24話
国境要塞に到着してから1ヶ月と少し。
綱渡り状態だったアカネ達の防衛戦が崩れたのは、戦闘後の静寂の中だった。
麻痺に近い弛緩した感覚の中で響いた、殴りつけるような轟音。
その音の正体が、味方機の放ったガウスライフルのものであることに、アカネは3秒遅れて気がついた。
——敵が残っていた?いや、ありえない!
モニターには、敵どころが動くものすらも映されてはいない。本来敵のいる方向へと飛んでいくはずの銃弾すらもだ。
ある種の嫌な想像が頭を過り、アカネは脳裏に鈍痛が走るのを感じた。
機体を長時間動かした時に感じるそれとは毛色の違う、不快な痛み。
痛みが伝える不吉な予感をできる限り無視して、アカネはおそるおそる後ろを振り向いた。
「うそ……でしょう?」
そこには、手にしたガウスライフルで自身の主を撃った『スレイプニル』がいた。
敵の攻撃、何かの事故、ガウスライフルの暴発——目の前に広がる信じられない光景に、アカネの脳は痛みを忘れるほどにフル回転し、ありとあらゆる可能性を提示する。
しかし、コックピットブロックがあったはずの場所に突きつけられた銃口が、それらすべての可能性を否定していた。
「ホントに、自分で自分を……?」
コックピットブロックを失った『スレイプニル』は、アカネの問いに答えない。ただ唯一、肩に付けられた6のマーキングが指一本すら残さずに消え去ってしまった主の存在を雄弁に物語っていた。
呆然とした周囲の感情がうつったのだろうか。
コックピットブロックを失った6番機がぐらりと揺れ、膝から崩れ落ちた。取り落したガウスライフルががしゃんと音を立て、周囲の麻痺していた感覚を唐突に引き戻した。
「もう、嫌だ……戦いたくない……」
「誰か、助けて……」
残っている機体は、5機。
今やそれらのほとんど全てが膝をつき、呻き声に似た嗚咽を漏らしている。
アカネはその声を聞きながら、ある種の嘔吐感に似た罪悪感に呻いていた。
——私のせいだ。
もしあの場で、ちっぽけな虚栄心や恐怖心に踊らされることなく、『スレイプニル』の操縦系の問題を指摘できていたら。
アカネの脳は、そんな後悔でいっぱいだった。
その後すぐ、整備班や国境要塞の主要メンバーを集めての会議が行われ、機体に残されていたレコーダーの情報から、自殺の原因が割り出された。
やはりそれは第三世代TD特有のもので、原理はアカネの機体が勝手に発砲したのと同じものであった。
機体が、強い感情を読み取ってしまうのだ。完全に思考が止まっていたアカネの4番機が、ひとりでに発砲したように。
「死んでしまいたい」「消えてしまいたい」といった、強い自己否定の感情に機体が反応し、忠実にそれを実行してしまう。
『自殺事故』と便宜的に名づけられることになるそれは、アカネ達に大きな衝撃と、モリニアという国家への懐疑心を与えた。
アカネ達には知りようが無かったが、『スレイプニル』側にもある程度のリミッター自体は取り付けられていた。
しかし、「どこまでが思考で、どこからが感情なのか」などという哲学としか言いようのないものを完全に制御することはできなかったのだ。
専門知識など無いアカネ達が行える対策など、できるだけそのトリガーになりそうな思考や感情を抑えることだけであり、「本当に助けが来るのか、自分達は捨て駒なのではないか」という懐疑心が蔓延する環境の中でそれを保ち続けることは、極めて難しかった。
そんな中でも、敵は来る。
少しづつ激化していく戦いの中で、誰かが犠牲になり、生き残った誰かの心がすり減っていく。
そしてそんな生活に耐えきれなくなったものから『スレイプニル』に引導を渡されるのだ。
少しでも恐怖が勝れば、『スレイプニル』は兵器から大きな棺桶に変わってしまう。
恐怖に怯えることすら許されないまま、彼女達は戦い続けた。
そして、最初の『自殺事故』から1週間後、また1人、8番機がいなくなった。




