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四十三話 罪の意識と罰

 目が覚めたばかりのラナは、痛む頭を押さえながら辺りを見回した。勇者を含む他のメンバーは、まだベッドで眠っている。


「そうだ……私、女神様の光に包まれて」


 途端に、ここにいたくないという思いが込み上げた。ふらつく足で部屋を出ると、宿屋の店主が声をかけてくる。その声を背に、ラナは振り返らず、外へ向かった。


 黄土レンガと赤いレンガの街を抜けると、外は少し肌寒かった。ラナの足は、人のいない場所を探すように林の奥へ進んでいく。そこで小さな湖を見つけた瞬間、あの日の記憶が重なった。


「あっ……あぁ……」


 胸の奥から罪の意識が込み上げ、ラナはその場に崩れた。地面に額を寄せ、声を絞り出した次の瞬間、堰を切ったように泣き叫ぶ。いろんな感情の中で、最も強かったのは――イオリをひどく傷つけたのだという罪の自覚だった。


「私っ、私が……置いてったから、イオリさんはっ……私が夢を選んだせいでっ……知らなかった……! イオリさんが私のことを、そんなにも思ってくれていたなんて……」


 泣き声は止まらない。静かな林の中で、一人きりの懺悔がこだまする。


 壊した。自分が一度、イオリを壊したんだ。勇者パーティーという理想とはかけ離れた環境も、ラナの心を追い詰めていた。


 ラナは額を地面に強くぶつけた。


「帰りたい……帰りたいっ! イオリさんの元に……”きっと、好きでした”なんて嘘……好きっ、大好きに決まってるじゃないですか!! 自分に……嘘をつきたかったんです……夢を追いかけるために、自分に嘘をつきたかった!!」


 両腕で自分の身を抱きしめる。強く、強く。体は激しく震え、地面に落ちた涙だけが虚しく染み込んでいった。


「もう……どうしたらいいか。分からないんです」


 今からでも、パーティーを抜けると言えばいいのだろうか。あのスフィアがボロボロになるほど追い詰められたのに、ただの魔力タンクでしかない自分が、たとえ初めてを失ってでも、イオリさんの元へ帰るべきなのか。それが、自分の罪を償うことなのではないか。


 ――そうなってしまった私は、汚れてしまった私は……イオリさんに受け入れてもらえるだろうか。


「うっ……うっ……」


 もう二度と、戻れないんじゃないか。夢が終われば、イオリの元へ帰るつもりだった。夢を叶えたと、そうして一緒にまた……過ごしたかった。


「でも私は……傷つけた……大切な人を傷つけて、帰るなんて……できない」


 ――帰りたい。帰りたい帰りたい。あの笑顔で、また”ただいま”と言ってほしい。


「おかえりなさいって……言いたい……」


 長く続いた懺悔の末、答えは出ないまま、ラナは疲れ切った表情で宿へ戻った。


 宿では、勇者がすでに起きていた。以前とは違う険しい表情で、パーティーメンバーを置き去りにするように言う。


「ギルドへ行くぞ」


 スフィアがいない今、手がかりはほとんどない。勇者はラナたちを置いていくようにギルドへ向かい、ラナたちはその後を追って、しらみつぶしに情報を探した。そんな中、勇者は張り紙を掲示板に叩きつける。


 ――仲間募集。人数、無制限。


「人数……無制限?」


 勇者ハルトは必死だった。焦燥に駆られたハルトが選んだのは、数で押し切ることだった。女剣士のアレリアが叫ぶ。


「待って無茶よ!!」


「うるせぇアレリア!! 俺のやり方に口出しするんじゃねぇよ!!」


「っ……なにそれ。それがずっと一緒に戦ってきた仲間に言う事?」


「文句あるのか。俺を誰だと思ってる」


「……分かったよ」


 四人だったパーティーは十人に膨れ上がった。当然、連携もなにもあったものじゃない。互いに声を掛け合う余裕もないまま、しらみつぶしに情報を探し、旅の道中で出会う魔物と戦っていた。


 烏合の衆と言って差し支えない。それでも、一人ひとりが強い力を持つため、今はなんとかなっていた。


 勇者からすれば、少しでも味方が欲しいのだろう。そんな状況で、ラナが勇者パーティーを抜けるとは言えるはずもなかった。そして……汚されたくなかった。たとえ死んでも、自分の身体を触らせるのはイオリだけがよかった。


 三人目の幹部に向けて、勇者パーティーが旅をしていたある日のことだった。以前の王国、セトライアに戻ってきた勇者達。当然すでにイオリ達はいない。待っていたのは冷ややかな目だった。


 ――多くのツケ、多くの横暴。貢ぎや女。そのすべてを自由に貪ってきた勇者は、まだ一人も魔王幹部を倒していない。むしろ敵前で逃げ出した。


 代わりに黒髪の剣士、花の魔法使い、獣人の情報屋が打倒した。この事実は揺らぎようもなかった。


「うるせぇぞ!! あいつらが勝手にやったことだろうが!!」


 そう怒鳴って住民を牽制する勇者ハルト。ずっと苛立っている。勇者という肩書にあぐらをかいていた結果、牽制されてもヒソヒソと噂は絶えない。ラナの杖を握る手が強くなる。その蔑みは当然、勇者パーティー全体に降りかかるのだから。



 一人、また一人とパーティーメンバーは増えていく。養うための金も次々と増えていくがすべて現地で巻き上げた。勇者とイオリが衝突したあの酒場で、勇者が荒ぶりながら飲んでいた時のことだった。他のテーブルから聞こえる最悪の訃報。



「おい聞いたか。あの黒髪の剣士――魔王幹部の三人目を倒したってよ」


 ラナの胸が、ほんの少しだけ軽くなった。


 さすがイオリさん。嬉しさが込み上げる一方で、すぐに虚しさが押し寄せる。イオリ達は必死に戦い、前へ進んでいる。魔王幹部を全員倒し、次は魔王へ向かうのだろう。すごい……かっこいい。それなのに、自分はどこにいるのだろうか。


 勇者が暴れる酒場で、ただそれを見ているだけ。今では夜の女を捕まえ、その場で行為を始める始末だった。ラナは耐えきれず、酒場の外へ姿を消した。喧騒を背に、両手を固く重ねる。


「どうか……二度とイオリさんに会えなくてもいいから……イオリさん達が無事でありますように」

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