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十六話 ミキュー

 二人は依頼書を見ながら聞き込みを開始する。複数人への聞き込みでやっと宛が見つかる。


「あー……それならわしの畑だよ。段々と広がり始めてきてね。気づけばわしの畑どころか他の畑にもどんどん被害を出す始末さ。ここから大体……四から五キロほど離れたところかな。一番近い被害場所は」


 エリーは彼に地図を見せる。


「どのあたりなのか指さしてもらえる?」


「このあたりだね」


 二人はさっそく、教えられた場所へと足を運んだ。数キロ進み、地図とにらめっこしながら周囲へ警戒する。


「エリー、確かこの辺だよな」


 イオリの言葉を聞きながらエリーは地図を注意深く確認する。


「うん。そろそろのはず。あのおじさんが言ってた一番近い畑っていうとたぶん……もう視界に映る場所のはずだから。この時間帯にうろついてるかは分からないけど……」


 背を低くし、慎重な足取りで進む。少し丘になった森が遠くに見えてくる。太陽がその森の影を畑へと落としていた。


「キュキュッ」


 小さな鳴き声。イオリはピクリと足を止め、手でエリーを制した。そのままじっと耳を澄ませ、気配からおおよその数を予測する。道を挟んだ向こうの畑。背を低くしているせいで視認がしづらい。そのうえ食い荒らされた野菜の残骸などが邪魔になっている。



 ――音からしておよそ百はいる。


 イオリは小さくため息をついた。少し顔を上げると、腐敗した魔物があちこちに散らばっている。食い荒らされた作物の山の中で蠢く白い何か。


 出来るだけ被害を出さないように片付けたい。せめて村には逃げないように。そう決めたイオリは、多少の傷を負う覚悟を込めてエリーに視線を送る。


 ――防御をできうる限り捨て、速度で圧倒する。


 その無茶な意図を察した彼女は、小さく眉をひそめながらも、力強く頷いた。


「フルール・ド・シエル」


 畑が蕾で覆い尽くされる。四足歩行をしていたミキュー達が違和感で立ち上がった瞬間、すでにイオリはその背後へと踏み込んでいた。銀閃が一閃、遅れて数体の首が畑へと転がった。


 ミキュー達が唸りを上げてイオリへと波のように押し寄せる。イオリは剣を構えた。切先が一匹の首へするりと入る。無数の剣筋がまるで行く手を阻むようにその波を捌いていく。切られたミキューが宙を舞う。血しぶきが、視界を汚す。


 処理しきれない鋭い爪がイオリの体を切り裂き、血飛沫が舞う。ちりつくような痛みが走るが、イオリは歯を食いしばり、剣を振ることをやめなかった。


 イオリが最後の剣を地面へと突き刺した。ミキューとその血の雨がボトボトッ……と静かに落ちていく。


「はぁ……はぁ……」


 息切れをするイオリを尻目に数体のミキューが背を向けて走り出した。種の生存。それを優先したからだ。食い荒らされた作物の残骸が舞い上がる。


 エリーがポンッとイオリの肩を叩く。


「行くよイオリ!」


 その合図で二人は駆け出し、逃げていったミキューを追う。


 わざと殺さずに逃がしたミキューたちが森の中へと入っていく。見失わないように後を追いかけた二人を、鼻を突くような強烈な腐敗臭が襲う。


 ミキュー達が巣穴へと入っていく。その近くには大きな荷馬車が見つかった。少し視線をやると骨になるまで食い尽くされた馬と、人。


 イオリはギリギリ人が入れるくらいの巣穴へと即座に飛び込む。エリーもそれに続いて中を確認すると、ボソッと小さな声が漏れた。


「ここは……どうやって」


 エリーはあまりにも広い地下空間で、呆気にとられていた。いくつか開けられた地上への穴から、光が差し込んで巣穴の現状を映していた。まだ中に残るミキュー数百体が彼らへ赤い瞳を向けている。イオリは剣を構えた。


 ――イオリに広がる静かな感覚。肌がピリつく。


 深く、深く息を吐く。迫りくる物量に、怖気づくことはなく。ただ、その剣を振るのみ。無数の剣筋がミキューの首を捉えていく。息継ぎはしない。


 背後には死体の山だけが積み上げられていく。一匹のミキューが天井へと駆け出し、そこから勢いをつけてイオリの頭上へ。イオリは半歩だけ下がった。逆さに落ちていくミキューと視線が重なる。


「キュッ……」


 刃がミキューの首へと当たる。



 ――ピッとイオリは剣についたミキューの血を振り落とした。静寂が戻る。ミキューの猛攻をすべて斬り伏せた。もう生きているミキューはいない。残骸の山で、イオリは剣を鞘へと収めた。この巣穴において、ただの一つも――蕾が開くことはなかった。


 二人は奥の小さな空間へと足を運び入れた。目にしたのは大量の宝石達だった。億万長者とまでは行かないが、かなりの金額になるだろう。



 ――二人は馬車の確認をするために外へと出てきた。まずイオリが足場になってエリーを地上へと出す。地上に出たエリーがそっと手を差し出し、イオリの腕を掴んだ。


 骨になった馬を優しく撫でたエリー。イオリは馬車の持ち主であろう人骨を漁る。


「どう? イオリ。身元確認出来そうなものある?」


「残念ながらないな。名前すら分からない」


「……仕方ないわね。埋葬だけしましょ」


 二人は地面を掘って、そこへ馬の骨と人骨を埋めた。


 疲れた体で長い道のりを歩き、ギルドへと戻った二人。受付嬢がまた胸を置いて休んでいる。イオリの鼻の下が伸びた瞬間、それを察知したかのようにエリーが睨みつける。


 ピシッ! とイオリはなぜか姿勢を正して天井へと目を逸らした。エリーは依頼書の写しを受付嬢の机にポンッと置いた。


「依頼、終わらせてきたわ。この地図のところにミキューの死骸があるから。時間は経ってないし、死骸は全部あの涼しい地下の巣穴の中に集めてあるわ。ついでに私の拙い氷魔法で冷やしておいたから、村のみんなで回収すれば当分の食料になるはずよ。


 あと……うちのバカが、洞窟にある宝石とかを全部この村に譲渡するってさ。依頼の報酬も半分でいいってよ」


 受付嬢はポカーンと口を開けていた。理解が追いつかないのだろう。個人が持つのであれば相当な大金になるはずなのに。それを……寄付?


「あの……すいません。言っている意味がよく理解できないんですけど……全部? 一部ではなく?」


「そっ、全部」


 受付嬢は短く笑うと立ち上がった。持ち上げられたその胸の暴力にエリーは気圧される。


「うっ……なにあれ。同じ人間?」


 そして受付嬢はイオリの隣へとやってくると、イオリの頭をそのまま自分の胸へと抱き寄せた。


「ほんの些細なお礼です。報酬が少なすぎますから……あぁ……もしあなたがいいなら、触る? あなたならいいよ。私の胸、ずっと見てたから。興味……あるんでしょ?」


 ダウナーな声がイオリへと染み渡る。エリーは顔を真赤にして二人を引き剥がす。


「ちょっちょちょちょっと! な、ななななにしてんのよ!! そんなんダメに決まってるでしょ!? イオリは……ダメ!」


「私はいいのに……」


「わたっ……私が、ダメだから……」


 声が小さくなっていく。恥ずかしくなって、静かなイオリの方へと顔を向けた。


「い、イオリも腑抜けてないで何か……言ってや……って」


 イオリは手で空気をむにっむにっと動かしていた。


「す、すごい。なんか……こう、ふわって……なんか」


 ――数分後、受付嬢が立ったまま、階段の手すりに干されているイオリを眺めていた。


「五連コンボ……人って……すごい」


 イオリはそのまま階段に放置され、エリーは一人でぷんすかと宿へ帰っていった。

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