20話
国境要塞からかなり離れた空の格納庫に、サヤカとフラウに連れられて、一人の男が入ってきた。
その男の服装は、薄い緑色。シンプルでありながらどこか存在感を醸し出すその服は、モリニアの上級将校のものだ。
「『スレイプニル』は、出発したのですか?」
「昨日、出撃しました」
上級将校の問いに抑揚のない声で、フラウが答えた。特徴的だった目のクマは、ほんの少し薄くなっていた。
それは、アカネ達の出発を見送った直後に力尽きたように倒れ、上級将校の彼が来る直前まで眠り続けていたのだ。
「……『スレイプニル』の思考操縦にはまだ、わかっていない部分が多すぎます。本当に、これでよかったんでしょうか」
サヤカはかつて『スレイプニル』がいた主なきハンガーを見上げる。
そのサヤカを見て、上級将校の男はゆっくりと口を開いた。
「よいことだったのかどうかはきっと、貴方達の世代が決めるのでしょう。私に出来るのは、少しでも早く正規の援軍を出せるように政府を説得することだけです」
「お姉ちゃん……」
サヤカは、天国の姉にアカネ達の無事を祈った。
――――
アカネ達が国境要塞にたどり着いてから、10日。
アカネの実感は、最悪の形で現実になった。
「――ナチ!」
誰かの叫び声が耳に入ると同時に、アカネは長剣を敵機に突き刺しながら、声の元へと向き直る。
視界の向こうで、7番機と呼ばれた少女は、右手にガウスライフルを握ったまま、自由な左手で必死に敵機の右腕を抑え込んでいた。
――どうして、後方支援の7番機に敵が取りついている?
その問いの答えを、『スレイプニル』のモニターが無機質に返した。
死んでいるのだ。1番機が。
両膝立ちの姿勢で沈黙した1番機の全身からは衝撃吸収剤が血のように滴り落ち、コックピットブロックには弾痕にしては大きすぎる穴が開いている。
パイロットは――即死だろう。遺体が残っているのかどうかも怪しい。
今7番機にとりついている敵機はおそらく、1番機を殺した勢いのまま、後衛機に突撃したのだ。
「――ナチは私が行くッ、手を出すな!」
そこまでを3秒で把握したアカネは叫び、7番機を助けようガウスライフルを向けている8番機を制した。
それはガウスライフルの威力では7番機ごと吹き飛ばしてしまいかねないからでもあるし、残りの前衛機の隊列を乱さないためでもあった。
自分の叫びに押されるようにして、4番機は駆ける。
焦りと集中を馬鹿正直に反映したモニターには、7番機にとりついた『アドゥヴァーニ』が大写しになっていた。
『アドゥヴァーニ』の抑えられていない左腕が、少しずつ持ち上げられていく。その手には、TDサイズの金槌が握られていた。
1番機のコックピットブロックに開けられた、大きすぎる穴。敵の握った金槌。
アカネの脳裏に、向こうの施設での教習の記憶がフラッシュバックした。
——あれは…… 杭打ち金槌だ。関節の自由度に劣る初期型TD用の近接武器。叩きつけると杭が放たれて装甲を粉砕する、威力に優れた武器。
「ナチ!ライフルを捨てろッ!」
レールガンを捨てて、右手を捨ててでもあれを止めなければ、装甲を容易く貫く一撃が来る。
4番機は左手の楯内の機関砲を連射し、7番機に向けて走った。しかし、振り上げられる左腕は止まらない。
どうにか杭打ち金槌による攻撃を止めようと、長剣を握り直そうとした時。
7番機のコックピットに勢いよく杭打ち金槌が振り下ろされ、叩きつけられたヘッドがら杭が打ち出された。
アカネ達の時間が、止まった。
「ナチ……?」
アカネたちには最早、耳に入ったその声が誰の声かすら、わからなかった。
しかし、4番機は完全に思考を止めていたアカネに反し、我先にと動いた。
左腕の機関砲を、7番機に当たることも構わずに放ったのだ。




