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二十三話 砂漠の馬車

 昨日の商人のおじさんが馬車の荷台に荷物を詰め込んでいる最中だった。彼は、イオリ達に気がつくとその手を止めた。


「おっ、来たな。ん……これまた大荷物だな」


 商人のおじさんがその視線をイオリ達の荷物へと向けていた。エリーが申し訳無さそうに答える。


「悪かったわね。減らしたほうが良いかしら?」


「いやいい。多分乗るだろうからな。俺ぁ東に進んだあと、途中で北に進んでルチプルっていう大国に行くんだが、そっちはどこに向かうんだ?」


「そうね……私たちはそのまま東に進んでセトライアを目指すわ」


「あぁ……あの王国か」


 背を向け、積荷の整理へと戻りながら商人のおじさんはそう言った。エリーは自分の荷物を地面に下ろすと、地図を確認しながら言葉を返す。


「ええ。あそこには最大級のギルドもあるし、情報も集まりやすいでしょうから。それに……もっと強くならないと。あそこならもしかしたら強くなるための手がかりがあるかもしれない。最高峰の魔法協会もあるから」


「ほう、スカルドラゴンを倒しておいてまだ強くか。冒険者ってのは常に上を目指すもんだな。しかしなんでまた力不足を?」


「目標がね、高いのよ」


「目標? ギルドマスターになるとかか? 貴族になるとか」


「魔王をぶっ倒すの」


 荷物を運び入れる手をまた止める商人。そしてその宣言に、声高らかに笑い声を上げた。


「だはっ、だははははっ! マジかよ! 勇者も現れたってのに」


「なによ、別にいいでしょ?」


「あぁいや悪いな。バカにしたかったわけじゃねぇ。別にいいじゃねぇか。勇者を差し置いて魔王討伐。常識に逆らうなんざ……断然お前らのことを応援したくなったぜ。さ、乗りな。途中までだが送ってくぜ」


「そうさせてもらうね。乗ろっ、イオリ」


 エリーはイオリの手を握って馬車の荷台に乗り込む。多くの商業品に囲まれながら馬車が揺れ始める。砂漠仕様なのか、車輪が取られることなく馬車は砂漠地帯を進む。


 荷台の中は薄暗く、時折荷台に掛けられている布がめくれて光が入ってくる。エリーは手で自分の顔を煽っていた。


「結構……暑いわね」


 エリーの体に汗が滲み始める。


「なに? じっと私見て……」


「いや……」


「なによ。言えばいいじゃない」


「エリーの汗っていい匂いするよな」



 一瞬の静寂。次の瞬間、エリーの顔がボッと真っ赤に染まった。


 ――ボトッゴロゴロゴロゴロ。


 イオリは砂漠の上に蹴り落とされ、砂の上を何回転もしながら遠ざかっていく。


 ――そんなことに気づかず商人は馬車をゆっくりと走らせる。後ろから叫び声が聞こえ、彼は「なんだ……騒がしいな……?!」と、少し身を乗り出して背後を確認した。


「うぁああああ!!」


 イオリが必死こいて全力疾走していた。


「うおっ、あんちゃん?! なんで走ってんだ! トレーニングか? そうか……おじさん感動したぜ。ハッ!」


 パシンッ! と馬の手綱を叩く。馬は蹄の回転速度を上げていく。イオリは困惑しながら叫ぶ。


「なんで速度上げた!?」


 十分後。商人のおじさんは謝罪する。


「いやぁ悪い悪い。てっきり修行しているのかと」


「これが修行中の……はぁはぁ、顔に見えました……?」


 汗だくで荷台に乗り込んだイオリは、ジトーッとエリーの顔を見る。


「エリー……満足か?」


「もう一度蹴り落としたいくらいよ」


「なぜ?! 褒めたのに!」


「――おすわり」


 イオリはシュッ! と素早く正座をする。


「あのねイオリ。汗の匂いなんて恥ずかしいんだから。感想なんて言っちゃダメなの。分かる?」


「はい……分かりました……」


「次言ったら可哀想だから突き落とすのはやめてあげる。でも次は縄でくくりつけて引きずるからね」


「過酷度あがってね?」


 イオリは横になりながら、疲れ果てた体を休ませた。歩いてここを進むよりかは断然快適だ。日陰であるし、歩かなくていい。速度も申し分ない。それから半日が経過すると、馬車が速度を落とし始める。空は赤色に染まっている。


「今日はここで野営だ」


 商人のおじさんは荷台から焚き木を取り出す。冷え込んだ砂漠で焚き火の準備をする。パチパチッと焚き火の音が静かな砂漠で心地よく溶けていく。


 エリーは用意した高めの牛肉、ハーブ類と贅沢なダシを使ってスープを作る。日持ちするジャガイモなどの野菜も一緒にコトコト煮込んでいく。


「はい。イオリ。あとおじさんも」


 おじさんとイオリはスープを受け取る。木の容器に移された牛肉のスープは、ほのかな酸味とハーブの香りが鼻をくすぐる。二人はスプーンでそれをひとすくいし、口へと運んだ。その瞬間に広がる、溶け出した肉の脂の旨味。汗をかいて消えた塩分を補充するがごとく調整された塩味とレモンの刺激。


「「うまぁぁぁあ!!」」


 二人の絶叫のような感想が砂漠の遥か遠くまで響く。遠くの小さなうさぎが立ち上がって耳をピクピクさせるほどだ。


 エリーの口元の緩みが止まらない。本人はなんとか口を元に戻そうとしているが、さぞかし嬉しいのだろう。いっこうに戻る気配がない。


 エリー自身も器に移して、空気を混ぜるようにスープを吸い込んだ。パッと目が開く。


「おいしい……」


 ニコニコでご機嫌。イオリとおじさんはうまいうまい言いながら口にどんどん運んでいく。熱いと分かっていながらも、二人は食べる手を止めることが出来ていなかった。


 エリーは頭の中でレシピをもう一度思い返す。そしてしっかりと記憶する。


「イオリの好物が増えたわね。また今度作ってあげよっ」


 と小さく呟くと中のお肉にスプーンを伸ばした。


 ホロッ……と溶け出す牛肉。ただでさえ美味かった脂がじゅわっと口いっぱいに広がる。ぼわ~っとエリーの周りに花でも咲くような、幸せそうな表情を浮かべていた。


 その後、三人はごちそうさまと手を合わせる。貴重な水を節約しながら洗い流し、寝る準備を整える。商人が熱の残りやすい魔力が練り込まれた炭を投げ入れる。それは内部を少しだけ赤く発火させ、焚き火をより管理しやすくしていた。


「そんじゃお二人さん。おやすみ。明日は日が昇り始めたら出発だ」


 二人は「はーい」と返事をしておやすみと言った。

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