四十四話 再起
――次の日、勇者はとあるレストランで、他のテーブルからこんな噂を聞きつける。
「魔王城が見つかったらしい。魔王幹部三人が倒されたことによって、魔法城壁が消えた。魔王が支配する地域へ行けるらしいぜ」
それが耳に入った勇者は、木製ジョッキに入っていたビールをすべて飲み干すと、それを強く叩きつけた。
「行くぞお前ら。今度こそ俺様が勇者だって示すときだ。幸いあいつらが魔王幹部三人目を倒した街は遠い。俺達の方が魔王城は近いからな」
唐突な宣言。魔王幹部の強さすら知らない勇者パーティーは怖気づく。けれど、そんなもの、勇者の前では無意味だ。
「俺様は勇者だぞ!! それに率いられるお前らが、んな顔するんじんゃねぇよ!!」
机を蹴り飛ばした。粉々に砕け、その衝撃のせいで客や店員は完全に怯えていた。
「うまいとこだけ持ってきゃあいいんだよ。分かるか? 異論あるやつは全員首を叩き切る」
無茶苦茶だった。それでも従わざるを得ない。女神の加護は彼についているのだから。それすなわち世界は彼の味方であるということ。すぐさま準備を整えて急ぎ足の遠征が始まった。
目指すは魔王城。距離にして徒歩二週間。だが勇者にそんなのんびりとしている時間はない。急ぎだと声を荒げ、街で馬車を何台も借りた。総勢二十名の勇者パーティーは魔王城へと半分の一週間を目安に進み始めた。
道中、村を襲う魔物が出ようと完全無視。少しでも早く世界を救うという大義名分。けれど、本音は先を越されるわけには行かないという自分勝手な目標のためだった。馬車はとにかく進んだ。馬の休憩は最小限。たとえ夜でも進ませる。
空は日中でも赤色へと変化し、枯れ木や死んだ土などがまばらに見えるようになる。空気はどんよりと重くなり、夜も朝もなくなる。ついに馬車も動かなくなった。
休憩無しの上、独特の雰囲気に日照時間のなさ。馬には限界が訪れていた。勇者は舌打ちをしながら馬を蹴り飛ばした。そして全員を下ろし、徒歩による進軍を進めた。
――数時間後、開けた土地で休みを挟む。今の勇者パーティーはどこか楽観するような空気があった。この数という圧倒的物量。さらに勇者パーティーではない者が倒せてしまう魔王幹部なんて実は大したことがないなど、いろんな材料によるものだった。
それは、彼らの希望でもあった。そう考えたかったのだ。そうでなければ怖気づいてしまう。一方、ラナや最初からいるパーティーメンバーは逆だった。
イオリの強さを見ている。明らかに勇者を超える存在。その存在以下の勇者が、冒険者を何人束ねようと、勝てないのではないか。
ラナは杖を強く握りしめる。スフィアが言っていた。この魔王の支配地域で女神の魔法は使えない。つまり逃げられない。死を覚悟する必要があった。
「イオリさん……ちゃんと謝れなくて……ごめんなさい。どうか、どうか無事で……」
そう小さく呟いた。いずれイオリは魔王を倒しに来るだろうからと、無事を願ったのだ。勇者パーティーの女剣士アレリアがラナの頭を優しく撫でる。
「上を向かなきゃ、私たちは。勇者パーティーなんだからさ」
ラナの頭に触れる彼女の手が震えている。他のパーティーメンバー手前ということもある。きっと無理をしてるんだろう。そう思ったラナは無理に笑顔を作った。
「はいっ、アレリアさん! 大丈夫ですよね!」
お互い分かっていた。そんなものは嘘だと。
――足取りは重くとも前に進む。禍々しい魔王城の麓。他に魔物も魔族も居ない。まるで歓迎しているかのように扉がゆっくりと開いた。重厚な扉は重く錆びついた音を響かせる。とてつもなく広い魔王城の中をくまなく探していく。
「きゃあ!!」
一匹の大きなクモ。それだけで一人の冒険者が声をあげる。その声に全員が緊張を一気に走らせた。張り詰め続けた緊張の糸は神経をすり減らす。
長い時間をかけ、ついに巨大な扉の前にたどり着く。数人がかりでその扉を開いていく。
目の前で自分たちを見下ろすその数倍はあろうという巨体。屈強な筋肉の厚みと、黒い毛並み。狼の頭に二つの禍々しい角。赤く光るその瞳は見るだけで恐怖を煽る。寂れた玉座に腰掛け、勇者を見下ろしていた。
「来たか。勇者よ。お前達の方が先とはな。我はイオリがくるものだと思っていた」
名指しだった。魔王にとって、イオリという存在がそれだけ大きいのだとラナは息を呑む。
「しかしだ。女神の加護を受けた勇者よ。貴様の未知数の実力を見たいところだ。さぁ、向かってくるがいい。それとも、イオリが来るまで時間を稼ぐか?」
「ふざけんじゃねぇええ! 全員、突撃ィ!!」
剣を掲げて瞬間移動する勇者。唯一の制限は物体に重ねられないこと。魔王の正面に転移すると、その剣を突き刺そうと両手に力を込める。
これで勇者としてのメンツは保たれる。そう思った瞬間だった。
「――レクス・マレウス」
勇者ハルトが一瞬にして後方へと吹き飛ばされる。瞬き程度の短い時間だった。魔王は呟いただけ。空中から現れた巨大な拳が勇者ハルトを殴り飛ばしたのだ。まるでシェパンのような攻撃だった。
勇者パーティー達が背後を見ると、勇者は完全に気を失っている。女神の加護のおかげが、体が少し光りながら致命傷は避けていた。パラパラと粉々になった壁と一緒に地面へと落ちたが、勇者はもはやギリギリ息をしているというような状態だった。
「あぁぁぁぁ!!」
ぼーっとしていてもやられる。一人、また一人と冒険者達はバラバラに魔王へと向かっていく。
「レクス・グラビティア」
全員が跪く。誰一人として立ち上がれなかった。全身にかかる強い重力。数倍にも重くなった自分の身体を動かすことが全くできない。魔王は勇者を殺すためか、立ち上がった。ラナ達を通り過ぎて、勇者の前で止まった。
「弱すぎる。期待外れだ」
殺すために魔王が勇者へと手を向けた瞬間、女剣士のアレリアが立ちはだかった。
「ほう……動けるのか」
カタッカタカタカタッ! 剣を持つ手が激しく震えている。現状立っていることがギリギリであることは明白。それでも立ちはだかった。
「私は……勇者パーティーのアレリアッ! 何が何でもこのバカを守らなきゃいけないのよ。悔しいけどね、勇者を守るのが、私の使命だからッ!」
「気に入った――最初に殺してやろう」
アレリアは突如吹き飛ばされる。遥か遠くの柱で衝撃音。彼女の全身の関節があらぬ方向へと曲がっていた。その目に、もうハイライトはない。彼女は……一ミリも動かなかった。
「いやぁああああ!!」
ラナは叫んだ。杖を無理やり地面に叩きつけた。魔力タンクとして、魔法を使うことは許されない。でも使うしかなかった。全魔力を一気に放出する。たとえ、魔力回路が使い物にならなくなっても。
「エイル・レ――」
突然体を持ち上げられたラナ。魔王に全身を一掴みされていた。強い重力によって、関節が次々と外れていく。魔王が握る手に力を込めていく。杖はその手の中で砕けちった。全身の骨が軋む音がする。
魔王の残忍な関心が薄れゆく意識の中で聞こえた。
「ほう……ここにも勇気あるものがいるじゃないか。次はお前だ」
「ごめん……なさいっ」
ラナは消えゆく声で謝罪の言葉を口にした。それはイオリに対しての届かぬ懺悔。




