初クエスト
そもそも、今回の目的である『イノシシ狩り』の依頼ランクは、一番下であるF級だ。
ギルドのシステムを軽くおさらいしておくと、F級からE級の主な仕事は、薬草などの採取や、人里に現れて害を及ぼす野生動物の退治といった比較的安全な内容である。
これがD級からC級になると一変し、主となるのは『魔物』の討伐や商隊の護衛だ。魔物は単なる野獣と違って知能が高く、力も段違い。中には人間顔負けの高度な魔法を操る個体まで混ざってくるため、動物相手とは比べものにならないほど危険度が跳ね上がる。
さらに上のB級以上となれば、貴族や王族の用心棒、国家間の戦争への助っ人。A級やS級ともなれば、ドラゴンや伝説級の化け物退治が日常茶飯事となり、文字通り死と隣り合わせの生活を送ることになる。
ただ、英雄を目指さず普通に生きていくだけなら、D級やC級の依頼を淡々とこなしているだけで十分に裕福な暮らしができるのだ。莫大な富や名声、あるいは未知の強者との死闘を求める血気盛んな連中だけが、命を懸けてB級以上の高みを目指していく。
――などと頭の中で整理しながら森の小道をしばらく進んでいると、前方の開けた場所に三匹のイノシシがウロウロしているのを発見した。
今回の依頼の達成条件は『三匹以上の討伐』。まさに願ってもない好条件だ。これも俺の固定ステータスである『運:80』のおかげだろうか。
「お父さん、どうする?」
「よし、大きい方の二匹は俺が片付ける。ルクスは一番小さい奴を一人で狩ってみろ」
(……いやいや。いきなり十二歳の子供にタイマン張らせる度胸はどこから来るんだ?)
内心でツッコミを入れるが、まあ、それだけ俺のこの防具に絶対の信頼を置いているということなのだろう。
「さっきも言ったが、その装備ならイノシシ程度の攻撃で負けることは絶対にない! 安心して行ってこい!」
「うん、がんばるよ!」
元気よく答えて一歩を踏み出す。……あ、しまった。
初陣の子供にしてはまったく怯む様子もなく堂々としすぎていたせいか、アルスが「ん?」と少し驚いたような顔をしている。もうちょっと「こ、怖いよぉ……」とか怖気づく演技を挟むべきだったか。反省。
俺はターゲットである一番小さなイノシシの前に立ち、すっと構えた。
すると野性の勘が働いたのか、その小振りなイノシシは俺から発せられる危険な気配を察知し、脱兎のごとく背を向けて逃げ出そうとした。
「待てっ!!」
逃がすか。背を向けた瞬間に地を蹴って一気に間合いを詰め、わたされた小さな剣をひと閃き。
ズバッ、と鋭い斬撃音が響き、イノシシは短い悲鳴を上げて一撃で絶命した。
(……あ、ちょっとやり過ぎたか?)
手応えがあまりにもなさすぎて少し後悔したが、まあ逃げられて森をダラダラ捜索し直すのも面倒だし、よしとしよう。
恐る恐る後ろのアルスへ視線を向けると――彼はものすごいドヤ顔と笑顔を浮かべ、パチパチと盛大に拍手を送ってくれていた。
「さすがは俺の子供だな! いやぁ、素晴らしい筋だ、よくやったぞルクス!」
胸を撫で下ろす。ただの親バカフィルターがかかっていて助かった。
だが、そこで俺は重大な事実に気づいてしまった。
「……あっ!!」
「ん? どうしたルクス?」
「お父さん、他の二匹は!?」
「あッ!!!!」
俺の戦いぶりを「うちの子天才!」と親バカ全開で見守るのに夢中になりすぎて、残りの二匹に脱兎のごとく逃げられたらしい。
「す、すまんルクス……どうやら逃げられたようだ……」
頭を掻きながら情けなく笑うアルス。
ステータスこそB級らしく高いものの、この親父、決定的に抜けている部分が多い。まったく頼りないというか、平和ボケというか……。
結局、逃げた獲物を追ってその後さらに一時間ほど森を彷徨う羽目になったが、無事に規定数の三匹を狩り終え、初クエストを完了させることができた。
◇
初陣を終えた俺たちは、討伐した三匹のイノシシを回収し、ギルドへ報告に向かった。
討伐クエストというものは、当然ながら「倒した証拠」を提出する必要がある。
だが、何頭もの巨大な獲物をそのまま担いで街まで運ぶのは一苦労だ。そこで重宝するのが、ある程度の魔力を持つ者が使用できる『アイテムボックス』の魔法である。
これは亜空間に物を収納できる便利な下級魔法で、比較的誰でも扱えるのだが――その『収納容量』は使用者の総魔力量に完全に依存する。ちなみに生きている生物は収納不可能というルールがある。
普通の冒険者なら数キログラムの荷物を入れるのが限界なのだが、アルスは一頭あたり百キロ近くあるイノシシを二匹も余裕で収納していた。「本気を出せばドラゴンでも丸ごと入るぞ」と笑っていたが、上位三%の冒険者。魔力量は伊達ではないらしい。
俺も残りの一匹をあっさり収納したが、アルスは「俺の息子ならこれくらい当然だな!」と特に怪しむ様子もなかった。助かった。……まあ、俺の本当の魔力なら、この世のあらゆる物質を詰め込んでもお釣りがくるのだが。
俺とアルスが暮らしているのは、アスール王国で二番目に大きな都市『プラシア』だ。
『水の都』と称されるプラシアは、町中に美しく澄んだ水路や川が張り巡らされた非常にロケーションの良い町である。人口も多く活気に満ちているが、治安は至って良好だ。腕利きの騎士団が常に巡回している上、冒険者の数も多いため、わざわざここで悪事を働こうとする愚か者がいないのである。平凡に暮らしたい俺にとっては最高の環境と言えた。
ギルドの重厚な扉を開け、受付カウンターへと向かう。
「ルクスちゃん、おかえりー!」
真っ先に元気いっぱいの声をかけてくれたのは、受付の女の子だった。
肩まで伸びた柔らかそうな茶髪に、くるくると変わる愛くるしい表情。美人というよりは圧倒的に『可憐』な印象を与える彼女は、小さな身体も手伝ってまさに完璧な妹系キャラクターである。だがこれでもれっきとしたギルド職員で、俺が冒険者登録をした際の手続きを担当してくれた人物だ。名前はシャルルという。
「ただいま、シャルルちゃん」
「もー! 『シャルルちゃん』じゃなくて、『シャルルさん』か、せめて『シャルルお姉さん』でしょ! ルクスちゃんより四つも上なんだからね!」
シャルルちゃんはぷくーっと頬を膨らませて抗議してみせる。……うむ、すこぶる可愛い。
「シャルルちゃん、うちのルクスとイチャイチャするのは結構だけど、先にクエストの報告させてもらってもいいかな~?」
ニヤニヤと意地の悪いニヤケ顔で割り込んできたのはアルスだ。……うわぁ、自分の父親ながら実に気持ち悪い顔をしている。
「ア、アルスさんまで変なこと言わないでください! イチャイチャなんてしてませんっ! えーっと、クエスト報告ですね。承知しました!」
また「ちゃん」付けで呼ばれたことにブツブツと文句を言いながら、彼女は手際よく手続きの準備を進める。
シャルルちゃんは今年で十六歳。一人前の大人として扱われたい年頃なのだろう。
(でも無理。だって、どう見ても可愛いんだもん)
「ええと、F級クエスト『イノシシ三匹の討伐』ですね」
シャルルちゃんに促され、俺とアルスはカウンターの脇にある解体・納品用の広い部屋へと向かい、ボックスからイノシシを並べた。
「はい、たしかにイノシシ三匹、確認いたしました。こちら今回の報酬、一万ピアになります!」
「ありがとう、シャルルちゃん」
この国では、大人一人が一ヶ月普通に暮らすのに約十万ピアが必要とされている。そう考えると、初陣のF級クエストとしては破格の稼ぎと言っていい。
「イノシシの素材買い取りはどうされますか?」
討伐した動物や魔物は、ギルドがそのまま買い取ってくれるシステムになっている。動物の肉や皮は食料や衣類に、魔物の素材は強力な武器や防具の材料になるからだ。
「んー、じゃあ大きいのを二匹だけ頼むよ」
「承知いたしました。では二匹で二千ピアですね、ありがとうございます!」
「お父さん、あと一匹はどうするの?」
「ん? 食べるんだよ。今日の晩飯に決まってるじゃないか」
(……えっ。マジで言ってる……?)
解体前の、まるまる一頭のイノシシを見つめながら、俺は一瞬だけ遠い目をした。
「血抜きと解体、家でやるのか……?」という現実的な絶望が、じわじわと頭をよぎっていた。




