この世界ではお金で生きています二章2
二章住み着いた魔物2
魔物との戦闘を終え、勇樹は剣と腕に着いた鮮血を洗い流そうと湖へと歩き、先に腕を洗い流す。
水が傷付いた腕に沁み、苦痛に顔を歪めるが、痛みが伴うのを我慢して綺麗にしていく。
綺麗に洗い流した後、勇樹はマジック袋から傷薬を取り出し、小瓶の蓋を開けて中の白いクリームを人差し指に付け、傷口に塗っていく。すると、傷が修復され、かさぶたができる。そのかさぶたも今度は皮膚へと変わり、嘘のように傷が無くなっていた。
現実的に考えるならありえないことであるが、ここがゲームの世界である以上、仕様であるからと納得するしかない。
再びクリームを出すと他の傷口へと塗っていく。他の傷も数秒後には傷が直り、魔物と戦う前の身体に戻っていた。
傷の手当てが終わると次に天空鳥の剣に付着した魔物の血を湖で洗い流す。
しかし、剣の手入れがこれで良いはずがない。
刀身には肉を斬った際に油も付着しているはずだ。ちゃんとした方法で手入れをしなければ、天空鳥の剣の斬れ味も落ちるし、魔物との戦闘で刃が通らないという事態に陥るかもしれない。
街に戻ったら手入れの方法を武器屋の主人にでも訊くとするか。
簡単な手入れを終え、天空鳥の剣をマジック袋に収納するとコインケースを取り出し、所持金を確認した。
合計金額は7290Q、もともと9590Q持っていたので今の戦闘で2300Q失ったことになる。
あの魔物との戦闘でこれだけの損害が出てしまった。もし、あの魔物以上の強い魔物が現れれば、いくら所持金額が多くとも足りなくなってくる。
魔物との戦闘を通して、このゲームの世界の恐ろしさを思い知らされた。
早く森を抜けてプロットの街に戻った方が良い。そう思い、勇樹は先程倒した魔物に張り付いていた地図を剥がし、結界までの最短ルートを探す。
「きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
どのルートが一番最短なのかを模索していると女性の悲鳴が聞こえてきた。
そして、勇樹の脳裏に依頼受付嬢のアスハが言っていた人物のことが思い浮かんだ。
その女の子はBランク指定の魔物を倒しにこの森にやって来た。今の悲鳴を聞く限り、その魔物に遭遇し、危ない状況に陥っていることに間違いない。
勇樹は傷は癒えているが、魔物との戦闘で傷付いた両の腕を見る。
あの魔物に腕を噛まれた程度で、あれ程の金を失ってしまった。
きっと、心配になって見に行った所で自分も魔物に襲われ、所持金をゼロにされてしまう。そうなれば自分の魂は浄化されて消え、二度と生物として来世を生きることができなくなってしまう。
自身の実力を把握しないで無謀にも挑んだ方が悪い。自業自得だ。見捨てたところで誰も自分を責めはしないだろう。
自分の考えを正当化し、先程の悲鳴は聞かなかったことにしてその場を離れようと一歩足を前に出した瞬間、勇樹の脳内にあるビジョンが思い浮かんだ。
目の前に血塗れになって倒れている女の子、その子を見ながら何もできないで呆然と立ち尽くしている十七歳の勇樹。そしてその二人から遠ざかろうとしている一人の男性の姿だ。
「くそっ!どうして今更、思い出したくもないこんな過去の出来事を思い出してしまう」
この記憶は勇樹にとっては思い出したくなかった苦い思い出であり、できることなら二度と掘り起こされたくない記憶であった。
「あんな光景を思い出したら行かない訳がないだろう」
勇樹は悲鳴が聞こえた方へと駆け出し、この場から離れる。
森の中を駆けると前方に崖が見え、勇樹は足に急ブレーキをかけて足を止める。崖の下には赤色に二本の白い線の入ったジャージ姿の女の子が、身体中から血を流しながら四足歩行の全長五メートルの魔物に追われている光景が映った。
女の子は見た目勇樹と同じぐらいの年齢で、肩まである長い黒髪の女の子だ。
この世界では一度も見ていないジャージ姿の人物。アスハが言っていた女の子はあの子で間違いないだろう。
体力が尽きかけているのか、女の子の走りは何かから逃走する走りではなく、体育の授業でランニングをさせられている運動音痴の人が走るような走りになっている。このままでは間違いなく追いつかれる。
女の子は運悪く、地面に転がっている石につまずき、その場で転倒。魔物は大きな口を開け女の子めがけて走って来る。勇樹は間に合わなかったと思い、目を背けたが、魔物はその後不思議な行動を取った。女の子を目の前にして突然動きを止め、辺りを窺っているかのように周囲を見渡している。
いったい何が起きている。どうして女の子を襲わない。
魔物の不可思議な行動に不審に思っていると、勇樹は魔物の顔に目がないことに気付く。
「もしかして、目がないから目標の場所が判別できないのか」
いや、目が存在しない生き物など聞いたことがない。おそらく、進化の過程で目が不必要となり、目が退化したのだろう。だけど生きている以上、食事をしなければいずれ死んでしまう。おそらく、視力の変わりに発達したものがあるだろう。
考えられるのは、視力の変わりに聴力が発達しているパターンと、コウモリのように超音波を出して反響からで物体の位置を把握する特殊な能力があるパターンが考えられる。
視力の変わりに発達しているものが何なのかを考えていると、魔物の右側の断崖の上から地面の一部が崩れた音が聞こえ、その方角を見ると崖の上で足を滑らしたのか、野兎が崖から落ちそうになっている。
勇樹が野兎の存在を認識したのと同時に魔物は縮んでいた首を伸ばし、十メートル以上先にいる野兎に齧り付くとそのまま咀嚼した。
これで分かった。魔物は優れた聴覚を用いて音で得物の居場所を特定していたのだ。音に反応すると分かった以上、彼女を魔物から引き離すことは可能となる。
「化け物こっちだ!」
勇樹は大声を出して自身の居場所を魔物に告げると首を彼の方へ向け、十メートル以上ある断崖をボルダリングの選手のように器用に上り始めた。
崖を上ることができるとは計算外だった。勇樹はすぐさまその場から離れ、湖を目指した。
おそらくあの湖にはアレが残っているはずだ。アレを上手く利用することができれば、予想では魔物が夢中になり、その隙に湖から離れて女の子を救出し、森を抜けて街に戻れるはずだ。
だが、これはあくまで予想に過ぎない。人生は自分の思うように事が進むことの方が少ない。最新の注意を払い、常に事態の変化に気を付けなければあの魔物に殺される未来は避けられないだろう。
全力で走り、時々後方の様子を伺う。
どうやら魔物は鈍足のようで、普通に走っていれば逃げ切れることが出来そうだ。
しかし、油断はできない。緊張感を持って物事を遂行しなければ足元を掬われることになる。
湖に着くと勇樹はあるものを探した。
「よし、ハァ、ハァ、アレは残っていたな」
勇樹は足を止め、後ろを振り返り、息を整える。
落ち着け、タイミングを見誤れば失敗に終わる。チャンスは一度しかない。失敗すればあの女の子も自分も助からない。
そう自身に言い聞かせ、勇樹は時が来るのをまった。
魔物は湖に到着すると、一歩ずつ勇樹に近付き、首を左右に振って勇樹を探すような動作を取った。
一歩ずつ近く度に恐怖が募るが、この恐怖に勝たなければ全てが水の泡となる。
案山子のように立ち尽くし、魔物が勇樹を通り過ぎたところでマジック袋からピーポ人形を取り出す。そしてピーポ人形を先程倒した魔物の死骸に投げた。
人形は魔物の死骸に当たると地面に落ち、重みで雑草がガサガサと音を立てると魔物は一直線に魔物の死骸へと走りる。
今がチャンスだと判断した勇樹は、全力疾走で湖から離れる。後方が気になり、後ろを振り返ると魔物はトカゲ型の魔物の死骸に齧り付いている光景が映った。
女の子のいる崖の真下まで来ると勇樹はマジック袋から地図を取り出し、崖の下に行くルートを探す。すると、近くに崖の下まで続く斜面があることに気付き、勇樹はその場へと向かった。
しかし、その斜面は舗装されておらず、岩や地面の凹凸があり、気を付けなければ足を滑らせて怪我をしそうな道であった。
だが、今更他の道を探す暇はない。勇樹は急ぎつつも慎重に斜面を下り、女の子に駆け寄る。
女の子は目を閉じたまま動かない。顔色も青ざめ、呼吸も荒く、苦しがっている。今にも死んでしまいそうな雰囲気を醸し出していた。
「おい、しっかりしろ」
身体を揺すり、声をかけるが、女の子からの反応がない。
「どうすれば良いんだよ」
目の前でどんどん衰弱していく女の子を見て、勇樹は何もできない自分に苛立ちを覚える。
これではあの頃と同じではないか。
「違う、俺はあの時誓ったはずだ。二度とあんな思いをしないように自分ができることをすると」
何か方法があるはずだと思考を巡らせていると、ガルドが温泉の脱衣所で話していたことを思い出す。
「そうだ。命は金で延命させることができる。緊急事態だ。悪く思わないでくれよ」
勇樹は女の子のジャージの中を弄り、あるものを探す。
そして、ジャージのズボンに探し物であるコインケースを見つけ、中を開けると10Qが一枚だけとなっている状況だった。
すぐさま勇樹はマジック袋から自分のコインケースを取り出し、1000Qを二枚彼女のコインケースに入れると女の子は血色が戻り、呼吸の荒さもなくなっている。
一時的には助けることが出来たが、油断はできない。早く街に戻らなければ。
勇樹は女の子を背負うと街に向かうために一歩踏み出した。その刹那、身体が揺らぎ、前方に倒れかかるが、勇樹は反対側の足を前に出して踏ん張った。
クソ、安心した所でとうとう熱まで出てきやがった。だけどここで倒れる訳にはいかない。
熱に浮かされ、意識がはっきりしない中、勇樹は街へと向けて歩みを進める。




