25話
作戦終了まで、のこり半月。
生き残った喜びを感じることもできないような戦いのあと、生き残りのメンバー達が眠ったのを確認し、アカネは部屋から出た。
静まり返った夜の闇の中、ほんの少しの月の明かりを道しるべに、アカネは要塞の外縁部へと向かう。
何百年も、まだ戦場を支配する存在が人であった頃から使われ続けたという要塞の石レンガに、アカネの足音が反射する。
宿舎の階段の突き当りの階段を上って、いつもなら右に曲がる分かれ道を左に曲がった。
右に曲がると『スレイプニル』に置かれた格納庫があった。しかし、今のアカネにはそれを見にいく気持ちはどうしても湧いてこない。
『スレイプニル』がアカネの戦意が失われるのを、今か今かと待っているような、そんな気がしたからだ。
逃げるように廊下の先にある扉を開けて、外に出ると、強い夜風が全身を叩いた。
風に煽られ、扉が勢い良く閉まる音が、2回の『自殺事故』の時の銃声の様に聞こえて、心臓がびくりと震えた。
『これは自分がドアを閉めた音だ』何度もそう言い聞かせても、この音でまた誰かがいなくなってしまったのではないかと錯覚してしまう。
ほんの少しだけ火薬の香りが混じった夜風に、「落ち着け」と宥められながら、アカネは要塞の壁に腰かけた。
アカネがしばらく強い風に煽られていると、後ろから声が聞こえた。
「アカネさん、こんばんは」
「アンナ、どうしたの?」
「部屋から出ていくのが、見えたから……身投げでもしてないか心配になって」
「身投げをするように、見える?」
「失礼なことを言うと……見えます」
アンナの言葉にアカネの目が広がる。
「そう……どうして、そう思うの?」
「どうしてそう思うのか……?えっと、遠くをよくみている気がするから、ですかね」
——遠くを見ている。そんなにそう見えるのだろうか?
浮かんだ疑問を振り払い、アカネは無難な答えを投げた。
「偵察をしてたんだよ。後ろから攻められないように?」
「モリニアの国境だってそんなにザルじゃないですよ、流石に」
アカネの冗談を聞いたアンナがフフッと笑う。
アンナはアカネよりも年下で、この部隊の中では戦死したメンバーを含めても最年少の少女だった。
そして、本来彼女のサポートをするはずの1番機を失ってなお、単機で戦果を挙げている、高い実力を持ったオペレーターでもあった。
その姿は、アカネにアオイの姿を思い出させるものであった。
アンナは笑みを抑えて、アカネに問いかけた。
「怖い…ですか?」
「……うん」
「それは、どっちがですか?『スレイプニル』が?それとも、戦いが?」
「戦いが、だね」
アンナは意外そうな顔をして、アカネを見た。
「怖くないんですか?自分を殺すかもしれないあの機体が」
「怖いけど、大丈夫。死のうなんて、思わなきゃいいんだから」
「でも、それが出来ないから『自殺事故』が起きたんです」
「死ねない理由が、必要なんだと思う」
「アカネさんには…あるんですか?」
そんなアンナの言葉に、アカネの胸がざらりと傷んだ。
その痛みを無視して、アカネは口を開く。
「妹が…いるんだ」
「妹さん?」
「血が繋がってるわけじゃないけど、孤児院が一緒で、実の妹の様に思ってた」
「その子のため?」
「うん、私が死んだら、アオイが生きていけないから、私が守ってあげないとって、ずっと思ってた」
「でも、たまに思う時があるんだ。私には何にもできないんじゃないかって」
「なにがあったんですか?」
「戦争のころ、妹はパイロットをやってたんだよ。私は後方で雑用係、一緒に戦うことなんでできなかった。私にできたのは、話を聞いてあげることくらい」
少しずつ痛みを増していく自分の胸を無視して、アカネは続ける。
「だから、ここに来た。少しでもそばにいてあげたくて、一緒に戦ってあげたくて、おんなじ立場に立ってあげたくて……!」
「立派、なんですね」
溢れただけの言葉に、アンナは優しい言葉をかけた。
「どういうこと?」
「今さっき、そばにいてあげたい、一緒に戦ってあげたい、おんなじ立場に立ってあげたいって言ってましたよ。多分それが、立派なお姉ちゃんである証拠です。私には家族がいないから、保証はできませんけどね」
そう言ったアンナは星空を見上げた。
数えきれないほどの星が散りばめられた空に、自分の居場所を探そうとするように。
きっと、アカネは孤児の中でも幸せな方なのだろう。
守るべき人がいて、生きて帰る理由がある。
アカネはそんなことに、少しだけホッとした。




