかもだし、3年なんてあっという間じゃない」
「簡単に言うなよ、単身赴任なんて嫌だよ、俺。
じゃ、じゃぁさ、福岡一緒に行こうよ。
単身赴任用の家賃会社持ちなんだから、追加費用自分で出すって2LDK借りれないか聞いてみるよ」
「それ、私に本社勤務やめろって言ってる?」
「そんなことないよ、俺、早苗の職場復帰応援してるんだからさ。
でも、仮に俺が単身赴任になったら、全部育児の負担かけるとかはしたくないし、
明日だって、俺が予防接種連れていくんだし、父親として当然だっ……え?」
母子手帳と予防接種のチケットの本を片手に、言葉が詰まってしまった。
これ、なんて書いてある?
パラパラとめくっていたページに、娘の血液型の記載がO型と書いてあった。
え?なんで、前にA型って言ってたよね?
「前にA型だよって言ってたよね、なんで?」
思わず、声に出てしまった。
怪訝な顔をしていた早苗が、ハッと我にかえったように表情が変わるところを見ると、俺の疑問もあながち間違いがないかもしれない。
「早苗、O型だよね、俺はAB型、知ってるよね?
生まれた時、A型って言ってたよね?」
メンデルの法則だったか、まぁ、中学生でも知ってることだ。
AB型の俺の持っている遺伝子はAとB、
O型の早苗の持っている遺伝子はOとO。
AB型の俺とO型の早苗の組み合わせ上、O型とは生まれてこないと言うあれだ。
「違うって、赤ちゃんは生まれてから血液型が不安定だから、最初の検査はあてにならないって言ってたじゃん。」
「いや、だから最初にA型だって言って……」
「違うって!
最初にO型って言われたもん、これ仮にO型なだけでしょ、覚えてないのはそっちでしょ。
っていうか、それ、私が浮気したと思ってるってこと?
ひどくない?それ、おかしいよね?
雄介、見損なったよ、もういい、私別れるから!」
そこからの話は急転直下だったように思う。
捲し立てるように早苗が怒り散らして、唖然としているうちに、気がついたら娘と一緒に早苗が家を出て行って、数日後には養育費と慰謝料と財産分与で離婚調停をすると、早苗が契約した弁護士から連絡を受けた。
それが正しいのか間違っているのかなんてわからなかったが、流石に早苗の言うとおりにしてはいられないと、口コミの評価の高かった弁護士事務所に連絡をした。
そして、弁護士の先生から調査の内容を含めた報告をすると言うことで、Y駅の改札横のカフェで待ち合わせることになって……。
Y駅に向かって、電車の衝突事故にあって。
死ぬ瞬間の記憶で呼吸ができなくなって……。
『なんで、俺ばっかり……っ』
ーーー
そこで、目が覚めた。
はっはっはっと、細かく息が漏れる。
爆音が頭の中でリズムを刻んでいる。ドゴドゴ耳に響くのが、自分の鼓動だと気がつくのに時間がかかった。
手汗がすごい。なんだこれ、握り込んだ指を開くのは、こんなにもどかしいものだったのか。
頭が痛い。
ひょっとして風邪を引いたのかも?嫌な夢を見たと思いつつ、自分の家の天井を見て我にかえった。
うん、ここは自分の寝室だな。
なんて夢を見てるんだ、縁起でもないなと朝から疲労を感じた。
今日は弁護士の先生に相談しないといけないんだ、このためにわざわざ有休もとったんだと気持ちを引き締めて、息を吐いた。
手汗をシャツで拭いながら、時計を見た。
8時30分。
「やばい、寝過ごした!」
飛び起きるように布団を跳ね除けて、手櫛で髪を撫で付ける。
「ぅにゃぁ」
ベッドのすみで寝ていた愛猫が迷惑そうに逃げて行った。
服は、まぁスーツでいいか。
まずは遅刻の連絡をいれないとまずい。
充電ケーブルに繋がったスマホを手繰り寄せて気がつく。
Yphone SEだなこれ。
ホームボタン、指紋認証センサーが消えてしまって寂しいと思うユーザーは自分以外にもいると思う。
懐かしいフィット感、だけど自分はスマホを買い替えたばかりだったはず?
「俺のYphone17どこいった?」
そして、掛け布団を避けて、ベッド周りを慌てて捜索している俺に聞こえるはずのない声が聞こえてきた。
「もー、さっきからバタバタ、何騒いでんの?
私もう家出なきゃだから、鍵するの、忘れないでね」
数日前に家を出て行ったはずの早苗から声をかけられて、ひゅっと声にならない声が出た。




