四十七話 目覚め
まだイオリ達が昏睡状態にある間、勇者パーティーの面々はそれぞれ脱退していた。残っていても意味がないからだ。なんの功績もない、なんの成果も上げていない。彼らはただの冒険者に戻ったり、地元へ戻って剣を置いたりしていた。
勇者は近くのベンチで黄昏れていた。空からは雪が降り始めている。どれだけ俯いても、女神の声すら聞こえてこない。肩に雪が積もっても、払い落とす気力さえ湧かなかった。
――覚えているのは、惨めに初撃でやられたことだけだった。
俯いている勇者を兵士が取り囲む。虚ろな目を向けると、罪状をその場で読み上げられた。数々の自分勝手な要求、横暴。それらに対して勇者としての責務を果たさなかったこと。そのすべての責任を問われていた。
それでも、勇者は抵抗しなかった。差し出された枷を、ただ大人しく受け入れる。勇者という肩書は、もう人々を導くものではなく、罪の重みとして彼の身に残った。彼は大罪人となったのだ。馬車へと入れられ、王国セトライアへと輸送された。
――魔王討伐から八日後、最初に目を覚ましたのはラナだった。並んで眠っているイオリ達を見ると、胸が締め付けられる。頬を撫でたい衝動を、彼女は必死に抑え込んだ。
病院の看護師が彼女の検査をしたあと、ラナは別部屋への移動をお願いした。一人、ベッドの上で膝を抱え、本音が漏れた。
「やった……良かった……生きてる。みんな――生きてます」
勇者パーティーの女剣士アレリアを含め、みんなが生きていた。それが心から嬉しかった。そして、魔王を討伐したのがイオリだったことを、ラナは心底喜んでいた。
遅れて、アレリアが目を覚ます。全身の傷は酷かったが、元々再生能力が高い上に剣士という職業柄、とても丈夫だった。全身まだヒビだらけの体を魔力で無理やり支え、フラフラしながらラナのもとへ向かう。
「やっほ。生きてた?」
「アレリアさん……良かったっ!」
ラナがぎゅーっとアレリアを抱きしめた瞬間、悲鳴が病院全体に響き渡った。無理に歩いていた体へ、容赦なく抱擁の衝撃が加わったのだ。
「いたぁぁぁぁあああ!!」
「きゃぁぁ!! ごめんなさいっ!!」
足をガクガクさせ、絶望の表情でギリ立っているアレリア。涙目で死にそうになりながら弱音を吐く。
「うっくぁっ……あっ……まぁ、大丈夫だけど、当分……さわらないでぇ……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」
ペコペコとラナは頭を下げる。その勢いはラナの髪がくしゃくしゃになるレベルだった。アレリアは彼女の頭を優しく撫でる。
「もういいよ。はぁ、生きてたけど私たち……英雄にはなれなかったね」
「そう、ですね。でもいいんです。私にとって夢よりも……もっと大事なものがあったんです」
ラナのその言葉に、アレリアはどこか寂しそうに頷いた。
「そっか。そういえばあんたはこのあとどうすんの?」
「……私は……帰ります」
「地元に? でも、確かあのイオリっての……それにスフィアだっているし、このままここで――」
ラナの目は、窓の外を見ていた。自分の生まれ育った故郷を眺めるように言った。
「帰りますよ。顔を合わせる資格なんて……私にはないんです」
「……そっか。あんたがそんなにくっしゃくしゃな顔で泣いてるの、初めて見たよ」
ラナは窓に自分の顔が反射していたことに気づく。
「すいませっ……」
「いいよ。なんとなく事情は分かったから。本当はどうしたいのかも。でもあんたが決めたことでしょ。部外者の私が何か言う立場じゃないや」
アレリアは痛む体を無視して彼女の頭を自分の胸へと抱き寄せた。
「元気でね。ラナ」
「はい……アレリアさん」
数時間後、ラナは病院から姿を消した。アレリアはラナのいなくなった病室で降り積もった雪を眺めていた。
「私は……どうしようかなぁ。ポンコツ勇者は気づいたらいないし。みんなどっか行っちゃったみたいだし。私も地元に帰って農家でもやるか……もう少し冒険者を……って言っても悪評すごそうだなぁ……」
本来なら約束された英雄の一人のはずだった。でも結果は……何も為せなかったただの一般人。
「いっぱい努力して、強くなって。オチがこれか。雇われ兵士とかも悪くないかな。戦いの経験値を少しはちゃんと役立てたいや」
自分の剣を優しく撫でた。ぽつっと水滴が一つ。
「あーあ。ラナの泣き虫が移っちゃった」
――それから数日後、スフィアとエリーも目を覚ました。スフィアは寝ぼけながら現状を理解していないようで、んにゃあんにゃあ言っている。
エリーは目を覚ますとすぐにイオリを探した。隣で寝息を立てるイオリを見つけ、胸を撫で下ろす。
「お目覚めですか?」
看護師が部屋へ入ってくる。点滴を確認し、二人の様子を見ながら口を開いた。
「問題なさそうですね。猫の獣人さんは魔力回路の酷使と、内臓損傷。エリーさんは……実はわかりません。確実に魔力回路の酷使はあるのですが、魔力回路が回復した後も眠っていたので……特殊な魔法の副作用と考えています」
「イオリは?!」
食い気味に尋ねるエリーに、看護師はクスリと笑った。
「大丈夫です。ただ、全身の損傷が激しく、回復に時間がかかっているようです。筋肉、神経、魔力回路、内臓に限らず脳にまで負担がかかっていたようで。でもなぜかすごく丈夫なんですよ。普通はショック死してもおかしくないんですが……」
「そっか……フルール――」
花の魔法を発動しようとしたが、看護師に止められる。
「魔法は使わないでください。大丈夫です。時間が経てば目を覚まします。再生速度も早いので自身の力で回復できます。むしろ現状で魔力を流し込むと負担をかけてしまいますから」
「わかり……ました」
スフィアはお腹を押さえながら腰を浮かせ、頭をベッドにこすりつけていた。腹が減ったにゃあ、と死にそうな顔をしている。そこへ、元勇者パーティーのアレリアが顔を見せる。
「相変わらず元気そうだね。スフィア」
「んにゃっ! アレリア!! 無事だったかにゃ?!」
「無事も無事。って言いたいけど全身骨折中。だから飛びかからないでね?! お尻振ってるのめっちゃ怖いんだけど!」
「ふーっ、ふーっ」
「おーよしよし。やめてねー? 獣人の速度で来られたら私はもう一度そこに並ぶことになるからねー?」




