二十七話 エルフの森
「ふぃー。あぶなかったのう」
リリスは降り注ぐ矢の雨の中を、まるでダンスでも踊るかのようにしなやかに体を捻り、すべて紙一重で避けてみせた。
「あんたのせいでしょうが!!」
エリーは範囲の外だったのか、無傷だった。彼女はリリスを責め立てるが、リリスはイオリを指差す。
「相方」
「イオリがどうしたって……?」
見れば、イオリの体に容赦なく三本ほどの矢が綺麗に突き刺さっていた。魔力ノイズのせいで感覚が狂っていた彼は、避けるタイミングを完全に誤ったらしい。「イオリ、死なないでぇ!」と涙目になったエリーが、慌てて『フルール・ド・シエル』の光を咲かせながら、その矢をスポンスポンと引き抜いていく。
あまりに緊張感のない状況に、木の上の男も戸惑っているようだった。
「こいつら……命が惜しくないのか?」
「――どうじゃろうなぁ」
木の上の男の隣にいつの間にかリリスが座っていた。
「こいつ!」
慌てて弓を引く男。リリスはツンッと男の片足をつついた。
「あっ」
男は木の枝から真っ逆さまに落下し――地面に激突した瞬間、首のあたりからゴキッという、およそ人間から鳴ってはならない嫌な音が響いた。エリーは少し気まずそうにしながら手を向けた。
「フ……フルール・ド・シエル」
――数分後。
「いやぁすまない。危うく死ぬところだった。まさか”自分から足をすべらせてしまうとは”思っても見なかった」
「あはは……そうねー」
エリーは気まずそうに同意した。
男はちょっと記憶が無くなっていた。クリーム色のシンプルな服装と、矢筒を下げた金髪の男性。耳は尖り、美形だ。周りのエルフ達も降りてくる。ある程度話を聞くとそのエルフの男性が確認を取る。
「なるほど。何者かに狙われて、自分の居場所も分からず彷徨っていたと。突然すまなかった。警告だけの予定だったが、そこの紫髪の女が止まらなかったものでな……」
イオリは手を差し出す。
「別にいいさ。お互い敵じゃないって分かっただけありがたいさ。それに俺達、今は行く宛もないからな。人に会えて良かった。俺はイオリ、あんたは?」
「私はジャーマン。エルフの森で警備隊長をしている。我々の森へ案内しよう」
――案内されたエルフの里は、天を突くような巨木たちに守られた幻想的な空間だった。美しい木造建築が立ち並び、まるで自然と都市が融和したかのような光景が広がっている。
違うことと言えば、遥か頭上、大木の枝の合間にも立派な家々が増築されていることだった。しかし見たところ、上の家に人の気配はない。
それを見上げて不思議そうにしていたイオリにジャーマンが説明をする。
「あそこは集会所で、あっちは祭壇さ。我々エルフが集まる時は、あの木の上の大建築に集うんだ。だから今は誰もいないのさ。特別な祭事の時だけ使うからね」
「へー……すげー。あっ、お金ってこっちでも使えるのか?」
「すまないが、君たち人間で言うところの通貨を我々は使っていない。物々交換が主だからな。しかし食料は心配するな。十二分にあるさ」
「だと……いいんだがな。一人とんでもなく食べるやつがいるから」
イオリの視線は大喰らいの魔女へと向いていた。彼女はお気楽に胸を張った。
「はははっ! 心配するな!」
イオリはコイツがエルフの人たちを困らせないか心配で仕方なかった。その後、ジャーマンに案内されるがままにエルフの森を見ていた時のこと。
ピタッ……とイオリが立ち止まる。リンゴを食べながら歩く一人の女の子もまたピタッ……と立ち止まった。互いに指を指した。
「「あぁぁぁあ!!」」
ジャーマンがその女の子に問いかけた。
「どうした? そんなに慌てて。あぁ紹介するよイオリ。私の娘のミーニャだ」
「ほー……ミーニャ……さっきぶりだなぁ?」
ミーニャは体を縮こまらせて怯えている。指先を当てながら冷や汗をかいて言い訳を必死に考えているようだ。
「あはっ、あははっ。なんのことかなぁー」
イオリから事情を聞いたジャーマンはミーニャを荷物のように持ち上げる。顔は満面の笑みだったが、その表情の奥には明らかに怒りが込められていた。
「いやぁすまない。まさかエルフの森を出て、人様を襲うとは。私の教育が足りなかったようだ。少し教育してこよう」
戻ってきたミーニャは涙目でふくれっ面。デカいたんこぶを三つほど作っていた。
「うぅ……だってオークだと思ったんだもん。遠目だったから分からなかったし、魔物の気配もあったから……あの辺を人が通るなんて思ってなかったし、ていうか私エルフ以外見たことないし……」
ゴツンと四発目。
「勘で弓を射るな! お前は家族を間違えて殺したいのか」
「うっ……ごめんなさい……」
エリーが止めに入る。
「まぁまぁ、この子ももう反省してるし、もうこんなことはしないだろうから許してやってよ。おかげで私たちはエルフの森なんて貴重な場所に来れたわけだし」
ぱぁーっとミーニャの顔が明るくなる。
「ありがとうエリー! 私この人好き!!」
「きゃっ! ちょっと抱きつかないでよ……」
仲良くなったようで何よりだと円満なタイミングでリリスが手を上げた。
「妾は腹が減ってきた」
「はぁ? もう? 嘘でしょ?」
そして……バクバクバクバク! エルフ達が好意で用意してくれた大盛りのパンや干し肉を、もの凄い勢いで平らげていくリリス。『十二分にある』と豪語していたジャーマンの顔から、みるみる血の気が引いていく。
あまりの遠慮のなさと底なしの胃袋に、エリーもイオリも、そしてジャーマンも開いた口が塞がらなかった。
「ふぃーくったくった」
食べ終わるとその場に寝転ぶ。なぜかイオリとエリーはジャーマンに謝った。この厄災はまるで自分たちの責任ですとでもいうように。
「ははは、はは……いやいい。大丈夫。狩りをする量が増えるだけのこと」
日は沈み、空き部屋を使わせてもらった三人。しかしなぜかミーニャも中にはいってくる。
「おじゃましまーす。一緒に寝てもいい? お客さんなんて珍しいし」
エリーは「いいわよー」と返した。それぞれベッドに横たわる中、エリーは何食わぬ顔で、当然の権利とばかりにイオリのベッドへと滑り込んだ。ごく自然に隣に収まったその様子を、ミーニャとリリスがじーっと凝視している。
「ねえリリスお姉ちゃん。これって普通?」
「んなわけないじゃろ。常識人ぶっといてナチュラルにすごいことするの。ミーニャもいるんじゃから盛るなよ?」
エリーは飛び上がった。
「違うわよ?! なんていうか、そう! いつもこうだったから!!」
リリスはジト目で呆れるように見つめた。
「……余計誤解を生んでどうする。まさか誤解じゃないのか? しかし匂いは……混ざっとらんのだがなぁ」
ミーニャはくいくいっとリリスのローブを引っ張った。
「私これでも成人してるよ? エルフだから見た目とか精神年齢幼いだけで」
「あぁ、じゃあよいか……眠るから大きな声は出さんようになエリー。妾達は背中を向けておくのでな。あまり盛ると我慢できずに混ざるからの。注意せいよ」
エリーは暗闇でも分かるほどの赤面を見せた。
「違うって、言ってるでしょ!? しないから! ぜーったいしないからぁ!!」




