三十三話 称賛
シェパンの振り下ろした上段の一撃。イオリはそれを真正面から逸れるように受け流した。衝撃波が遥か後方の地面を抉る――その硬直こそが隙だった。
次の行動はイオリの方が一歩早かった。剣を地面に突き立てたままのシェパンへ踏み込み、喉元を狙う。カラカラカラッ! と空間を穿って現れた骨腕が、イオリの剣を遮りシェパンを守る。
ほんの少しの遅延程度にしかならない。けれどそれはシェパンが攻撃範囲から外れるには充分だった。
姿勢を低くし、イオリの横腹へ剣を薙ぎ払うシェパン。
――カクッ。
シェパンは突如全身から力が抜け、彼は地面に膝をついた。
エリーは囁いた。
「フルール・ド・シエル――プレジール・ブラン」
「力が……!」
シェパンは自分を黒い化物の腕で真横に殴らせ、その場から退避するように吹き飛んだ。追い打ちをかけようとしていたイオリの剣が地面スレスレで止まる。家屋を破壊しながら勢いを殺したシェパンは膝立ちで体勢を整える。
「この花のせい、ということですか」
満開の花畑がゆらゆらと揺れる。シェパンの筋肉は弛緩し、全く力が入らない。無理やり魔力を流し込み、筋肉ではなく魔力で自身の体を動かしはじめた。
「あなたまでここまでの強さを会得していたとは。ただのヒーラーと侮りました」
「お褒めの言葉ありがとう。まだ未完成だけどね」
シェパンが地面を強く蹴り上げる。背後の家屋は嵐にでもあったかのように粉々に消し飛んだ。シェパンの大剣がエリーの首を捉える。寸前で地面に突き刺されたイオリの剣が、間に挟まりながら止める。
「言ったろシェパン。俺が生きてるうちはエリーに手出しなんかさせねぇよ」
「そのようですね。本当に厄介な」
シェパンは後方へと下がり、大剣を構え直す。
エリーを守るように立ちはだかるイオリもまた、剣を握り直す。互いに限界を突破する咆哮を上げ、激しく剣を打ち合わせた。シェパンとの攻防は熾烈を極め、弾け飛ぶ火花と二人の血が、赤い花びらを次々と散らしていく。
イオリがシェパンを超えた刹那、イオリの剣がシェパンの大剣を弾き飛ばす。
シェパンは歯を食いしばり、間髪入れずに大量の魔物の一部を空中に召喚する。両手の拳を握りしめ、魔物の物量と同時にイオリへと拳を叩き込もうとしたその時だった。
――突如、空中の召喚物が砂のように霧散した。シェパンは拳を握る力すら失い、表情から闘志が消える。彼は力なく、鮮血色に染まった花畑へと膝をついた。肺腑を絞り出すような深い息が、静まり返った戦場に漏れる。
「なるほど……花の魔法にはまだ先があったということですか」
シェパンを取り囲む花畑は鮮やかな赤色へと変化していた。シェパンは下を向いて自身の最後を悟った。エリーは強すぎる魔法の負担に倒れそうだった。
「フルール・ド・シエル――ルトゥール・ルージュ。二段階目の花の魔法。ルトゥール・ルージュが吸い取るのは魔力。だからあなたはもう……何もできない」
「……立派な騎士をお持ちのようですね。花の姫君。最後に御二方の名前をお伺いしても?」
「私は――エリー・フレンダ」
イオリはその剣をシェパンの首にそっと当てた。
「俺はイオリ・サトウだ。言い残す言葉は」
「御二方に惜しみのない称賛を」
シェパンの体が焦げるように崩れ去っていく。イオリは静かに剣を鞘へと収めた。チリ、と心地よくも寂しげな金属音が響く。赤い花びらが舞い散る中、力尽きかけたエリーの肩をイオリが支え、そっと抱き寄せる。
「お疲れ様エリー。大丈夫か?」
「ん……大丈夫。信じてたよ。私の英雄。それとも私の騎士って言ったほうがいい?」
「照れくさい呼び方をするなよ。イオリでいい」
「はいはい」
助けられた女性が駆け寄ってくる。
「すごい……! なんですかあの戦い! まるで……夢でも見ているかのようです。現実であんな戦いが起きるなんて……かっこよかったです!!」
見ていたのはその女性だけではなかった。骸骨兵も姿を消し、安全になった村から人々が恐る恐る外へ踏み出す。イオリたちの元へ駆け寄る足取りは震え、その瞳には涙が浮かんでいた。
「ありがとう……本当に、この地獄から……勇者様……!」
「俺は勇者じゃない。ただの無名冒険者――って」
彼らは順番にイオリの手を強く握った。
「では英雄様。我々の村を救っていただき、本当に……本当にありがとう御座いました……!」
村人たちは涙を流しながら、何度も頭を下げた。
イオリは照れくさそうに頬を掻く。
「俺達英雄だってさ」
「そうみたいね。みんな泣いて喜んでる。とっても気分がいいわ。でも動けないから宿を借りましょ」
村人が用意してくれたのは、この村で一番立派な家だった。すぐに食卓には溢れんばかりの料理が並べられ、住人たちは「ごゆっくり」と辞去していく。残されたのは二人きり。食卓には山のようなご馳走が並ぶ。保存食をベースにしつつも、村人たちが総出で腕を振るったのが一目でわかった。
エリーは山になったご馳走を見て吹き出してしまった。
「ふふっ。あははっ。いくらなんでも多すぎよっ。私たち二人よ?」
「ははっ、まぁ……こんなに食えないよな。リリスでも入れば良かったけど」
「ほんとよねー。もう少し一緒にいればよかったのに……ね、イオリ?」
イオリの手がエリーの首へ回る。隣にいたエリーは抵抗する間もなく抱き寄せられ、ふわりと彼の腕の中に収まった。
「へぁっ?! えっ、なに?!」
「やったな。俺達……勇者よりも先に、魔王幹部を一人倒したんだ」
「気持ち溢れちゃった? 仕方ないわね」
エリーは抱き返し、優しくあたまの後ろを撫でた。そっと、静かに触れながら小さな声で囁く。
「私も嬉しい。とても手強かったけど、目標に一歩近づいた。本当に……本当にかっこよかったよ。イオリ」
「そっちこそ」
ずっと、ずっとそばで見てきた。苦しんで、苦しんで。それでも立ち上がってくれた。いつも自分を守ってくれたその背中は――絵本の勇者よりかっこよかった。
「本当に……大好きよ」
言葉が喉を滑り落ちた瞬間、エリーは自分の失言に気づき、心臓が跳ね上がる。絶対に漏らしてはいけない本心が、音もなくこぼれ落ちてしまった。
「あっ、あっ……」
エリーは茹で上がらんばかりに顔を真っ赤に染め、パニックを起こしたように狼狽える。
「あっ! いやこれはっ! ちがくて……! そういうんじゃないの。ほんとにっ!!」
エリーはパニック状態でイオリを押し返そうと胸に手を当てる。距離を取らなければ、心臓が爆発してしまいそうだった。けれどイオリは逃がさないとばかりに、彼女の腰を抱き寄せて引き止めた。
「い……イオリ? ちょっと待って、なにをっ」
エリーの心臓はバクバクと音を立てる。瞬間的に思考が走る。口が乾いてないかなとか、キスのやり方ってどうするんだろうとか、目は閉じる? 開ける? など。
結局、考えるのは向いてないと悟ったエリーは静かに目を閉じた。
「んっ……」
やさしく触れ合うキス。それは短いものだった。名残惜しそうに離れる二人。エリーは手の甲で口元を隠しながら、潤んだ目でイオリを見上げた。溢れる感情が止まらない。
「イオリ……もう一回、して」




