四十八話 幸せ
なんとかスフィアをなだめることができたアレリアは、スフィアのベッドに腰を下ろした。手慣れた手つきでスフィアの頭を撫でながらエリーに話しかける。
「君は……眠ってるこの子の知り合い? この子は確かイオリ……だっけ?」
「そうよ。あなたは確か……魔王城で倒れてた……」
「あははっ、はずかしー」
頭の後ろを掻いて照れるアレリア。
「そう。私は勇者パーティーに所属していた剣士のアレリア。まぁやられちゃったんだけど。ほんと、アホらしいよね」
「……恨んでる? 私たちのこと」
「ううん。むしろ、終わらせてくれてありがとうって感じかな。ずっとモヤモヤしてたし。それに……あんた達が来てなかったら私たちは死んでたから」
アレリアはスフィアを褒めるように、撫でる手を少し速めた。スフィアの尻尾がピーンと立ち、顔が緩む。その反応を見ていたアレリアは、やがて手を止めるように速度を落とし、目を伏せた。
「もう、いいんだ。感情の整理はついた。でも見たかったな。魔王が倒されるところ」
スフィアがゴロゴロ言いながら「私も見てにゃいにゃ」と体をこすりつける。
「そうだったの? 詳しく聞きたいな。あなたはずっと見てたんでしょ? そう言えば名前……」
「エリーよ。ヒーラーのエリー。あなたはアレリアであってる?」
アレリアは頷く。エリーは静かに語り始めた。何があったのか、どうやって倒したのか。ラナが何をしたのか。全てを聞き終えると、アレリアは彼女たちを英雄と呼んだ。その名に相応しいと。
「かっこいいなぁ」
「ねぇ、ラナはどこへ行ったの? 一緒に運び込まれたんじゃ……勇者もいないみたいだし」
「勇者は捕まったって。他のみんなは帰ったり、旅をしたり。もちろん――ラナもね」
「あいつ……勝手にいなくなったわね」
エリーはイオリの頭を撫でる。深くため息をつくと優しく頬にキスをする。
「なんか私……いつもあんたが目覚めるのを待ってる気がするわ。あんた気を失いすぎなのよ。なのに頑張っちゃってさ。いつもありがと。あとね――ラナ行っちゃったってさ」
――それからさらに三日後の朝。朝日が差し込む部屋で、イオリは目を覚ました。アレリアとスフィアは食堂でごはんを食べている。
「エリー?」
まだ視界の定まらないまま、彼女の名前を呼んだ。
「んー? 私はちゃんと隣にいるよ。お疲れ様、イオリ」
エリーはイオリのベッドに腰掛け、彼の頭を優しく撫でた。その感触に、イオリの心はゆっくりとほどけていく。とても懐かしくて、とても……心地が良い。
「みんな、無事だったか?」
「えぇ。みーんな元気よ。ラナもね」
その言葉を聞くと、イオリはどこか安心したように身をエリーに預けた。
「そっか……良かった」
「あんたが一番最後。結構無理したらしいじゃない。バカなんだから」
「久しぶりにバカって言われた気がする。最近素直だったからエリー」
「なっ……むっ……」
エリーはほっぺを膨らませながらイオリに抱きついた。
「ばーか、ばかばかばか。いっぱい言っておいてあげたわよ。バカイオリ」
大事そうに抱きしめられたイオリは、クスクスと笑いながらエリーの背中に腕を回した。エリーは少し驚いた後、彼の頭の後ろに片手を回した。
「ありがとう。私の夢を叶えてくれて、幸せな日々をくれて……私は幸せです。おはよう……イオリ」
「おはよう、エリー」
エリーにとって特別なその言葉に、彼女の目から涙が溢れた。
――アレリアはその後、エリーのフルール・ド・シエルで傷を癒やし、イオリも数日の治療ですぐに万全の状態まで回復していた。
行く宛のないアレリアは、当分の間、警護という名目でイオリ達についていくことになった。一方、イオリ達は魔王を倒した功績もあってか、世界最大の王国セトライアへ向かうことになった。その後も各国を巡り、パレードを行う必要があるらしい。
セトライアに着いた一行は、用意された豪華すぎる屋敷で羽を伸ばしていた。ふかふかのベッドに大理石の床、白い壁に施された彫刻や豪華な装飾。外には丁寧に整えられた庭園が広がり、屋敷の中には猫のように走り回るスフィアの足音と、メイドの騒がしい声が響いていた。
イオリやエリーは代表者ということもあって、正式な衣装へと着替えていた。英雄らしいマントに白い手袋をつけ、二人ともどこか落ち着かない様子だ。
部屋が豪華すぎて落ち着かないかもしれないと思ったイオリだったが、スフィアがいつも通り騒がしく、そんな心配はなくなっていた。二人は一つのテーブルに置かれたお茶菓子をつまみ、紅茶をすする。隣ではエリーも静かにカップを口につけていた。
「爵位、もらえるんだってね。さすがイオリ。確か異世界人だから、叙爵するときにサトウじゃなくて新しく家名をもらうんだっけ。つまり……イオリ・グラディウス? ふふっ、なんか変な感じ」
「イオリのままでいいだろ……」
「まぁ、私はイオリって呼ぶから関係ないか。フルネームが呼びづらいだけで。ん? じゃあ私は結婚したらエリー・グラディウスになるんだ。あっ、私も聖女になったから名前を一つもらえるんだった。えっと……フレンダがグラディウスになって、グラティアが間に入るから……エリー・グラティア・グラディウス?」
「それはプロポーズ?」
「にゃっ?!」
まるでスフィアのような変な驚き声を出して立ち上がるエリー。
「ちがっ……違うわよ!! 私は、そんなつもりで言ったんじゃ……イオリがそうかどうかなんて分からないし、別に私は……受け入れ準備万端だけど……? でもでも」
ごにょごにょと小声になっていくエリー。
――イオリのマントが翻る。彼はエリーの前に膝をつき、その手を優しく握った。
「エリー・フレンダ。その名にどうか、僕の名を重ねてほしい」
「はっ、ふぇ? あっ」
握られた手に自分の手を重ねたエリーの指が、かすかに震える。
「わっ……私で本当にいいの?」
「君以外誰がいるんだ」
「ふっふふっ。あははっ。真面目なイオリ、なんか……調子狂うわね」
「笑うなよ……結構緊張してんだから」
むず痒そうにしながらも、エリーから目を離さない。
「断るわけ無いじゃない。ずっと、愛してるんだから。私は――あなたの妻になります」




