14話
「ようやく、この時が来たわね……」
モニターを見つめながら、フラウ博士は呟いた。
そのモニターの向こうには、8台用意されたトラックに積みこまれている『スレイプニル』の姿。
その周りでも、TD用の火器や剣が次々と運び込まれている。
アカネ達がこの施設に来てから、1ヶ月が経っていた。
そして、明日の出発のための準備が、刻々と進んでいた。
持ち出す『スレイプニル』は8機。それを4台のトラックに2機ずつ乗せることになっていた。
残りのトラックには、予備のパーツや武器のほかに、別の施設で教育を受けた少年兵達。そして、それら全員分の3倍はあるであろう食料や嗜好品が積まれていた。
この作戦は、今も国境要塞で戦っている将兵達に、最低限の補給を与えるためのものでもあった。
これからアカネ達が向かうことになる『フィオナ要塞』以外の国境要塞にも、すでに食料と予備人員としての教育を受けた少年兵達が向かっている。
「フラウ博士。パイロット達の最後の訓練、終わりました」
その報告をしに現れたのは、サヤカだ。今にも泣き出しそうな表情を浮かべ、扉の前で立ち尽くしている。
フラウはそんなサヤカに、大人として言わなければならない言葉を投げた。
「よくやったわ、サヤカ」
「いえ……私はただ、言われたことをやっただけです。褒められるようなことは、何も……」
「やったわよ。きっと、メルも喜んでるわ。貴女、指揮官の才能あるんじゃない?」
「そう……思いますか?」
「思う。最後の1週間なんて、模擬戦用の的でしかない無人機で、普通にあの子達をボコボコにしてたのよ?」
「それは……」
その褒めの言葉を、サヤカは素直に受け取ることができなかった。
サヤカが無人機を指揮して、アカネ達の『スレイプニル』を圧倒したことは事実であったが、それは使用できる装備を始めとして、仮想敵であるサヤカの部隊が極めて有利な条件にあったからだ。
『新型TDと試作装備の試験中に偶然交戦し、国境要塞に保護された』と言う名目で『スレイプニル』を送り込むこの作戦では、モリニア軍で一般的に使われているアサルト・ライフルを始めとした汎用装備が使用できないのだ。
サヤカはあくまで、その小回りの効かなさを突いて勝ち続けただけである。
「そんなんでいいのよ、模擬戦の相手なんて。下手に手を抜かれて、調子乗られる方が困るわ」
「そう、ですか」
フラウ博士のその発言を飲み込み、サヤカは話題を変えた。
「帰って、来れるでしょうか。アカネさん達……」
サヤカの問いに、フラウ博士はため息を返した。『スレイプニル』を少年兵達に運用させることが決まった時から、何度もしているため息。
「私達に出来ることは、全てやったわ。あとは祈るだけよ」
「らしくないことを……」
そんな呟きを聞いたサヤカは、ぼそりと呟いていた。
フラウの『祈る』と言う言葉が、どうにも不似合だったからだ。
「もちろん、ただ祈り続けるだけなんてしないわ。1日でも早く、政府を説得して、助けを出してもらうの。そうすれば……」
「そうすれば?」
「第三世代機の実戦データが取れるでしょう?データがあれば改善ができて、予算も取れる。そしたらまた、新しい機体が作れるのよ!」
元気いっぱいな子供のように、濃いくまで縁取られた目を輝かせたフラウに、サヤカは言葉を失った。
——なぜ一瞬でも、この人のことをまともな大人だと思ってしまったんだろう。
そんなことを考えながら、サヤカはどうにか次の言葉を探した。
「新しい機体……噂の『グラニ』ですか?」
『グラニ』。それは、フラウ博士がたびたび会話に名前を出していたTDだった。
サヤカも実機を見たことはない。なぜなら、『グラニ』はこの施設の最奥の機密ブロックに、厳重に封印されていたからだ。
予算不足を理由に、動作用のプログラムすら用意されてないその機体を完成させるのが、フラウの悲願だった。
その予算を得るために、彼女はこの計画に参加していたのだ。
「ねぇ……サヤカ」
「…………?どうかしました?」
「機密ブロックのMコンテナを、あそこまで運んでもらいたいなーって」
そう言ったフラウ博士が指を刺している先はもちろん、今も積み込み作業が行われている輸送トラックだ。
機密ブロック。フラウ博士の親友であり、サヤカの姉であるハタエ・メルが、その命の最後まで執着し続けた『グラニ』が眠る場所。
「……パスワードは?」
そこまで意識した時、サヤカの口からは自然と声が漏れていた。
それを聞いて、待ってましたと言わんがばかりにペンを取り出したフラウ博士は、小さなメモ用紙を二枚破き、それぞれに違うパスワードを書いてサヤカに差し出した。
「右は機密ブロックのパスワード。左はMコンテナのパスワードよ。コンテナの中は絶対開けないで、パスワードはパイロットのうち1番信頼できる人にメモごと渡しなさい。本当にまずい時にだけ使いなさいって」
そう言われて手渡された紙は、やけに重かった。




