三十四話 余韻
――もう一度、目を閉じるエリー。もっと、もっと欲しい。ずっと我慢してきたからもっと。そう思っていたのに。
ボスン。イオリは残念ながら力尽きていた。魔力の高速循環による疲弊。エリーへのキスという心臓への負担。限界を超えた結果、エリーの胸に倒れ込んだのだった。一方、いまだ勘違いしているエリーは唇を閉じながら甘い声を漏らす。
「ひゃん……イオリ、そんなっ……キスから、そんなとこ……イ……イオリ? 焦らしてる?」
ゆっくりと目を開ける。イオリが倒れているという現状を理解したエリー。彼女はぷくーっとほっぺが膨らんだが、その後堪えきれずに声を上げて笑った。
「あははっ。そうよね。私も動けないし、魔王幹部を倒した後だもん。私たちらしいっていうか。ちょっとショックだけどね? 焦らず行きましょ、私の英雄さん」
ちゅっ……と額にキスをする。そして山盛りのご馳走を見て呆然とする。
「ん? ちょっと待って。じゃあ私一人でこれ食べるの? どう考えても無理なんだけど?!」
幸いにもイオリは一時間ほどで目を覚ます。最初はキスのことで気まずそうにしていた。互いの視線が逸れて、熱を帯びる。けれど、エリーはわざといつも通り振る舞った。
「ほら、さっさと食べなさいよ。私一人で食べきれるわけないんだから」
そんな一言が、また日常の歯車を回した。
それから数日の間、イオリ達はその村でお世話になった。
あのご馳走の後、足りませんでしたか? と村の人に言われた二人は首を横に振る。エリーとイオリはあんなに食べられないと、普通の量をお願いした。ご馳走を用意していただいて申し訳ないけどと伝えると、村の人たちは残念そうにしながらも量を減らしてくれた。
旅立ちの前日に、エリーとイオリは食料の買い込みや道具の補充に向かった。
「食料品はどうしようかなぁ。砂漠じゃないし、日持ちはすると思うけど、少し湿気がなぁ」
「このガッチガチの保存食のパン入れておけば湿気吸うんじゃないか?」
「そうしたほうが良さそうね」
乾燥剤になりそうなものや、食料品を帰るだけ買った後、店主にお金は要らないと言われたが、エリーはきちんと金を支払った。あの黒い化物のせいで落ち込んだ経済からお金を外に持ち出すのは忍びなかったからだ。
その行為がどうやらさらに英雄視されたらしく、何人かは周囲の村々に噂を広めに行った。
「大変そうですね」
イオリ達は買った食料品などを貸りた家へと持っていくところだった。あの黒い化物からイオリが助けた女性が顔を見せてそう言った。
イオリは「そんなに重くないよ」と返事をした。
「いえ、そっちではなく。行く先々で声を掛けられて、いろんなものを渡されそうになって全く進めていないので。まだまだ村はお祭り騒ぎですからね」
事実、ヒドイときにはその場で何人もの相手をしたり、渡されるものに首を振ったりと貸家には全くたどり着けていない状況だった。
「あぁ……ははっ。嬉しいけどね」
「村のみんなを許してあげてください。本当に、みんな苦痛だったんです。私の家族も……食べられちゃいましたから。あっ……ごめんなさい。こんなこと言ってはいけませんよね」
イオリは複雑そうな表情で言った。
「もっと早く来られなくてごめん。魔王を倒して、早く平和を作るよ」
「魔王を? そうですか。頑張ってください」
「あれ、驚かないの?」
「はい。目の前であんなのを見せられたら、たとえ勇者でなくとも期待してしまいますよ。むしろ勇者様ではなく、あなた様に英雄になってほしい。きっと、私だけでなくみんなそう思ってます」
「あははっ、照れるな……」
「エリー様も頑張ってください!」
「様?! 私は、そんな」
呼ばれ慣れていないのか、赤面するエリー。イオリが笑うと、エリーは肘でイオリの脇腹をつつく。
「いてっ」
女性は仲がよろしいですねと微笑んだ。
――翌日。準備は整った。王国セトライアを目指し、二人は村へお別れを告げる。エリーはしみじみ言った。
「なんかいいね。こういうの。価値があったって、肯定されてるみたいでさ」
「でも俺達はまだ幹部を二人倒さなきゃならない。頑張ろうな」
「うん」
見送る人たちから少しずつ、二人の英雄の姿が小さくなっていく。
――旅を再開して一週間後、城壁に囲まれた王国『セトライア』が見えてくる。世界最大の王国であり、それを象徴するかのような天高くに伸びる城が圧倒的な存在感を見せる。高い城壁へと近づき、二人は門兵の検問を受ける。
「バッグを広げろ。なんの目的で王国へと足を踏み入れるのか言え」
少し高圧的な門兵の質問に、少しイラッとしながらもエリーは答える。
「ただの情報収集よ。旅をしているの。ギルドにも登録してるから。ほらこれ」
ギルドカードを見せるエリーとイオリ。門兵はそれを確認すると、どこかめんどくさそうに荷物の確認を終わらせ、入れと言った。
――広がる巨大都市の光景。様々な種族が行き交う白い街。赤みを帯びたレンガと白いレンガで舗装された道。市場の活気はその街のエネルギーを表していた。鳴り止まない足音と喧騒の中、二人は圧倒されながらも宿を探し始めた。
「わー……すっごーい。ミーニャが見たら絶対興奮するね。こんな大都市」
「そうだな。この人がごった返す感じ、なんか懐かしいよ。前の世界もこんな感じで騒がしかったけど、でも生活感がある」
二人は少し大きめの宿を見つけ、一部屋借りる。慣れた様子で部屋に入り、荷物を下ろした。イオリがベッドに仰向けで倒れる。もはや恒例行事のようなものだ。
「だぁー疲れたー。やっぱ旅の道中は疲れが溜まるよな」
「そうねー。正直私も結構……」
エリーもベッドに横たわった。目を閉じると寝てしまいそうだったから、目は開けたまま天井を見上げる。
「当分はゆっくりしよ? いつもどこかに向かってたから、たまにはこうやってだらけるのも大事」
「そうだな。どうする? このまま休むか、どっか行く?」
「んー……少しだけ仮眠しよ? 疲れちゃった」
二人はそのまま一つのベッドで並んで目を閉じた。




