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第1話:運命の日

【ご注意】

本作はフィクションです。作中に登場する人物、団体、宗教、企業、駅、事件、競走馬などはすべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。

作中には、鉄道事故・爆破テロによる死傷の描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。

また、作中のギャンブルや投資に関する描写は、それらを推奨するものではありません。




【通勤快速電車】


 最初の異変は、11月4日(火) 8時12分。

 あと2駅でY駅に到着する通勤快速電車の中で感じた。


 平日のこの時間帯は、満員乗車率は150%を超え、肌寒さを感じる季節ではあるが、車内は他人の体温を感じるほどに混雑した状態だった。


 その中で、斉藤雄介は車内に上がる戸惑いの声に気がつく。

 スマホのメールアプリ画面から顔を上げると、車内のざわつきが大きくなった。

 いつもなら、減速しているはずのエリアに入ってもなおスピードが落ちずに進んでいた。

 停車するはずだった駅を通過したと気がついた次の瞬間、突き上げるような振動と車輪がレールに擦れるような、ガリガリという音が足元に伝わった。



「ひっ」



 息を呑む音が声が漏れた。




「どうなってるんだ⁉︎」


「これ、やばくないかっ」


「緊急停車ボタン押せ!」



 その声にならない悲鳴は、乗客たちの叫び混じりの大声にすぐにかき消された。


 スーツ姿の男性がドア横の停車ボタンを操作しているのが見えた。

 1度、2度押しても、なんのアナウンスも流れない。

 次第に緊急停車ボタンを激しく叩く様子に、雄介は急ブレーキに備えて、吊り革の付け根のポールを握り込んだ。

 つかまる吊り革に届かない位置の乗客が、ポールを掴もうと手を伸ばした。

 車体が大きく左右に揺れた衝撃で、座席寄りに押し込まれた。



「うあっ」



 座席の乗客が声を上げ、身を守るように自分のリュックを抱き込んでいた。

 雄介は思わずポールから手を離して、座席の隙間に手をついた。


 身動きが取れず、思わず「ぅぐっ」と声が出てしまった。


 瞬間、頭をよぎった映像は、学生だった頃に見た、快速電車の脱線事故のニュースだった。

 ブレーキが壊れた?


 いや、でも、あの事故の後、ATS-Pのブレーキのシステムが導入されたはずだと、自分を安心させるように言い聞かせたが、断続する跳ねるような振動に、さらに緊張が走る。


 異変を感じたのはこの車両だけではなかった。


 雄介が乗っていた4号車よりも前の車両から、人が移動してきているのか、雄介は車両後方に押し込まれていった。

 やめてくれ、押すなという声があちらこちらから上がっていた。


 後方のドアが開けられ、5号車の車両へ逃れるように移動していく人の様子に、これはただ事ではないぞという焦りが広まっていった。

 通路に立っている人間がわずかに移動したものの、そもそもが満員電車で、人が移動できる余裕がない状態で、すでに限界だった。

 5号車に向けての動きはとまり、前方から押し込まれることで、身動きできない圧迫を受けたが、倒れ込まないようにつま先に力を入れた。


 また停車予定の駅を通り過ぎた。


 体感ではあるが、これはもう時速100キロに到達しているのではないかと思えるくらい、ガタガタ、ガシガシ、引っかかるような振動が足元からせり上がってきていた。



「このままじゃ、衝突……!!」




 雄介は心の声が漏れてしまったように錯覚した。

 車両の軋み、飛び跳ねるような振動と浮遊感。

 あちらこちらで、呻き声が悲鳴になっていた。




 ーーー




【改札横のカフェ】



 伊上優香は、依頼者と待ち合わせのためにY駅改札横のカフェにいた。

 視界の端に、モーニングセットとぬいぐるみを並べて撮影していた女の子の、派手なネイルが目に入った。あれではキーボードを打つのにも苦労しそうだと、美は不自由と天秤にかけるものかと眺めていた。



 その一報はSNSからだった。

 SNSアプリで、快速電車が駅に止まらなかったという不満のポストを見た。

 優香は、停車駅を間違えるなんて、日本では珍しい、これはお昼には速報でニュースになりそうだと思う程度で、スマホの画面を再読み込みさせた。

 違和感はそこからだ。

 その快速電車に乗っている乗客と思われるポストが目に入った。

 笑い話でも、文句でもなく、ただただ緊張が伝わる短いポストだった。



『でんしやばい - 1分』



 1分前の投稿だった。

 何かまずいことが起きてる?


 優香は再度アプリを読み込みなおした。



 ーーー



【Y駅ホーム】


 平日8時台、東京方面への快速電車のピークタイムのダイヤの運転間隔は、およそ5分から7分。

 減速も停車もしない、暴走状態の後発の電車がこのまま走行して、前の電車に追いついてしまう想像は容易だったと思う。




 駅で停車されない、スピードが落とされない電車の異変は、鉄道会社でも早い段階で理解していたし、前の電車から乗客を移動させる案内がされていた。

 それがつい4分前の話。


 この時間帯の乗車率150%で、乗客数はおよそ2,400人。


 緊急の誘導で途中で下車させられた乗客の中には、早々に別の路線へ移動するものも多かったが、この時点で多くの乗客は避難誘導の認識はなかった。

 ホームには現状の案内を理解できずに、その場から動かずにいる乗客も多かったし、この後の結果を予想していた乗客は数えるほどだったかもしれない。


 ホームに残った乗客が目にしたのは、直線の線路の奥に見えた、見慣れた先頭車両。

 日常との違いを表すならば、それは駅員の誘導が白線の内側へ移動を促すものではなく、ホームを離れるように、ただそれだけを繰り返すものだった。


 そもそも、まだこのホームには前の電車が残っているのに、なぜ?

 ここで違和感を抱いた乗客がいればそう感じたかもしれない。


 ここにきて、駅員の誘導の音声が



「ぶ、ぶつかるっ」


「逃げろっ」



 と悲鳴のような叫びに変わっていた。


 遠くに見えたと思った先頭車両が、南口の改札口の階段の目と鼻の先に見えたのは瞬きするだけのわずかな時間。


 階段手前で見ていた乗客は、ゴウっっと突風のように、押し倒すような風圧を体全体に感じたのではないだろうか。


 次の瞬間、停車していた後ろの車両が消えた。



 ドンっ


 と雷が落ちたかのような轟音とともに、時速100キロでホームに侵入した車両は、前の電車の後方の車両に乗りあげるように衝突した。


 追突した車両は、他の車両に横から乗り上げるようにして押し潰され、ホームとホームの間に折り重なった。

 形状を保つことなく、途中で折れ込んだ車両群は、もうもうと粉塵を巻き上げた。



 ーーー


【通勤快速電車】


 雄介がその後に感じたのは、浮遊感と、強烈な振動と、強烈な白だった。

 何が起きたかわからない恐怖と自分の意思で動かない手足の感覚。


 電車は縦に起き上がるかのように傾いていた。

 窓は割れていたし、天井と床の間は、人の入る余地がないほど潰れてひしゃげていた。


 呻き声と泣き叫ぶ声が遠くで聞こえたように感じた。

 雄介が霞む目を開くと、目の前には粉塵と赤だった。


 5号車への通路の先には空と煙が見えた。

 電車がちぎれたのかと思った。

 座席側に押し込まれていたおかげだったのか、ポールに引っかかったおかげだったのか、座席の乗客に乗り上げる形で引っかかっていた。

 衝突時の衝撃で自分の上に積み重なった、声をあげることができなくなった人の山を見て、何も考えられなくなった。


 物を言わなくなった人間は重い。

 重いなんてもんじゃない。

 視線の先に、明らかにおかしな角度で体が捻じ曲がった人を見て、自分の下敷きになっている人がどうなっているのか、恐怖した。


 なんでこうまで不幸が重なるのかと思うと、身動きできないまま呻き声しかあげられなかった。


 バチバチと電気がショートする光のフラッシュが窓の外にちらついた。

 ずっと轟々と耳鳴りがしていたが、これは自分の耳がバカになってしまったのかもしれない、そう考えて、血の混じる息を吐いた。


 重なり合う潰れた電車と電車の隙間から、かすかに見えるホームに人が立っていた。

 フードを被った人物の口元が笑っているように見えたのが最後の記憶。

 その後ドンドンドンと、立て続けに振動を感じたところで雄介の意識は完全に途切れてしまった。





 ーーー


【改札横のカフェ】


 雷の直撃を受けたような振動で、カフェにいた客が騒然となった。

 この上で何かあったとわかるほどの衝撃で、天井に亀裂が入るほどだった。

 このまま悠長に食事の提供を続けられないと判断した店員が、声を張り上げて退店を促していた。


 その後もパラパラとチリが降ってくる中、立ち上がる者、机の下に潜り込む者、駅の通路を慌ただしく行き来する人の様子に、優香は書類をカバンに仕舞い込んだ。


 店を出ようと席を立ったその時、



「神は、言葉ではなく夢で私たちにお示しになった。

 何度も、何度も。

 我々は神託に従い、行動を起こしたのです。」



 東口と西口を繋ぐ改札前、カフェのすぐ目の前の通路で声を張り上げる複数の人物がいた。

 あちらは主婦、こちらは学生、恍惚とした表情で拡声器で声を張り上げている姿は異常だった。



「我々は神託に従い、行動を起こしたのです。」



 繰り返されるその声に、優香の頭にはテロの二文字が浮かぶ。

 あまりに不気味な雰囲気にあてられて、逃げるように走っていく人の姿も見える。




「あ、店員さん、ねぇ、支払いいらないんだよね?」



 優香を追い抜く形で、先ほど見かけた爪の長い女の子が店から飛び出した瞬間、ドンっと腹を突き上げるような衝撃を感じた。


 強烈な白と風圧の直後、優香は店の中に押し返されるように、飛ばされて、長机の席に叩きつけられた。

 ごろごろと転がりながら、思わずカバンを抱え込んだ。

 足元から破裂するような衝撃と爆音で、頭が掻き回されたような状況で、優香の周りには同じように吹き飛ばされた人が床に転がっていた。


 日本でテロなんて、馬鹿げてる。

 後頭部からぬるりとした液体が流れる感覚と、腹部に焼けるような熱さを感じた。

 店の外に視線をあげると、赤黒い欠片と瓦礫で崩れた通路だったものが見えた。

 さっきの女の子は助からなかっただろうなと思いながら優香もまた、体から温度がスッと抜けていくような脱力感のあと、何も感じなくなった。



 ーーー



 その後も周辺では数回の爆発が起きた。



 以前からテロ予告が発信されていた自称預言者のSNSのアカウントが発見された。

 警察が調査したところ、このアカウントは3年前に作成されており、自称預言者となるものは多数の信者とともに電車と駅施設の爆破で命を落としていたと判明した。



他サイトで更新している分まで一気に投稿します!

その後 週1(日曜)投稿予定です。

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