10話
アカネ達が施設に到着した翌日。
「今から、訓練を始めるわ」
フラン博士の素っ気ない言葉と共に、パイロット育成の為の訓練が始まった。
シュミレーション・ルームに並べられた8機の棺型のコックピットのハッチが開き、1人づつそれに押し込められていく。
ゆっくりと閉まっていくハッチの向こうで、餌を運ぶ小動物のように、忙しなくシュミレーション・ルームを行き来するサヤカと目が合った。
アカネは咄嗟に笑みを浮かべると、サヤカは笑みを浮かべながら、小さく手を振った。
どう返そうかと思案する間もなく、ハッチが閉鎖され、アカネの周囲に光が灯った。
「コレ……どうすればいいの?」
『スレイプニル』のコックピットの中には、操縦に使うであろうスイッチやレバーの類が無かった。
おそらく体勢を崩さないようにするための持ち手でしかないのだろう。操縦桿であるはずの半球状のカバーに包まれたレバーには、本来あるべきスイッチや可動部分は確認できなかった。
「えー……聞こえてる?これから立ち上げの説明するから、よく聞いて」
了解の斉唱が、有線通信で繋がったコックピットを満たした。
「操縦桿……正確に言うならただの持ち手なんだけど、そこを握ってくれる?」
その指示に従って、アカネは操縦桿を握った。
すると、カバーの淵に取り付けられていた金属輪が動き出した。3秒ほどゆっくり拡大と縮小を繰り返していた輪が、急激に口径を縮め、手首にしっかりと嵌められた。
瞬間、ピりついた痛み。
嵌められた輪から針が飛び出し、手首に突き刺さった。同時に、静電気の不快さを3割増しにしたような痛みが、全身を襲う。
痛い。というより不快という方がしっくりくるその感覚をたっぷり5秒ほど味わい、もしかしたらあの博士の嫌がらせなのではないかと勘繰り始めたころ、視界いっぱいに光が溢れた。
モニターが点灯し、訓練用の仮想空間が表示されたのだ。
手足を紐で吊るされて、宙に浮かぶような感覚。
アカネは咄嗟に足をバタバタと動かそうとして、動かないことに気づいた。足首にも手首についているものと同じ輪が嵌っていたのだ。
「……全員、起動できたみたいね。じゃあまず、目標地点まで歩いてみなさい」
博士の指示と共に、視界の向こう、100メートルほど離れた場所に一つの赤いマーカーが現れた。どうやら、あそこまで歩けということらしい。
「歩く……?」
――歩くって、どうやるんだろう。
ふと、そんなことをアカネは思い浮かべた。
少なくともアカネは、歩くときに歩こうと考えたことは無かった。
右足と左足を交互に出す想像を、頭の中に思い浮かべてみる。
すると、仮想空間内の『スレイプニル』は、うぃーん、がしょんという気の抜けた擬音が付きそうなくらいぎこちなく歩き出した。
本当にこれでいいのか心配になったアカネは、答えを求めるように左右を見渡した。
同じようにマーカーに向かっているほかの7機も、似たり寄ったりなぎこちなさで、求める答えは見つかりそうになかった。
――こんなものが、本当に役に立つのだろうか?
そこまで考えたとき、頭に昨日言われた言葉が過った。
『身体を動かす為に使う信号を、機体を動かす為の信号に変換して使うんだって、フラウ……博士は言ってました』
――機体を動かそうとするから、上手くいかないのではないか?
ふと浮かんだアイデアを実践するため、アカネは意識を切り替えた。機体に「乗る」ではなく、機体に「なる」感覚と言えばいいだろうか。
自分の身体や、コックピットのモニター以外の部分を意識的に視界から外し、先ほど感じた浮遊感に似た感覚を、脳で再現する。
違う点は、足がしっかり地面についていることだ。コックピットにではなく、仮想空間の大地に。
頭がすんと冷えてくる。手足の力が抜けて、普段よりはるかに強い体の重みを感じた。
「何も説明せずに動かさせるのは、少し意地悪だったかしら……」
「えぇっ……」
「まぁ、何事も経験よ。コツを掴んじゃえば誰でも……ほら」
怪訝な表情で睨みつけているサヤカを横目に、博士はモニターの一つを指差した。
映っているのは4番機——アカネの機体だ。




