31話
「見えた……サヤカ!!」
「はい!!」
レーダーを覗いていたフラウに声に従って、サヤカは『グラニ』の操縦桿に手を伸ばした。
『スレイプニル』のものほどではないにせよシンプルなスティック型の操縦桿を握りしめ、レバーを引き絞る。
すると、コックピットシートと操縦桿のそれぞれに内蔵された金属の輪が飛び出し手首足首をしっかりと固定した。
直後襲い掛かる電気的な衝撃に、顔をしかめつつも耐えたサヤカは、待機中に読んでいたマニュアルに従い、グラニの目を開けた。
モニターが点灯し、サヤカの視界いっぱいに青い草原を映す。
トレーラーから送信され、視界の隅に映ったレーダーには、自分とトレーラー以外に、一つの光点。
「これが、帰還中の味方……?」
光点が一つしかないのは、全員でまとまって歩いているからなのか、もう1機しか残っていないからなのか。
ふと浮かんだ悪い妄想を頭を振って振り落としたサヤカは、機体の固定具が全て外れたことを認識すると、足元の物理ペダルを勢いよく踏み込み、確実に危険運転扱いされるような勢いで飛び出した。
推進機から生み出される圧倒的な速度によってシートに押し付けられながらも、サヤカは祈り続る。
「待っていて……すぐ着くから……」
サヤカの『グラニ』は大体5キロほどの道を2分で駆け抜け、両脇を小高い丘に囲まれた細い山道に辿り着いた。
「救援に来ました。聞こえますか……?」
サヤカは機体のスピーカーを全開にして、近くにいるはずの『スレイプニル』に向けて問いかけた。
しかし、返事はない。
サヤカの鼓膜を揺らすのは、鬱蒼と茂る木々の音だけだ。
「返事を、してください……!」
嗚咽混じりの声が山道に反響し、いつもよりずっと長い、虚しい時間だけが過ぎる。
すると、どこからか、大きな足音が聞こえた。
TD特有の、重い足音だ。
その音に引き寄せられるように、サヤカの視界が動いた。
少し離れた位置に、それはあった。
それは『スレイプニル』だ。
両腕を失い、穴だらけの足を引きずりながら歩くそれは、《《まるで何も見えていないかのように》》、《《まるでもう意識はそこに無いかのように》》ただ歩くことを繰り返していた。
「待って……!!」
自分に気づかずに通り過ぎてようとするその機体をどうにかして止めようと機体の行き先を塞ぐように立つても、構わずにその機体は歩いていた。
手を差し出し、指先が機体に触れる。
その時だった。
糸が切れた人形のように機体が足から崩れ落ちたのだ。
サヤカに体重を預ける形になったその機体の左肩には、消えかかった『IV』というマーキングが朝日を受けて輝いていた。
4番機……アカネの機体だ。
「アカネさん……?」
サヤカの喉から、4番機のパイロットの名前が漏れた。機体を揺らして、中にいるであろうパイロットに声をかけた。
しかし、返事はない。
それでも、サヤカは問いかけ続けた。
——妹と合わせたいと、言っていたじゃないか。約束があれば頑張れると、言っていたじゃないか。
機体を動かせる力が残ってるのなら、返事をしてほしい。
そう思いながら、サヤカは一心不乱に抱き抱えた『スレイプニル』を揺さぶり続けた。
しかし、『スレイプニル』は機械的に足を動かすだけで、サヤカになんの言葉も返してくれなかった。
その時間はどのくらい続いただろう。
周囲で見張りをしていた護衛のパイロットが戻ってきて、「もうやめろ」と言いたげに『グラニ』の肩に触れた時だった。
人間のような意匠を持った『スレイプニル』の頭部カメラがわずかに瞬き、何かのデータをサヤカの『グラニ』に送ってきたのだ。
——音声データだ。
それを認識するとすぐ、『グラニ』はそれを再生した。
『ア、アオイの、ところに……帰らなきゃ……』
どういうわけか、自動で録音したものだった。
聞き覚えのある声が、サヤカの意識を揺さぶり、口内の水分を消し去っていく。
「アカネさん……?」
サヤカの声に応えるように、音声データが続く。
『約束……果たさなきゃ……私は、お姉ちゃんだから……』
もう、我慢はできなかった。
サヤカは『グラニ』を操り、『スレイプニル』のコックピットハッチに手を添えた。
「待って、サヤカちゃん!」
護衛のパイロットの静止を振り切って、サヤカはコックピットハッチをこじ開けた。
「……ッ!」
そこには、コックピットシートに寄りかかるようにして、眠るように佇むアカネの姿があった。
「アカネさん!」
サヤカはコックピットから飛び出し、アカネの元へと走った。
『スレイプニル』のコックピットに入り込み、アカネの首元に触れる。
アカネの身体は——冷たかった。
「アカネさん……?」




