12話
「アカネ、お疲れ」
「……うん、ありがと」
コヒーから差し出された水のボトルを受け取りながら、アカネは答える。
訓練が始まって、すでに三日が経っていた。
訓練はただの歩行や基礎動作から、ある程度の戦闘機動へと移り変わっており、そこでアカネ達は、一つの大きな課題に直面していた。
「……難しいねえ」
「すぐに慣れたアオイって、凄かったんだなぁ……」
アカネ達の視線の先のモニターでは、背中にマントのような物体を背負った『スレイプニル』が、見事なまでに地面に躓き、地面に転がっていた。
アカネたちが直面している問題とは、『スレイプニル』が背中に背負ったTDの機動力を支える重要な装備品である、シュヴァルベ・ユニットの制御であった。
第三世代機最大の特徴である思考制御は、人間の身体には存在しない部分の制御には不向きだったのだ。
第二世代以前の機体のように腰に接続する方式ではないことも、制御の難しさに拍車をかけていた。
「お疲れ様です、みなさん」
シュミレーション・ルームの扉が開き、労いの言葉と共に、サヤカが入ってきた。休憩中の面々に軽食のチョコレートを配りながら、モニターの向こうで転びながら走る『スレイプニル』の姿を眺めている。
「あれ、どうにかならないんですか?」
チョコレートを貰ったパイロットの一人が、サヤカにぼやいた。
それは習熟が遅れていることへの焦りであり、「本当にこんな機体で大丈夫なのか」という不安の表れでもあった。
後方での雑用が主だったとはいえ、軍属だ。戦時中にTDを見る機会など腐るほどあった。そしてそのほとんどは、基地の上を鳥のように飛ぶ姿だったことも、彼らのその思いを一層強くするきっかけとなっていた。
何度も何度もその姿を見上げてきた彼らには、TDはあくまで隊列を組んで戦う陸戦兵器であるというサヤカの説明も、機体の欠陥を隠すための方便であると思えてならなかったのだ。
「今、課題解決のための新型機を開発していると、聞いています」
「じゃあ、それが使えるのはいつになるのさ!どうせあんた達は、僕たちを実験動物としてしか考えてないんだろう!?」
「それは……」
「うるさいわね……」
言いどもるサヤカと、語気を荒げた少年を睨みながら、フラウ博士が姿を現した。
「あんたたちガキ共に、普通のTDなんて動かせるわけ無いでしょう?違うって言うなら、隣の部屋のシュミレーターで証明してみなさい。あんたらじゃ、一歩歩くことすらできないでしょうけどね」
今度は、少年が言いどもる番だった。
「そんなの……」
「やってみなきゃわからない?半オートで動ける最新鋭機の『プフェーアト』ですらスイッチだけで100はあるのよ?正規のパイロット1人育成する為に2年はかかる。それを1ヶ月に圧縮しようってなったら、無茶振りの一つや二つはこなしてもらわないと」
フラウ博士は一息にそう言い切った後、小さなため息を吐いた。
「……ごめんなさい、言い過ぎたわ」
「いえ、僕も……すみません」
喧嘩——というより、ヒステリックな怒鳴り合いを自己解決した2人は、少し気まずそうに距離をとった。
「飛んだり跳ねたりできるまではしなくていいわ。貴女達の最優先目標はあくまで国境要塞の防衛。転ばない程度に制御できれば、それでいいから」
研究者には研究者なりの苦労というものがあるのだろう。そう言ったフラウ博士の目のくまは、一層濃くなっていた。




