6話
出発の日。
アカネ達は基地の片隅、崩れかけた建物の下でで移動用のトラックを待っていた。
前日から降り始めた雨は、日を跨いでも止むことは無く、まるでアカネを非難するかのように降り続けていた。
結局、あの日以降、アカネはアオイの元に行くことはなかった。
心配していなかったわけじゃない。
顔を合わせるのが怖かったのだ。
もし自分の吐いてしまった嘘がバレてしまっていたら、アオイになんて言われるだろうか。
そう考えてしまうと、自然と足は病室から遠さがっていった。
差し入れすら、看護師に頼んで持っていってもらったほどだ。
名前の知らない誰かの嘲りの声より、アオイからの失望の方が、今のアカネには怖かったのだ。
「いやー、ラッキーだったねぇ。受理が間に合ってさ」
そんなアカネの心理を知ってか知らずか、コヒーは脳天気に話しかけてくる。
「そうだね」
アカネは無意識に返した。ほとんど内容を聞き流したまま、つるりと喉から溢れた言葉。
「受理してくれなかったら、どうしようって思ってたよー。今頃町中駆け回って、転職活動でもしてたんじゃないかな?」
「どこも私達なんて雇ってくれないよ」
「じゃあ、盗賊でもやる?クビになった子達集めてさ、それもちょっと楽しいかもよ?」
アカネは盗賊をしている自分の姿を考えてみた。
——アオイは嫌がりそうだなぁ……。
そんなことを考えた時、ふとアカネは自己嫌悪した。
アオイを置いていった上、顔を合わせることすらしようとしなかった癖に、そんなことを考えてしまうなんて、と。
「……やっぱり、普通に仕事したいなぁ」
アカネは胸の痛みを無視して、コヒーにそう伝えた。
それを聞いたコヒーは、わずかに笑みを浮かべた——ような気がした。
「……そう?なら、真面目に仕事できる今のままがいいね」
コヒーの目の奥に輝く何かが、微かに揺らいでいるのを見て、アカネは声をかけようとしたその時、緑色の幌を被せた大きなトラックがエンジン音をかき鳴らしながら走ってきた。
大きなタイヤが地面を蹴り、そのたびに100メートルは離れているであろう瓦礫のかけらがぱらぱらと降り注いでいる。
そしてそのまま10秒。
大きなトラックはアカネ達の目の前に止まった。
一際大きな振動が、少し離れた場所にあった大きな瓦礫を崩す。
紺色の軍服の上にかかった埃をはたき落としていると、トラックの窓から壮年の男が姿を現した。
「お前達が志願者か?」
「はい、朔月アカネ上等兵と」
「コヒー・レンス上等兵です」
男はアカネ達の名乗りを聞きながら何かの書類を確認した。
写真と見比べているのだろう。視線が書類と顔を往復し、男はため息をついた。
「……確認した、乗れ」
ため息の意味は聞きたくなかった。
アカネ達は黙ってトラックの荷台に乗り込んだ。緑色の幌の中に、見慣れた簡素な椅子が並んでいる。
その椅子のいくつかには、アカネと同じか少し歳下くらいの少年少女が座っている。
全員、初対面なのだろう。そわそわと忙しなく視線を泳がせ、周囲の様子を探っている。
会話は無い。押しつぶされそうになるくらいの重々しい空気の中を2人で歩き、空いている席に座った。
その後の10分で何人かがトラックに乗り込んできて、何人かが椅子に座れずに床に腰掛けた頃、再びエンジンの振動が腰に響いてきた。
「そろそろ出発だ。まったく、なんでこんなガキばっかり……」
運転手のぼやきと共に、トラックはゆっくりと動き出した。
……お姉ちゃん!
アオイの声が、聞こえた。
アカネは咄嗟に席から立ち上がり、幌を捲る。
そこには、アオイがいた。
病院の入院着の上に、濃紺の士官用の制服を羽織った、アオイが。
松葉杖に体重を預け、雨でずぶ濡れになったじゃがいも髪を揺らしながら、アオイはアカネを見ている。
信じられないほど、真っ直ぐな目で。
「お姉ちゃん……帰って、きてね」
「……ッ」
アカネは、涙を浮かべたアオイから目を逸らした。
これ以上、アオイの目を見ていたくなかった。
たとえそれが、アオイを傷つけることになったとしても。
「……いってらっしゃい」
アオイはずっと、ずっと、トラックの姿が見えなくなるまで、目を逸らしたアカネのことを見続けていた。




