二十五話 原初の魔女
「ゴキュッ、ゴキュッゴキュッ――ぷはぁー!! いやぁすまんのう!」
渡された水を遠慮なく飲み干す。イオリは口を開けてもはや言葉も出ないという顔。それでも絞り出した文句。
「こいつ……ありとあらゆる食料食っていきやがった」
「いやぁほんと美味かった美味かった! 妾にこんなもてなしをしてくれるなんぞ褒めて使わすぞ?」
小さいローブのそいつは膨らんだお腹をローブの上から撫でて満足げにアピールする。イオリは頭を抱えながらどこか諦めた様子で言った。
「あぁーはいはい。マジでなにもんだよ。さっき生肉そのまんま食ったぞ……塩漬けしていたとはいえ……」
「あれはちと味が濃かったなぁ」
「一度に食べるやつじゃないからな!!」
「何を怒っておる。美味かったぞ?」
「俺の勘が言っている。こいつは話が通じないタイプだ。くそっ……クレーマーを思い出す」
「クレーマー? なんかよーわからんが本当に助かった。そっちの娘はもう諦めたようじゃぞ?」
エリーはすっかり薄くなったカバンを見つめた。そして空虚な独り言がボソッと口から漏れた。
「……豪遊」
そのちっこいのは長く細い木の棒で歯の汚れを落としながら呟いた。
「さて、お礼でもしたいところじゃが……ん? お主……この世界の人間ではないの。転移者か。しかし勇者ではないようじゃが……」
ぐいっと顔を近づけるちっこいの。イオリが言葉を失ってその美しい造形に見惚れていた。それはいとも簡単にそのちっこいのに悟られる。
「ん、お主今――妾に見惚れたな?」
「ぐっ……」
正直とてつもなくかわいいとイオリは思ってしまっていた。紫色の髪に同色の瞳はどこか妖艶に輝いている。近い距離で見せられる幼さの中にある艷やかさは男の心を掴むには充分過ぎる。
彼女はイオリの頬に指先を当ててなぞっていく。唇が触れそうな距離で甘く誘う。
「メシの礼に一晩相手をしてやろうか? 妾はすっごぉーいからの」
一瞬の打突がイオリの腹部にクリーンヒット。イオリが腹を押えながら悶える。
「かはっ……なんで俺……」
「鼻の下伸ばしたでしょ、正直に言ってみな」
「伸ばしました」
グギギッと歯ぎしりをし、拳を震わせながら涙目を浮かべるエリー。
それをキョトンと眺めるちっこいのは言った。
「お主らはつがいというわけでもないのじゃろ? 何をそんなに慌てておる」
「はぁ?! なんでそんなことあんたに分かるのよ」
「匂いが混ざっとらんからの。交わってたら匂いがお互いからするもんじゃからなぁ」
指で輪っかを作って、もう片方の手の指を出し入れする彼女に対し、カァーッと赤くするエリー。
「なっなっ……! もうなにこの子!!」
「よいしょっと」
ちっこいのは、エリーにボコされたイオリにまたがった。伸びているイオリの上半身を指でなぞっていく。
「んー、ふむふむ。やはり転移者じゃが……しかし変じゃの。お主なぜ魔力がない。むー……ははーん分かったぞ。あの女神間違いおったな。しかも無責任に捨てたと見える。今度下界に降りてきたらお灸を据えてやらんとな」
そっと彼女は体を前倒しにする。魔女服がだらりと垂れ、その中の裸体がイオリの視界へと飛び込んでくる。圧倒的物量に瞳孔が開く。
「釘付けか。察するに経験もないと見える。まぁ妾の美貌なら仕方がないがの。キャハハハッ」
ふにっと胸を押し付ける。
「おうおう。心臓の音が早くなって場所が分かりやすいわ」
イオリの心臓のところに手を当てる。
「よいか? 動くなよ」
「は?」
――ズプッ。
彼女の手がイオリの体の内部へと入っていく。そっと心臓を撫で回す。
「よかったのぉ。私に心臓を撫でられるなんて、普通は体験できんぞ?」
――ドクンッドクンッという心臓の鼓動が彼女の手の中で脈打つ。刻印が心臓を覆い尽くしていく。さらに強く心臓が脈打った瞬間――ギュポッと手を引く。
彼女は小さく微笑みながら苦しそうなイオリを見下ろしているが、エリーにまるで子供のように抱っこされて持ち上げられる。
「――ほわっ!」
「ちょっと……! 今あんたイオリに何を」
イオリが突然飛び上がり、地面に両手をついた。深刻そうな顔で冷や汗をかいている。瞳孔が揺れ、息が荒い。腹の底から気持ち悪さがこみ上げてくる。
「っ……オエッ!!」
イオリは自分の口に手を当てた。そして……ドババッ! と大量の吐瀉物を撒き散らす。息を切らし、また嘔吐する。ちっこいのはエリーに持ち上げられぷらんぷらんしながら言った。
「ひどいのぉー。原初の魔女からのあっつーい愛撫じゃというのに――ごへっ」
原初の魔女はエリーに放り投げられる。そしてエリーはイオリに近づいて背中をさする。
「イオリ……イオリ? 大丈夫?! どうしたの? 気持ち悪いの?」
ギロリと原初の魔女を睨みつける。もはや殺意まである。命の危険を感じた彼女は必死に弁明する。
「待て待て待て!! 妾良いことしたはずなんじゃが?!」
「はぁ? いいこと? イオリが苦しがってるじゃない! 何したのよ言いなさい!!」
「ひえっ……最近の若いのは怖いの……」
足元の土に指で何かを描くように遊ばせる。まるで拗ねた子供だ。
「ただ女神の仕事を代わりにやっただけじゃよ。さすがに女神のように特別な力をっていうのは無理じゃったが、魔力回路を無理やり作ったんじゃ。後天的に作ったからの。その新しい感覚に混乱しとるだけじゃ」
「魔力回路を作った? そんなこと……」
彼女は自身のでかすぎる胸を大きく張りながら、自分の優秀さを象徴するかのように言った。
「妾は原初の魔女じゃぞ? そのくらい朝飯前じゃっ! と、言いたいところじゃが初めてじゃな。多少無理をすればというとこじゃ」
「本当に原初の魔女なの? でも原初の魔女なんておとぎ話の世界の……」
「おとぎ話が実話ではないと、だれが決めたのじゃ? まぁ妾のことなんぞどうでも良かろう」
「……そうね。今はそれどころじゃないし……フルール・ド・シエル」
その花を見た時、原初の魔女がどこか珍しいものを見たかのように口を開ける。
「ほー……フルール・ド・シエル。ちなみに無意味じゃ。酒に酔ってゲロ吐くようなもんじゃからな。傷ついておるわけではない」
花が虚しく散る。
「じゃあ、イオリが慣れるまでこのままってこと?」
「強い酩酊感はすぐ消えるじゃろ。当分は感覚に慣れないじゃろうが」
再びイオリが嘔吐する。背中を擦り、イオリが回復するのを待った。




