二十四話 奇襲
翌日の昼頃。馬車は目的の分岐点へとたどり着いた。荷馬車の向こうから商人のおじさんの声が二人に届く。
「おーい。兄ちゃん達。悪いがここでお別れだ。俺ぁこっちの道を進まなきゃならねーんでな」
二人は馬車から降りる。イオリが彼と握手する。
「いや、むしろありがとな。タダで乗っけてくれて。歩いてきたらもっと時間かかってたし。このへんなら少しずつ緑化してるみたいだし、旅としては楽になる」
「そうか? そう言ってもらえると助かるぜ。ほんじゃ頑張れよ。お前達が魔王を倒すことを期待してるぜ。またどっかであったら乗せてやるよ。じゃあな」
硬い握手が解けていく。二人は馬車が見えなくなるのを確認すると、歩き出した。枯れ木が増え始め、次第に足元に雑草が顔を覗かせるようになる。日中でも砂漠ほどの暑さはなく、とても歩きやすい。
パンパンの荷物をイオリは少し大変そうにしながら位置を直していた。大荷物だけあってか、リュックが肩に食い込んでいく。
「やっぱ重いな」
「ごめん、やっぱ買いすぎた?」
エリーはどこか申し訳なさそうにイオリの顔を覗き込むように言った。
「いや、トレーニングにはちょうどいいさ。どうせ一週間はこうして歩いて旅をするわけだし、次第に減っていくだろうしさ。だんだんと楽になるんだから、そんなに気にすることじゃないって」
歩みを進め、風景が緑化するにつれて、魔物の気配も増えてくる。木の上からカサリと物音が聞こえた瞬間、イオリは敵襲を察知してリュックを素早く地面に落とした。複数の小型モンスター。猿のような見た目だが、外皮がすべて木の皮のようになっていた。
「キィー!!」
という甲高い鳴き声を発生させながら襲いかかる。しかし、すでにイオリにとってこんな小物など相手にならない。居合の構えを取ったイオリに飛びかかったその小型モンスター達はすれ違いざまに一刀両断され、死骸が二人の背後に転がる。
エリーが近づいてその小型モンスターを確認する。何か利用価値があるだろうかとその外皮に触れる。
「んー……食べられなさそう。焚き木として使うには……ちょっと嫌……」
「なら行こうぜ。通り雨にでも遭ったとでも思って、気を取り直して先に進めばいいさ」
「そうね。ごめんね」
そう言ってエリーはイオリの隣へと駆け寄った。その瞬間だった。ヒュン、という鋭い風切り音が森に響く。エリーが反射的にその方向へ視線を動かしたときには、彼女のこめかみに向かって一本の矢が寸前まで迫っていた。
「え――」
弓矢とエリーの間に挟み込むようにイオリの剣が弧を描く。弾かれた矢が背後の大木へと刺さった。
「どうする、エリー」
「……追いかけましょ。このまま放置してまた襲われたんじゃゆっくり眠れないから」
二人は森の中を颯爽と駆け始める。元々森で狩りをしていた二人は茂みや枝などの障害物をなんなく避けていく。しかし、一向にその本体へと追いつけない。その小さい本体がバッ! と突然ジャンプした。
それを追いかけ、森の先へ出たイオリとエリーは唐突に浮遊感を覚える。
チラッと下を見ると――崖になっていた。
「ひゃぁあああ!! なんとかしてイオリ!!」
「俺?! 生身の剣士に対して?!」
イオリは考える前にエリーを抱きかかえる。少し遠くで落ちていく小さい何かはバッと布のような物を広げて空気抵抗を生み、少しだけ緩やかに落ちていく。
イオリは斜面になっていた崖にかかとをつける。ギャリギャリ!! っとかかとと岩が激しく擦れ合って削れていく。
「あっつつつつ!! ていうか足首折れる!」
「フルール・ド・シエル!」
「わー、ありがてー。とんだけ足首が逆方向に曲がっても元に戻るわぁ」
「ボケてる場合じゃないでしょ!!」
地面が近づく。直前でイオリは体を下にして背を地面に向けた。フルール・ド・シエルがあるのなら無理ができると踏んだのだ。エリーを抱きかかえるようにして地面と衝突する。
イオリはクラクラと意識を飛ばしていた。エリーは心臓を押さえるように胸に触れる。
「はぁ……はぁ、死ぬかと思った……もうなんでこんな目に。まぁあんたよりはマシだけど」
追跡を諦め、イオリが目覚めるのを待ちながら地図を広げる。
「んー、変ねー……この辺りは地図が載ってないみたい。途切れてるというより、わざと空白みたいな……」
あらかたの予想をして、落ちていた時の景色を頭の中に再現する。
「崖を登るか、奥のほうが少し低くなっていたから道があるかも。そっちに行けば元のルートには行けるかもだけど……あるいは、さっきの逃亡した小さい何かを追いかけるのもアリだけど……」
ペチペチと、優しくイオリの頬を叩く。
「いつまで寝てんのよ。あんたが寝てたら襲われた時点で負けるのよこっちは」
「ハッ……生きてる」
「安心して、私の花があなたを絶対に生かすわ。死刑になっても安心ね」
「その例えいる? 死刑になることなんてそうそうないだろ……悪いことしないし」
イオリは立ち上がって荷物を背負い直す。二人で相談した結果、先程の逃げた奴を追いかけることにした。エリーは、リュックから紙とペンを取り出し、真っ白な紙に進む方向を書き始める。地図がないので自分で作るしかない。
「ねぇイオリ。さっきの子を追いかけてる時、何か見えた?」
「あぁ、少しだけな。後ろ姿だけだったけど子供っぽかった。しいて言えば……耳が尖ってたな」
「そういえば私も尖ってるのよね。少しだけだけど」
「それ気になってたわ。エルフなのか?」
「エルフ? 聞いたことはあるけど見たことないわね。聞いた話だとうちの両親は人間だったらしいわ」
「へー……」
じーっとイオリはエリーの耳を観察している。エリーは少し恥ずかしそに耳を手で隠す。
「まぁ祖父母は分からないけど。エルフだからなんだって話だけどね。特別な力があるとかでもないみたいだし。獣人なら話は変わってくるんだけど」
――会話を続けながら森を進んでいたが、前方に奇妙なものを見つけて二人の足が止まった。真っ黒なローブに身を包む、とてもこじんまりした何かが地面に横たわっていた。見た目は、ぶかぶかの魔女服を纏った子供のようだった。
「……なんだあれ」
「さぁ……? さっきの子じゃないみたいだけど」
そのこじんまりした何かは呟いた。
「お腹空いた……」
二人が互いに顔を見合わせる。エリーがため息をついた。
「仕方ないわね。助けるわよ。ほら、そこのガキンチョ。食べ物分けてあげるから顔を上げなさい」
「ほんとか?! 妾感激!! お主らちょーいい奴じゃの!!」
パァーッと顔を輝かせてフードを跳ね上げた、ローブの女の子。頬には奇妙な紋様があり、紫色の濃い髪が肩へとこぼれ落ちる。ローブの上からでも分かるデカい胸。髪色と同じ色を持つ、その瞳は潤んでまるで子犬のようにイオリとエリーを見上げる。




