19話
ただ1機の被害すらも出さずに敵を撃退したアカネ達を、国境要塞防衛部隊で戦車兵をしていた面々は大きな拍手と喝采で迎えた。
「嬢ちゃんたち、やるじゃないか!」
「助かったよ、ありがとうな!」
そんな歓声と共に国境要塞に入り、3時間。
輸送用トラックの周りは、小さな祭りやパーティの様相を呈していた。
トラックの中から物資を取り出しながら、防衛部隊の兵士たちが大きな喜びを見せている。
アカネはその様子を眺めながら、格納庫の壁に背中を預けて座り込んでいた。
「ううっ……頭痛い……」
トンカチで叩いたような頭痛に耐えながら、アカネは呻いた。周囲をよく見渡してみると、パイロットのおおよそ半数が似たような格好で座り込んでいる。
理由はおそらく、『スレイプニル』の乗りすぎだ。
『スレイプニル』の最大の特徴である思考操縦の欠点の中に、「脳に対する負荷が大きい」というものがあった。
アカネ達もあくまでサヤカからの伝聞と実感として知っているだけであり、原理を完全に把握しているわけでは無かった。
曰く、本来身体を動かすための信号を機械を動かすことに使っていることで、普段以上の負荷が脳にかかってしまい、その過負荷が頭痛となって表れるのだという。
そんな思考を脳裏に浮かべながら、アカネはゆっくりと立ち上がろうとした。しかし、どうにも力が入らない。
「ほらほら、嬢ちゃんは休んでな!ここは大人の仕事だよ」
力の入らない身体に鞭を打ち、何とか立ち上がろうとしたアカネを、食堂のおばちゃん――実際にそうかどうかはさておき、そうとしか言いようのない――が抑え、空いた左手になにかを乗せた。
「あんたらが持ってきたもんだよ!たっぷり食べて、ゆっくり休みな!明日から目一杯仕事してもらうからね!」
手渡されたものは、戦時中、後方勤務だったアカネ達が作っていたものによく似ている、堅パンに干し肉を挟んだ、簡素なサンドイッチだった。
嫌になるほど食べた、硬いパンの感触を思い出しながら、アカネはそれをゆっくりと口に運ぶ。
「……!」
口に含んだその堅パンは、じんわりとした油分を感じさせる、素晴らしい美味さだった。
使っているドレッシングが良い物なのだろう。
アカネは少しの間頭痛を忘れ、サンドイッチを貪った。すると、すでにサンドイッチを食べ終えていたコヒーが姿を現し、口を開いた。
「あのおばさん特製のドレッシングなんだってさ。どう、おいしい?」
「うん、おいしい。戦争の時なんであんなの食べてたのか分かんなくなるくらい」
「私達が来ること知ってから、すぐ振舞えるように準備してたんだってさ。前線で戦うことができないから、せめて出来るだけ美味いものを食べさせてやりたいって」
——前線で戦うことができないから、せめて出来るだけ美味いものを食べさせてやりたい。
気の良さそうなおばさんが、そう言っている姿を思い浮かべ、アカネは胸の奥に微かに痛むものを感じた。
——もしかしたら、パイロットになろうとしなくても、アオイのために出来ることがあったのかも知れない。
少し歪んだアカネの表情を見て、コヒーは質問を投げる。
「帰りたいと、思った?」
「思うわけ、ない」
「……そうだよね」
問いに対して未練を断ち切るように答えたアカネの顔を見て、コヒーは微かに笑った。
2人の間に恐怖が無かったわけではない。
たとえTDが世界最強の兵器だったとしても、それのパイロットは絶対に死なないという保証があるわけではなく、コックピットブロックを潰されれば、どんなに強力な機体に乗っていたとしても、パイロットは呆気なく死ぬのだということを、2人は初陣で実感した。
アオイが見ていた景色を、それだけでわかったつもりになっているわけではない。
しかし、ここで引いてしまえば、逃げてしまえば。せっかく近づくことのできた距離を、再び広げてしまうことになる。
今のアカネには、それが1番怖かった。
「ねぇ……コヒー」
「どしたの?」
「コヒーは、帰りたいと、思った?」
ふと漏れたその言葉は、義妹より付き合いの長い親友に、恐怖の紛らわし殻を問うたものだった。
義妹ないない自分ともいうべきコヒーに、戦う理由があるのか、気になったのだ。
「……私は、一度も、帰りたいと思ったこと、ないよ」
「どうして?」
「だって、私の帰るところは、アカネのいるところだもん」
それを言ったコヒーの瞳の、その向こう。
その輝きの意味を、アカネは知らない。




