22話
大陸歴1969年10月12日。
アカネ達が初めて仲間を失った翌日、国境要塞の食堂の一角には、重い空気が漂っていた。
「……」
その空気の元は、6名に減ってしまった少年少女達だ。
つい昨日まで、スープの具の量で言い合っていたような仲間が、あんなあっさりと死んだ。
戦争の中で何度も感じてきたはずのその寂しさは今、悔しさとなって彼女達の間に漂っている。
その悔しさの原因はおそらく、強さを得たからだ。
かつて、彼女達少年兵とTDの間には、どうにもない力の差があった。
小銃弾など軽く弾く装甲と、それだけで凶器となりうる巨体。
そんなものが陣地に入ってきた翌日には、弔ってやれる遺体があるだけ幸運という地獄絵図が広がっていたのだ。
その中で心を守るため、少女達はいつしか、「仕方がなかった」という思考を共有し始めた。
TDに勝てるはずがない。逃げることしかできなかった。
そう言い張ることで、彼女達は罪悪感から逃れていたのだ。
しかし、今はそれが通じない環境にいる。
『スレイプニル』という力を手に入れ、それでもなお仲間を助けられなかった時、どうすればいいのか、誰にもわからなかった。
「……ううっ、ナチぃ……」
8番機の少女の鳴き声が、スープカップに反響して、机上に響く。
——アオイは、どうしていたんだろう。
鳴き声が反響する食堂の中で、アカネはそんな思考を巡らせていた。
アカネの記憶の中にいるアオイは、弱音を吐こうとも助けられなかったことを気に病む人間ではなかった。
それはアオイがそれを気にしない人間だったからなのか、それを自分に隠していたからなのかは、今になっては知る術はない。
「……結局、知ろうとしなかっただけかも」
ぽつりと漏れたその言葉に、周囲の視線が集まった。
「何が、ですか?」
聞いてきたのは、昨日編隊の相方を失った2番機のパイロットだ。名前をアンナという。
少しおどおどした、軍人には似つかわしくない少女に、アカネは返事を返す。
「知り合いに、パイロットが居たんだよ。その人に、心構えとか、聞いておけばよかったなーって」
アオイの名前を敢えてぼかしたのは、家族のいないものばかりで構成されているこの部隊への配慮だろうか、それともアオイのことを考えたくないという逃げゆえか。
「どんな人だったんですか?」
そんなアカネの様子を知り得ないままに、アンナはそれを聞いてきた。
「すごい人……だったよ。すごく強くて……嫉妬しちゃうくらい」
「そう……そんな人がいれば、あの子も……死ななくて済んだかもしれなかったですね」
そう言って、強がりな笑みを浮かべるアンナを見て、アカネの胸は痛んだ。
あくまで周囲が求めているはアオイであり、自分ではないのだという思い。
それを振り払って、アカネは笑みを作った。
「……そうだね」
それだけ呟いて、アカネはスープを口に含んだ。
「……あの」
アカネが砂のような味のするスープを飲みんでいると、アンナが声をかけてきた。
「質問なんですけど……昨日、7番機がやられちゃったあと、すぐ動けたじゃないですか。あれは、どうやったんですか?あれは、心構えじゃなかったんですか?」
アカネは、口内から一瞬にして水分が消えたかのような感覚を味わった。
「もちろん、フレンドリーファイアを咎めるつもりはありません。確かにあの場ではあれが最善だったと思いますから」
「そうです!あの時はそうしなきゃ、みんなやられてました!り、立派だと思います!」
アンナの言葉に、8番機のパイロットがそう重ねた。
アカネを持ち上げようとする言葉が、テーブルを支配した。
それは、すでに死んでしまっていたとはいえ、仲間を撃ってしまったアカネへの慰めの言葉だったのかもしれない。
しかしその言葉を聞くたびに、アカネの心は痛んだ。
アカネが7番機ごと撃ったのは、戦術的観点からの最善策だったからではなく、心の内から湧き上がってくる暴力衝動を抑えられなくなったからだ。
「違う」と一言口に出すこともできずに時間が過ぎていき、結局アカネは、その本心を吐き出すことはなかった。




