29話
「コヒー……?どうして……?私を助けに来たって、どういうこと……?」
目の前に広がる信じられない光景に、アカネの喉から掠れた声が漏れた。
鼓膜に届くのは、『スレイプニルから引き抜かれた長剣の音。刀身の先に、わずかに赤い滲みが残っている。
コヒーは長剣を振り、切っ先をゆっくりとアカネの元に向ける。
「……一緒に行こう」
コヒーははっきりと伝える。
「どこへ?どうしてアンナを殺したの?」
コヒーのはっきりとした物言いに、アカネは疑問を投げた。
意味がわからなかった。
軍隊でしか生きていけない自分達が、一体どこにいけばいいのか。
「モリニアは、私たちを切り捨てようとしてるんだよ!帰って、どうなるの?要塞を守れたわけじゃない。役立たず扱いされて、軍から追い出されるに決まってる!それなら……」
「敵に投降しようって?そんなことしたら、どうなるかわかるでしょう?」
もし仮に、投降が受け入れられたとしても、テロリストの慰み者になるだけだ。未来など、ない。
いや、もしかしたらコヒーが単独行動をしていた時、敵に何か取引を持ちかけられていたのかもしれない。
アカネがそこまで想像を広げた時、ひゅーんと音を立てて、光の尾を引いた何がが空を駆けた。
おそらく、信号弾だ。
「向こうのリーダーが、助けてくれるって言ったんだ……!話を聞いてくれるなら、アカネだって一緒でいいって、言ってくれたんだ……!」
コヒーは突きつけた長剣を降ろし、泣くように呟いた。
「だから、だからって……アンナを殺すことはなかったじゃないかッ!」
アカネの脳裏に広がるどす黒い感情に従い、『スレイプニル』は右前腕に格納された対装甲ナイフを展開した。
武器ではなく、凶器に近い存在感を放つナイフの刀身が光を反射し、ぎらりと輝く。
先端をゆっくりとコヒーの元に向けて構える。
じりじりと、気づかれないように足を動かして、コピーとの間合いを保つ。
「それに、アオイはどうなるの?私達は、アオイのために……」
「問題ないよ、もう国境は陥落した。どこかに身を隠して、タイミングを見計らって迎えにいけばいい」
コヒーはあくまでも、アンナを殺したことには触れないつもりだった。
それはアンナを生かしてはおかない理由があったからだろうか。
そんな言葉を、大きな感情によって隅に追いやられた理性が囁く。
「だから……アオイは大丈夫だよ。一緒に行こう?私たちを認めようとしないこんな国捨ててさ、一緒に幸せに……」
「行けない」
コックピットのスピーカーから、空気の漏れるような音が溢れた。
「……ごめん、コヒー。私は、行けない」
「なんで……どうして!?」
「約束……したから。サヤカとアオイを合わせるって」
もう、大切なものは決まっていた。
「それに……もうアオイを裏切りたくないの。私のわがままで、あの子を傷つけたくないの」
アカネの脳裏には自分の乗るトラックを見送る妹の姿がまざまざと思い浮かんでいた。
「……そう、そうなんだ。アカネ、サヤカ、アンナ……」
モニターに、コヒーの顔は映らない。
しかし。
「……どうして?どうして私のそばにいてくれないの?一緒にいてくれないの?」
「……えっ?」
「私、アカネのことが、ずっと前から好きだったんだよ?一緒にいたくて、笑顔でいて欲しくて、それを全部独り占めしたくて。そのために、ここまで頑張ってきたんだよ?」
コヒーの様子がおかしい。
『スレイプニル』の腕をわなわなと振るわせながら、呟くような、ぼやくような声を吐き出している。
「それなのに、どうして?どうしてサヤカなの?どうしてアンナなの?どうしてあんなぽっと出の子達を大事にするの?」
「コヒー……?」
「どうして私を1人にするの?私はずっと、サヤカのために頑張ってきたんだよ?少しでいいの、少しだけで……」
「私は、アカネが好き。ずっと笑顔でいてほしい。その邪魔になるものは、全て消し去ってしまいたい」
「だから、アカネが辛い思いをしてまであの場所にこだわるのなら……力づくでも連れ戻す!」
その言葉がアカネの元に届いたのと、コヒーの『スレイプニル』の機関砲が火を吹いたのは、ほぼ同じ瞬間だった。




