2話
アオイと1時間ほど他愛のない話をして、病室から出たアカネに、誰かが声をかけた。
「ラッキー、ナイスタイミング」
聞き覚えのある軽い声に、アカネは振り向いた。
背後にいたのは、金髪の少女。
よく『じゃがいも髪』と評されるアオイの霞んだ金色ではない、金をそのまま溶かしたような、綺麗な金色。
モリニアには珍しくもない金髪が、ここまで似合う人はそういないだろうと思わせる人物。
コヒー・レンス。アカネと共に戦争を生き残った親友である。
彼女は深緑色の目をぱちぱちと瞬かせ、アカネに向けて笑みを浮かべた。
「コヒー、どうしたの?入ってきてくれてよかったのに」
「いやさ、偶然近くを歩いてたら、会いたくなって。こっちまで来たら、ちょうど出てくるところだったからさ」
――噓だ。
アカネは、そう思った。
――きっと、アオイを緊張させないために近くで待っていてくれたんだ。
親友の心遣いに感謝しながら、アカネは本題に移る。
「で、用事は?何かあるんでしょう?」
「……いやさ、一緒に遊びに行きたいなって。ずっと仕事と看病ばっかりじゃだめだよ。息抜きも、大事」
『遊びに行きたい』
その一言で、空気が凍った。一瞬の静寂の後に、周囲の看護師や患者たちのひそひそ声が、しんと静まり返った廊下に響く。
ひそひそ声が向けられているのは、アカネ達――正確には、彼女らが身にまとう、モリニア軍の制服だ。
遊びに行く?私達の税金は人殺しを養うためのものじゃないってのに。
さっさと出てけ、人殺しが。
税金泥棒が、他にもっと使い道があるだろうに。
私たちが人殺しを養ってたなんて、思い出すだけで嫌になるわ。
僅か15の少女たちに向けられているとは思えない、罵詈雑言の嵐。
それが、今のモリニアという国だった。
40年続いた『大陸統一戦争』を終結させた各国政府は、『廃軍令』という政策を推し進めた。
戦争終結の1番大きな要因となった各国の反戦活動。活動家たちが掲げた『戦争の防止』というスローガン。それによって果たされた平和。それのあおりを受けたのは、前線で戦う兵士たちだった。
愛と平和と正義を掲げた剣は躊躇なく彼らを切り捨てた。
祖国のため、愛する何かのために戦った彼らを、市民達は『人殺し』という言葉で迎えた。
戦争とは罪であり、それに加担した兵士も等しく罪人である――そんな価値観が、思想が、大陸全土を覆いつくし、あらゆる場所で悲劇を起こしていた。
それらの問題が解決されないまま2年。
行き過ぎた潔癖主義は、職を失い、軍からの退職金すらも使い切ってしまったことで、日々の食事すらも危うい状態になってしまった元軍人たちを産んだ。
彼らによる略奪行為が社会問題となり、さらにそれが市民の軍人に対する憎しみを募らせる、異常な社会。
それが、アカネ達の生きる世界だった。
「……コヒー、行こう」
「……うん」
アカネは笑顔の消えたコヒーの手を引き、コヒーも軽く頷く。
いつもよりあからさまな侮蔑の声から逃げるように、アカネ達は早歩きで廊下を渡る。
実際のところ、アカネ達は幸運な方だった。
運よく軍の人員整理にふるい落とされることなく、最低限の額とはいえ安定した収入を得ることができている。
アオイを入院させることができているのも、(戦時中の驚異的なアオイの働きがあったとはいえ)軍からの援助あってこそだった。
運悪くふるい落とされてしまった少年兵たちの末路など、考えたくもない。
しかし、それもいつまでも続くわけではない。
致死の一撃を避け続けることができる保障などどこにもなく、アオイの調子は一向に回復する気配がない。
少しずつ近づいてくる、今の生活の終わり、破滅へのカウントダウン。
それを回避するための最後の手段。アカネのバッグの中にしまわれた、一枚の封筒。
アカネ達は廊下の窓の外に浮ぶ雲を見上げる。
わずかに夏の空気が残る空は、少しずつ白く染まっていて、今後の空模様が芳しくないことを伝えていた。




