23話
同日、昼。
ハタエ・サヤカは研究施設の地下格納庫に佇んでいた。
視界の先にあるのは、1機のTD。
スレイプニルと似た意匠を持ちながら、どこか刺々しい雰囲気を持った機体だ。
名前は、『グラニ』という。
それは、『スレイプニル』の発展系として作られながらも、戦後の軍縮によって予算を削られたことで、1番重要なシステム部分が完成していない機体だった。
サヤカはそれを、どうにも複雑な表情で見上げている。
姉がその命を使ってまで作り上げようとした機体は今、1番重要な部分のない置き物として、地下格納庫の端に佇んでいる。
その景色はどうにも胸が痛む光景で、サヤカの口の中に苦みが広がっていく。
——もしこの機体が動くなら、アカネさん達を助けに行けるのに。
そんな幻想を頭を振って払い、サヤカは『グラニ』の装甲に触れた。
薄い金属の冷たさは、どこか『落ち着け』と諭すような雰囲気を纏っていた。
ゆっくりとその装甲に額を乗せ、思考をクールダウンさせる。
真っ暗な装甲にあった自分の顔は、どこかげっそりとしていた。
友人にこの顔を見られてしまえば、半日は確実に何があったか問い詰め続けられるだろう。
サヤカの心中には、面倒だな、と思う自分と、この際全て吐き出してしまいたいと思う自分がいた。
もちろん、それは許されることではないことだというのは、サヤカにもわかっている。
いち民間人にすぎないサヤカがここに入れるのは、あくまで開発者であるハタエ博士の親族だからなのだ。
吸い込まれてしまいそうな黒の向こうにある、自分の目を見つめていたサヤカの後ろに、誰かの人影が映った。
「サヤカ、今日もここにいたのね」
声の主は、フラウ博士だ。
またくまが増えたフラウ博士に向き直り、サヤカは口を開く。
「フラウ博士、何かありましたか?」
「そっちこそ何かあったの?動きもしない機体にくっついているんだもの。気になるわよ」
「どこから見てたんですか……?」
「黙秘権を行使するわ」
気恥ずかしさを隠しながら投げた問いを無視したフラウ博士に軽く睨みを返し、サヤカは本題について尋ねた。
「で、何があったんですか?」
「アカネさん達を助けたいって思い、実現させられるかもしれないわよ」
「最初から全部聴いてたんじゃないですか……。って、それは、救援申請が受理されたってことですか!?」
そのフラウ博士の発言に、サヤカは気恥ずかしさを忘れて叫んでいた。
「……落ち着きなさい。まだ軍による救出作戦の予定は立っていないわ」
サヤカの叫びに少し目を大きくしたフラウ博士は、すぐに表情を元に戻して、サヤカをそう宥めた。
「じゃぁ、どうして……?」
「この前ここに来た軍の偉い人がいたでしょう?その人が軍を動かさずに救出を行う計画を発案したのよ」
軍を動かさすに行う救出プラン。
それは、政府との交渉が上手くいっていないということだ。
「そんなに交渉は上手くいってないんですか?」
「そうね……政府の方は国境要塞が攻撃されていることを認めようとしていないみたいよ」
「そうですか……」
サヤカの喉から、呻き声が漏れた。
戦争終盤にモリニアの政権を握った反戦政府は、自分たちが攻撃しなければ、相手も攻めこんでくることはないと考えているのだ。
最早期待しても無駄だと判断し、サヤカはフラウ博士に例の救出プランについて尋ねた。
「救出プランって……具体的には何をするんですか?」
「簡単に言うなら、あの子達を送り込んだのとおんなじ理屈ね。国境要塞ギリギリまで回収用のトラックを近づけて、模擬戦中に偶然保護したっていう名目で回収するの」
「本当にそっくりそのままですね……。でも、戦力はどうするんですか?トラックだけだとさすがに追撃は避けられませんよ」
「それは仮想敵役名義で一個小隊を送り込むことになっているわ、ウッズマン大佐からね」
ウッズマン大佐。
父の名前を聞いたサヤカの喉から、かすかな音が漏れた。
複雑な心境を一息に飲み込んで、サヤカは会話を続ける。
「仮想敵役ってことは、何かまたテストする機体があるんですか……」
最後まで言い切る前に、サヤカは振り向いた。
視界の先にあるのは、1機のTD。
「そう……。あと一か月半、件の救出プランが実行されるまでの私達の仕事は、この機体をさも実践で使えるような機体にでっち上げることよ」




