30話
咄嗟に跳んだアカネの右脇を掠めていった弾丸が、道の真ん中に突き立った瓦礫の上半分を吹き飛ばした。
背中のジェットエンジンに突き飛ばされるようにして手近な廃墟に飛び移ったアカネは、左腕の機関砲を構えた。
2桁の残弾数を睨みながら、アカネは状況の打開に向けて脳をフル回転させている。
——足止めできるのは、長くても1秒……。
そのたった1秒で、コヒーを無力化しなければならない。
それには、対装甲ナイフでは力不足だ。
こんな時、アオイならどうしただろう。
そんな事を、ふと考える。
考えごとをしている余裕はなかった。銃声の代わりの足跡が少しずつ近づき、決断の時が刻々と迫ってくる。
——他の武器を探す?そんなものどこに……?そもそも、トラックは壊されてしまったではないか。そこに武器があったとしても、それはコヒーも知っているはず……。
そこまで思考を巡らせた時、雷光のような閃きがアオイの脳裏に走った。
壊れたトラックの近くに転がっている、一つのコンテナ。
爆発したトラックの中にあったはずなのに、不思議なくらい傷のないコンテナ。
あれは、サヤカが積み込んでいたコンテナではないだろうか?
「パスワードは、えっと……」
一応パスワードを確認しようと、アカネは軍服の胸ポケットにしまったままになっていたメモを取り出そうとして、やめた。
手が操縦桿の金属輪に固定されていて、動かすことができなかったからだ。
「帰ったらこの話もしないと……」
今までそこまで意識してこなかった金属輪の存在を少しだけ忌々しく思いながら、アカネはパスワードの文字列を思い浮かべた。
一発でパスワードの入力に成功すると、空気が抜けるような音と共に、コヒーの背後のコンテナが開き、剣の柄のようなものが姿を現した。
「あれは……?」
コヒーの視線が一瞬、コンテナの方へと向かった。
——今だ!
そう言う自分の思考に押されるようにして、アカネは動いた。
残り少ない弾丸を吐き出し、コヒーの注意をこちらに向ける。
弾切れのアラートを聞き流しながら、アカネはコックピット周りを楯で守る。
背中のジェットエンジンは、いつのまにか制御できるようになっていた。
地面を滑るようにして、コヒーの懐へと迫る。
アカネは手にした対装甲ナイフを、コヒーの『スレイプニル』のコックピットの真下、下腹部に向けて振り下ろした。
しかし、コヒーは冷静に楯を突き出し、対装甲ナイフの刃先を器用に受け流す。
刃先はコヒーの機体の装甲の端を僅かに引っ掻き、耳障りな金属音を上げた。
「……ッ!」
「……アカネェッ!」
コヒーの叫びと共に、長剣が天高く振り上げられた。
熱を帯びた長剣の刀身が赤く染まる。
振り下ろされた赤銅色の刀身を、アカネは対装甲ナイフで受けた。
鋼色の刀身が一瞬で赤色に染まる。
機体の馬力は同じ、近接武器同士の鍔迫り合いの結果を決めるのは武器の大きさと威力だ。
ぱうっ、という破裂音をあげ、対装甲ナイフの刀身が砕けた。
——計算通り!
対装甲ナイフからあらかじめ手を離すことで、致死の斬撃を回避したアカネはコンテナから伸びる剣の柄に向けて走った。
長官から手を離したコヒーが、アカネの『スレイプニル』に向けて発砲。
弾丸が装甲を破る音が、コックピット内に反響する。
衝撃で割れたモニターの破片が、肌を切り裂く。
裂かれた肌から漏れる、命の熱さを感じながら、『スレイプニル』は最後の距離を詰め、剣の柄を握り、引き抜いた。
「これは……?」
引き抜いた長剣の刀身を見たアカネの口から、吐息が溢れた。
シンプルな黒い刀身が、僅かに蒼く輝いていたのだ。
ある種の妖気とも言うべきものが機体を通じてアカネにも届いた。
その妖気に従い、アカネはコヒーに向きあう。
機関砲を撃ち切ってしまったのだろう。楯を捨て、両手で長剣を構えるコヒーの姿が、そこにあった。
「ねぇ、アカネ?」
コヒーが唐突に、何かを問いかけてきた。
「どうしたの?コヒー」
唐突な問いに、戦っていることも忘れて、アカネは聞き返す。
「アカネは、どんな人になりたいの?」
すでに、答えは決まっていた。
構えを崩さぬまま、答える。
「私は……アオイに、胸を張れるお姉ちゃんに、なりたい。ならなきゃ……いけない。そうじゃなきゃ、アオイを守れないよ」
「そう、なら……」
コヒーは長剣を持ち上げ、地面を蹴る。
「ウォォォォッ!」
叫びと共に剣を振りかぶり、アカネも地を蹴った。




