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二十二話 おんぶ

 二人を囲むのがやっとの小さな蕾畑。エリーはイオリの体に頭をつけながらまるで祈るように呟いた。


「こんなとこで死ぬようなバカじゃないでしょ」


 蕾が次々と咲いていく。一輪、二輪。小さな花畑の中で、エリーの震える声に反応するように、イオリの瞼がゆっくりと開いた。焦点の合わない目でエリーを見つめると、そっとその頬を撫でた。


「おはよう。いつも俺は助けられてばっかりだな」


「ほんとよ……心臓に悪いんだから」


 横たわったままのイオリに抱きつくエリー。花びらが舞っていく。エリーは長く抱きしめ続けた。イオリもただ、それを受け入れ、片方の腕を上げてエリーの背中を撫でて囁く。


「泣くなよ。生きてたんだから」


「――怖かったんだもん。イオリを失ったんじゃないかって」


「俺がエリーを残して死ぬわけ無いだろ。って、助けられておいて言うセリフじゃないか」


 耳元でエリーは「バーカ」と呟いた。長い時間の後、エリーは少しだけ距離を離す。顔と顔が互いを見つめ合う。


「イオリ……ひどい顔」


「人生で一番死にかけたからな。そっちだって泣き顔じゃんか」


「あんただからよ。あんたが……生きてたから」


 エリーは顔を近づける。唇が触れそうな距離で止めた。ドクン、と自分の心臓が跳ねる。これ以上はだめだと理性が告げていた。代わりにコツン……とおでこを当てる。言いたかった言葉を飲み込む。


「さっさと起きなさいよ。私はもう限界なんだから」


「もう少し……寝たい」


「仕方ないわね。あとすこしだけ、すこしだけだからね」


 エリーはそのままイオリの上に覆いかぶさった。イオリを大事そうに頭をすりつけるエリー。数分ほど過ぎて、エリーはその場から転がるようにイオリと距離を離した。それくらい彼女自身も限界だった。回復しきっていないにも関わらず魔法を酷使したのだから当然だった。


 一方、起き上がったイオリはシェパンが残した剣と、スカルドラゴンの骨の一部。そしてコアの一部を回収するくらいの元気を見せていた。そしてバッグを抱っこする代わりに、エリーを背におんぶして歩き始める。



「エリーって結構軽いよな。そんなにおんぶしたことないけど」


「そう? イオリはめーっちゃ重い。日に日に重くなって大変よ。あんたよく倒れるし」


 イオリは申し訳なさそうに謝る。


「すいません……」


「バトルならまだいいわよ。でもお酒で倒れるのは、たまったもんじゃないからね?」


「ほんと、すいません……」


 エリーはむぎゅっと、自分の胸を押し付ける。ほんの少しだけのアプローチ。少しだけ……イオリの鼓動が速くなったのが聞こえる。エリーは口角を上げる。


「まっ、たまにはこうして背負われるのも悪くないわね。あんた私がいなきゃ何回死んでたんだか」


「感謝してるよ。エリー」


「当然よ。世話するって決めたんだから」


「ペットか何かですか?」


「さぁね。あんたが死ぬのなんて見たくないだけ。かもね」


 本当の気持ちをそうやって隠した。けれど――前よりも前向きだった。


「ねぇイオリ」


「んー?」


「またちゅーしてあげよっか?」


 背負われていたエリーの体がグラッ! と揺れる。


「ひゃっ!! ちゃんと歩きなさいよ!!」


「お、おおおお、お前が変なこと言うからだろ?!」


「そんなに慌てるなんて、まさか経験ないのぉー?」


「なんだよ……悪いかよ」


「えっ」


 エリーは言葉を失った。てっきり、ラナとそういう関係だと思っていたからだ。


「なんだよエリー……黙り込んで」


「ううん。なんでもない」


 少し問い詰めたかったけど、エリーは口をつぐんだ。少し上機嫌に耳元で囁く。


「さっきのは冗談よ。バーカッ」


 イオリが全力疾走。


「わっ……! ちょっ、バカっ、いきなり走らないでよっ! バランスがっ」


「はははっ!! 俺をおちょくった罰だ!!」


「ふんっ!」


 エリーはイオリの首に腕を完全にロックし、はずれないようにする。


「どう? これでもう……」


 ――数秒後。地面に横たわるイオリと、涙目で「ごめーん」とほっぺをつつくエリーの姿があった。



 そんな冗談のやり取りを終えて、ギルドハウスへと到着する。


「依頼終わらせてきたわよ。位置は地図のここ。証拠の品もちゃんと持ってきたわ」


 スカルドラゴンの骨とコアを渡す。受付嬢は鑑定魔法を発動し、間違いなくスカルドラゴンのものであることを確認する。


「はい。間違いありませんね。お疲れ様でした。本当に助かりましたよ。ご無事でなによりです」


「あはは……無事、ねぇ……」


 不安を煽らないためにも、魔王幹部が現れたことは黙っていた。どちらにせよあの様子だと、私たちのような一般の冒険者にはこれ以上興味がないのだろうから。。


 依頼を受け取った二人は質屋へ。シェパンの置いていった黒い剣を売りさばいてやろうと思ったのだ。


「ほう……珍しい剣だ。剣としての完成度は高くないが……素材としては特殊でとても貴重だ。この額でどうだ?」


 金額を見せられた二人は目を丸くする。袋いっぱいに詰まった金貨を握りしめ、二人は気持ちよく街を散歩する。


「不幸中の幸いね!! あーんなのに出会っておいて無事だっただけじゃなく、こんなに報酬もらえるなんて。これで貧乏冒険者じゃなくなったわっ!!」


「何食う? またあの店行って豪遊するか?」


「いいね! 行こっ! イオリ!!」


 以前の酒場にて。イオリが酒を頼む。エリーはその酒の量をメモ帳に書き写す。


「イオリ。あと四杯までね。そっから先はブレーキ効かなくなるんだから」


「はーい」


「よし。いい子ね。スカルドラゴン討伐完了を祝って、乾杯!」


 イオリの頭を優しく撫でながら自分のぶどう酒の入った木製ジョッキを差し出して、彼のビールのジョッキに当てた。イオリは当て返すと元気よく声高々に乾杯と言った。


 ごくっごくっごくっと麦の風味と炭酸がイオリの喉を刺激していく。


「っぷはー! うめぇー!!」


「ほんとねー……」


 エリーはぶどう酒をゆっくりと飲んでいた。少しぽわーっとさせながらイオリにまた演奏してきてよとお願いする。


「そうだなぁ。酔ってないうちに一曲弾いておくか」


 周囲の客が待ってましたとイオリをおだてる。そして酒場に流れるイオリのピアノ。隣のテーブルのおじさんたちがエリーに声をかけた。


「よっ、さっきちらっと聞こえたんだがあんたら……スカルドラゴン倒してくれたんだって?」


「ええ。そうよ。もう大変だったんだから」


「ほんっっっと感謝するぜ! ずっと封鎖されてて回り道するかと本気で悩んでたんだ。方向が同じなら途中まで送ってくぜ。俺は商人だからな。荷台に二人分くらいのスペースはある」


「ほんと?! じゃあ甘えようかなー」


「おうよ。こんないい音楽もタダで聞かせてもらってるしなぁ。明日の正午前だが大丈夫か?」


「いいわよ。私たちも食料買い込むだけで終わりだから」


「よっしゃ。んじゃあ明日東口で落ち合うぜ嬢ちゃん。乾杯」


「乾杯」


 ――そして翌日。


「なぁエリー。こんなに食料買う必要あったのか?」


「……仕方ないじゃない。なんか、お金がいっぱいあるから何でもかんでも買いたくなったのよ」


 どこか早口でそう言い終えると食料を持って東口へと歩幅を早める。ぷいっと顔をそむける。


 ――イオリに美味しいものをいっぱい食べさせたいとは口が裂けても言えなかった。

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