四十九話 玉座
――数日後、玉座の間が開かれた。神聖な空気に満ちたその場には、各国の代表や高位の貴族、選ばれた者たちが集っていた。厳重な警備のもと、王は玉座から彼らを見下ろしている。
警備兵に囲まれ、イオリとエリー、スフィアは中央のカーペットを進んだ。王の前で膝をつくと、布の擦れる音さえ響くほど、場は静まり返っていた。
王はイオリに礼を述べると、自ら玉座を下りた。側近が戸惑う中、階段を踏みしめて降り、イオリの胸に爵位の証となる剣聖の勲章を取り付けた。
「イオリ・グラディウスよ。此度は感謝する。勇者に代わり、世界を平和へと導いたのは貴殿あってこそだ。何の尽力も与えられず、すまなかった」
王はそう告げ、イオリの胸に勲章を取り付けた。勲章を受け取りながら、イオリは小さな声で答える。
「死力を尽くしてくれた仲間と――多くの人に助けられた結果です。何も与えられなかったわけじゃありません。この王国にも、お世話になりました」
「くくっ……謙遜はよせ。何もできなかったことを私は恥じている。今後はできうる限りのことをしよう。領地を与える。初代勇者の治めた聖なる地だ。どうか受け取ってほしい。領主として」
「ありがたく」
頭を下げ、爵位の授与は終わった。
――その瞬間だった。神々しい光が玉座を包み込む。イオリはその玉座に降り立った女神を睨みつける。美しい外見、露出された肌。人間を見下すような視線。
貴族達から、女神様だ、という声がざわざわと聞こえ始める。女神は穏やかな笑顔を見せる。
「よくやりました勇者”イオリ”よ」
ざわついた。当然だった。唐突に勇者という言葉が出て、それがイオリだと告げられたのだ。二年前、ハルトを勇者として召喚した張本人が、そう断言したのである。
「すべては計算されていました。あなたは最初から勇者だったのです。私が選んだ勇者。何も与えなかったのも、何もしなかったのも、ライバルを作ったのも、すべて――私の計算です」
イオリは毒づいた。
「ハッ……よく言うぜ。あんなゴミを見るような目で、間違えたつって空からポイ捨てしたくせによ」
女神への口調とは思えないイオリの言葉に、周囲はざわめいた。誰もが口をあんぐりと開け、女神のこめかみには血管が浮き出る。それでも、女神は表情を崩さなかった。
「何を言うのです。そのようなことはありません。私は女神。女神の言葉はすべて正しいのですよ」
「後から言えばいくらでも付け加えられるもんな」
「勇者よ……言葉が過ぎますよ?」
女神のその声には明らかに怒りが混じっていた。それはこの場にいる全員が感じ取っている。
「ほう? すべてが終わるまで何の加護もなけりゃ、世界に適応すらさせない完全放置。魔力すらない状態にするのがどう計算なんだ? 言ってみろよクソ女神」
女神は唇を噛みながら怒りを抑え込む。
「神の考えに人間が及ばないだけですよ。圧倒的劣等の中であなたは育ちました。それはわたくしが与えた運命。あなたの苦痛、喜び、すべてわたくしが作った運命なのです。感謝するとよいでしょう」
女神は両手を広げる。
「さぁ、わたくしからあなたへ、今度こそ祝福を与えましょう」
「てめぇの祝福なんぞいるかよ。祝福を受けたやつが独房にいること忘れんなよ」
一方、スフィアが横でビクビク怯えていた。
「やっ、やべーにゃ。今まで見たことないくらいエリーがブチギレてるにゃ……!!」
「運命……? イオリの、あの苦痛を? 作った? ふふ、ふふふふ」
「どーどーにゃ! 相手は女神様にゃ……!」
女神はにっこりと笑い、祝福を与えようとした。――その時だった。
「随分と好き勝手やっておるようじゃのお……女神ネイティア」
「ひっ……その、声は――ノル・ヘカトリス……?!」
「本名で呼ぶでない。リリスと呼べバカモノ」
何もない空間から、原初の魔女リリスが現れた。リリスは女神ネイティアの胸元へ手を差し入れる。ドクッドクッと、動かないはずの女神の心臓が脈打ち始めた。
「やめなさい不束者! 女神の心臓に何をするつもりですか!!」
「バカじゃのお前。下界へと降りてくるとは。自分の失敗がそんなにも恥ずかしかったか? 自己を顕示するためにイオリを勇者に仕立て上げようというわけか。醜い醜い。魔女よりも醜い女神には罰が必要じゃのお……」
女神の心臓には、鎖の形をした紋様が刻まれていた。
「なにしたのよあなた!!」
「簡単な話じゃ。お主はこの下界に鎖で縛られた。つまり、天界へは戻れん」
「そんなことをして、ただで済むと――」
言い終わる前に、リリスは女神の首を掴み、顔を引き寄せた。
「お主――誰に向かって口を聞いておる。慎め」
「ひっ……」
女神は怯えた顔で、足から力が抜けたようにその場へ座り込んだ。
「勇者がすべての罪を清算するまでその呪いは消えぬ。勇者とともに頑張るんじゃな。それが自分の好き勝手で人の命を弄んだお主の償いじゃよ」
次の瞬間、リリスが指を鳴らした。女神ネイティアは姿を消し、幽閉された勇者の隣へと移動させられていた。勇者の輝く目とは裏腹に、彼女の目は怒りと絶望に満ちている。
――リリスはため息をつくとイオリの頭を撫でた。
「よくやった。妾の弟子として十分すぎるほどの活躍じゃった。お主もな、エリー」
そう告げると、今度はくしゃっとスフィアの髪をもう片方の手で撫で回す。
「初めましてじゃな。スフィアと言ったか。お主も妾の弟子達を守ってくれて助かったぞ。今度ジャーキーを差し入れてやろう」
「んにゃあっ!」
扱い方をよく分かっている。そしてリリスはその場から姿を消す。女神による騒動も割とすぐに落ち着いた。そもそも女神様という信仰対象である像も、今回の一件で神格化とは程遠い扱いとなっていたからだ。
――その後、各国を回ってパレードを終えたイオリたちは、自分たちの住む領地の屋敷へ戻ってきていた。さすがは初代勇者の屋敷。城と言って差し支えないほど広く豪華で、専属のメイドも数多く雇える余裕がある。
世間が落ち着いたら、イオリとエリーは結婚式を挙げる予定だった。その噂は、お互いがすでに指輪を身につけていたこともあって、またたく間に広がった。
その屋敷に顔を見せたリリスは、なぜか玄関から入らず窓から侵入した。そして、約束していた大量のジャーキーを、住み込みで働くアレリアに渡す。スフィアに渡すとすぐに食べきってしまうからと、エリーにきつく言われたためだ。
イオリはリリスに手紙を渡す。リリスが頭を傾け、不思議そうに手紙を見つめる。
「なんじゃ?」
「ミーニャとの約束があるからな。もう少し先にはなるけど日付も書いてる。これを彼女に渡してやってくれ」
「妾、一応原初の魔女なのに宅急便扱いか? 威厳の欠片もないんじゃが。まぁ良いが……妾もミーニャに会いたいしの」
リリスはそのまま姿を消した。忙しい毎日がようやく落ち着きを見せ始める。




