16話
国境要塞へ移動している輸送用トラックの中には、特異な空気が漂っていた。
道なき道を国境要塞に向かって突き進むトラックの荷台は、1ヶ月前の移動が要人向けの高級車に思えるほどに揺れていて、整備班の少女が自分の工具箱を抱きながら荷台中を跳ね回っていた。
それだけで脱落者が出かねない揺れと衝撃の中、コヒーがアカネに話しかけてくる。
「いやー、私達はラッキーガールだねぇ」
「どこが!」
アカネは『スレイプニル』のシリンダーに捕まりながら、コヒーにそう叫び返した。
「だってさぁ、こっちのトラックは荷物少ないし、自分だけ支えてればいいんだよ?後ろの方は大変だと思うなぁ〜。荷物が崩れて、下敷きになることもあるかも」
「……そうかも」
コヒーの言葉に、呟くような肯定を返したアカネは、揺れる荷台から背後を覗いた。
今のアカネ達には知りようの無いことであったが、TDを積んでいない輸送用トラックの方では、無理やり詰め込んだ荷物が衝撃で崩れ、それに押しつぶされた少年兵の中に怪我人が出たという。
その意味では確かにアカネ達は幸運であった。
「……まぁ、本当に幸運ならこんな場所に来てないだろうけどね」
「……」
ぽつりと言ったその言葉に返す言葉が見つからず、アカネはやむなく沈黙を返した。
揺れる荷台の中で跳ねるアカネ達の間に気まずい沈黙が流れようとした時、トラックに取り付けられたスピーカーが鳴った。
『まもなく、国境要塞エリアに侵入します。『スレイプニル』のパイロットは、機内待機をお願いします』
まだ不慣れなのだろう。スピーカーから流れてくる、たどたどしい声に従い、アカネ達は揺れる荷台の中で立ち上がった。
コックピットハッチから垂れ下がった昇降用のワイヤーに捕まり、ゆっくりとコックピットにむけて登っていく。
最初は「風に吹かれたらそのまま落ちるのではないか?」と考えてしまうくらい心許なかったワイヤーは、揺れるトラックの中では不思議とアカネの身体を支えていた。
わずかな時間とはいえ、揺れから解放されたアカネは、自分の頬をぺちぺちと叩いて揺れに酔った頭を切り替えた。
そのままコックピットの中に潜り込んだアカネは、機体の起動を進めながら、コヒーに声をかけた。
「ねぇ……コヒー」
「どうしたの?無線の私的利用は……」
「もう、咎める人もいないでしょ」
「……まぁ、それも、そうか」
2人が今使っている回線は、2機編隊用の短距離回線だ。他の人に聞かれることは、基本的にはない。
本来なら戦闘後にレコーダーで確認されたりもするらしいが、一方通行のアカネ達には関係ない。
そんな知識を頭で確認しながら、アカネは口を開いた。
「コヒーはさ……怖くないの?」
こんなものは質問ではなく、ただの弱音であることは誰の目にも、それこそアカネ自身にも明らかではあったが、コヒーはそれに、不思議なくらい丁寧に答えた。
「そりゃ怖いよ。でもそれはTDに乗ってても、乗ってなくても一緒でしょ?だからさ、せめてほかの人を怖がらせたくなくてさ。オペレーターに選ばれなかった人たちはきっと、もっと怖いはずだから」
「……」
「だから、私達は運がいいんだよ。その運で手に入れた力を、運がなかった人のために使わなきゃならない。そうでしょう?」
「……そっか。そうだよね」
——そうであったなら、私はどんなに卑怯な人間だったのだろう。
アカネの脳裏に、かつての戦争の時のアオイの姿が浮かんだ。
かつて、前線に出ることを恐れたアカネの為に、身代わりを買って出たアオイの姿だ。
——この作戦をやり切ることができたら、私は卑怯者ではなくなるのだろうか?アオイに姉として、胸を張って合えるようなれるのだろうか?
そんな思考を打ち切るように、アカネは剣を握った。
「行こう、コヒー」
「背中は任せたよ、アカネ」




