27話
『サヤカちゃん、落ち着いて』
誰かのお気楽な声が鼓膜を揺らし、ハタエ・サヤカの意識を現実へと引き戻した。
サヤカがいるのは、TDのコックピットの中だ。
『スレイプニル』のそれと似た意匠を持ちつつも、はるかに情報量を増した『グラニ』のコックピットの中だ。
『サヤカちゃーん、緊張してるー?大丈夫だよ、護衛は私達の仕事だし、サヤカちゃんには弾丸一発も撃たせないから!』
スピーカーの先でやかましく喋り続けているのは、仮想敵役のパイロットだ。
昨日初めて会ってからそろそろ24時間、ずっとやかましく騒ぎ続けている。周囲も咎める気はないらしい。
それが自分のためであることは、サヤカには容易に想像がついた。
初めて戦場に立つ、軍属ですらない少女への配慮。
やかましく騒ぎ続けている彼女以外、サヤカに声をかけようとしないことが、それを象徴している。
「結局、正規軍の派遣はできませんでしたね」
その配慮を感じながら、サヤカはあくまでもフォーマルな言葉遣いを崩さずに話した。
『軍を出すと中央議会から文句を付けられる。とのことだよ』
「しかし、国境が変わるかもしれないんですよ……?それでもいいんですか?」
宥めるような語気を含んだパイロットの言葉に、サヤカは答えを求めた。
もちろん、100点満点の誰もが納得するような答えが返ってくると子供のように期待していたわけではない。
ただ、緊張に押しつぶされないようにするための時間稼ぎとしての質問だった。
『あの活動家どもはそんなこと考えちゃいないよ。軍事的行動のすべてを目の敵にしてるからね。だから、私たちはここにいる』
ここに集まっている仮想敵役の面々は、サヤカの父親が集めた正規の軍人である。
TD一個小隊……たった4人とはいえ、それを議会からの文句を出さずに集めることができたのは、サヤカの父親の手腕によるものもあるが、それだけモリニアの社会や議会が軍事行動に興味を失っているということもあるのだろう。
——結局、文句を言いたいだけじゃないか。
そのことに、サヤカは無性に腹が立った。
『どうせ外交で取り返そうとか、そんなこと考えてるんでしょうね。一体何をカードにするのかは知らないけど』
それがあまりにも甘い考えであることは、サヤカにもわかる。
議会を事実上支配しているかつての活動家たちは最終的に国境が変わらなければ問題ないとして、『平和的な話し合い』で解決しようと考えているのだろう。しかし、問題はそこではない。
国境を開けることが問題なのだ。
もし仮に話し合いによって国境を取り戻せたとしても、話し合い間に工作員でもゲリラでも入り放題になり、下手を打てば国の存亡にかかわる。
彼らは国が制圧されようとも無抵抗を貫くつもりなのだろうか。
少なくとも、先の大戦で無抵抗を貫いた国が戦後に原型をとどめていた例は無い。
議員連中に対する怒り、そんな連中に縛られて、今すぐ助けに動くことのできない自分への怒り、それらが機体に伝わり、『グラニ』の脚部が乱雑に地面を踏む。
「本当にここを通るんですよね?」
サヤカは問いかけた。
『軍の輸送ルートだった場所だから、きっと来ると思うけど……』
ほんの少し、言葉を交わした瞬間。
少し遠くから、地面を揺らすような地響きが聞こえた。
爆発音だ。
『聞こえた……みんな、準備を』
騒がしい声音を収めたパイロットの女性は、爆心地に機体を向けながら、他の仮想敵役のパイロットたちにテキパキと指示を出し始める。
サヤカはその中で、大きな使命感と、小さな孤独感を感じていた。




