ルクスの力
「ルクス、狩りにいくぞー!」
陽気な声を張り上げて部屋に飛び込んできたのは、俺の父親であるアルスだ。
この男、これでもB級冒険者である。
この世界にはいわゆる『冒険者ギルド』が存在し、人々は様々な依頼をこなして日銭を稼いでいる。
ちなみに、俺がこれまで生きてきた無数の世界でも、必ずといっていいほどギルドと冒険者という職業が存在した。それどころか、細かい文化の違いこそあれど、言語や文明レベル、果ては魔法の体系までほぼ同一なのだから面白い。いちいち新しい世界の言語や理屈を覚え直す手間が省けるので、個人的には非常にありがたい話である。
ギルドにおける冒険者のランクはS級からF級まで。そしてS級のさらに上に『ランカー』と呼ばれる一握りの規格外が存在する。
全体で見ればA級以上はわずか一%未満。アルスのようなB級でも上位三%程度しか存在しないらしい。ランカーともなれば全世界で十人に満たないというから、一般的には「雲の上の存在」と言っていいだろう。
父さんは事あるごとに「俺は上位三%の精鋭だからな!」と自慢してくる。……が、最近すっかりお腹が出てきた中年親父なので、俺としてはその強さを今ひとつ信用しきれていない。
まあ、可愛い妻と子供に恵まれ、安心安全な依頼を中心に手堅く稼ぐスタイルへ移行したのなら、腹肉がついたのも平和の証と言えるのだろうが。
俺がこの世界に転生して十二年と半年の月日が経っていた。この世界で冒険者ギルドへの登録が可能になる年齢は十二歳。
俺は今年の誕生日にそのままギルドへ連行され、半ば強引に冒険者デビューを果たさせられた。アルスは昔から『自分の子供とパーティーを組むこと』が夢だったらしく、当日は主役の俺以上にテンションを爆発させていたものだ。
その誕生日にプレゼントされたのが、今俺が身につけている子供用の黒い軽装備と、小ぶりの片手剣である。
布地で仕立てられた軽装備は、金属鎧に比べれば一見頼りなく見える。しかし動きやすさと敏捷性を損なわない上、特殊な魔法補正が施された特注品なのだ。そこらへんの安物プレートアーマーよりも遥かに高い防御力を誇り、普通に買えば目玉が飛び出るような金がかかる。
流石は上位三%のB級冒険者。伊達に蓄えを持っているわけではないらしい。
「お父さん、今日はどんなクエストなの?」
「ふふふ……驚くなよルクス。今日はなんとC級クエストだ!」
胸を張るアルスを見て、俺は小さく頷いた。
冒険者になって半年。俺のランクはすでにD級に達している。
通常、F級からE級に上がるのに平均半年、E級からD級へ昇格するには平均一年かかると言われている。半年でD級到達というのは、ギルド内でも「驚異的な神童」と騒がれるペースだ。
もちろん「B級冒険者である父親とパーティーを組んでいるから」という周囲の納得もあるのだが……実のところ、俺には絶対に明かせない秘密があった。
俺は転生する際、前世の記憶だけでなく、過去すべてのレベルとステータスを引き継いでいるのだ。
そして今回の人生は、記念すべき百回目の転生にあたる。
思えば六回目の人生あたりでレベルが『99』に達し、「あ、ここが限界値か」と思った時期が俺にもありました。しかし次の世界へ渡った瞬間、あっさりと限界突破。上限など存在しないことが判明して以来、ひたすら数字は積み重なり続けている。
ちなみに、現在の俺のステータスは以下の通りだ。
【ルクス】
LEVEL:728
HP:25500
MP:28800
攻撃力:8250
防御力:7880
魔力:8400
俊敏性:9540
運:80
なぜか『運』の数値だけは、どれだけレベルが上がろうとも「80」からビタ一文動かない。おそらく固定値なのだろう。だが、これまでの人生で極端に不運に見舞われた記憶もないので、悪くない数字なのだと思う。
対して、ドヤ顔で自分の強さを語っていたアルスのステータスがこちら。
【アルス】
LEVEL:72
HP:3100
MP:650
攻撃力:910
防御力:820
魔力:410
俊敏性:845
運:???
普通の人類からすれば、文句なしのハイスペックである。
……ただ、自分の『運』のステータスだけはなぜか頑なに教えてくれなかった。絶対に何か後ろめたい、察するべき数値なのだろう。そこは触れないでおくのが親孝行というものだ。
ともあれ、俺のステータスはもはや人類の領域を遥かに踏み外している。全生物を見渡したところで、俺に傷を負わせられる存在など存在しないはずだ。
実際、五十回目の転生を過ぎたあたりから、俺が命を落とす原因は『老衰』以外になくなっていた。
幸いなことに、ステータスというのは本来、自分自身の数値しか確認できない。他人の強さを知るには本人から聞き出すか、あるいは極めて希少な鑑定魔法『ルック』を使うしかないのだ。
この世界の魔法ランクは、下級、中級、上級、その上に至高、究極、神域と続く。
『ルック』は究極魔法に分類されており、使える人間など見たこともない。古文書の記述でしかお目にかかれない代物のため、本当に存在するのかすら怪しいレベルだ。それに加え、レベル差があれば魔法すら通じない。だから、俺の異常な数値がバレる心配はほぼないのだ。
俺は昔から、己の力を隠して生きてきた。
圧倒的な力を露悪的に振るえば、怪物と恐れられて孤独になるか、あるいは権力者に目をつけられて利用されるか……そんな惨めな結末は、過去の転生で嫌というほど学んできたからだ。
だからこそ、俺の望みはただ一つ。
『平凡に生きること』
力を隠し、自分と大切な家族の身に降りかかる火の粉だけを静かに払う。平凡に働き、平凡に暮らし、穏やかに年をとって死んでいく。
たとえ世界で戦争が起きようが、見知らぬ誰かが何万人死のうが、国が一つ滅びようが、俺と俺の知人さえ無事ならそれでいい。冷酷と言われようが、気が遠くなるほどの時間を生きてきた俺の辿り着いた境地がこれだった。
百回目の人生だからといって、特別なことをするつもりはない。今回も「ちょっと優秀な一般人」として、平和に寿命を全うするつもりだ。
……まあ、そんな冷めた思考を持ちつつも、転生を繰り返す中での『ささやかな楽しみ』は存在した。
俺自身には才能がないのか、他の天才冒険者に比べると極端にレベルが上がりづらい体質らしい。だからこそ、有り余る時間を使い、誰も知らないような効率の良い狩場を探し出しては、ひたすら魔物を刈り続ける。そして、亀の歩みのように少しずつ増えていく数値を眺めるのが、たまらなく好きだったのだ。
そうしてコツコツと努力を積み重ねた結果が、この『レベル728』というバカげた数字なのだが。
――話は半年前、俺が十二歳になって初めてのクエストに挑んだ日に遡る。
最初の依頼は、街の近くに出没した『野良イノシシの討伐』だった。
森から里へ迷い込み、畑の農作物を食い荒らす害獣を退治してほしいという、初心者向けの初歩的な内容だ。
「ルクス、今日は記念すべき初陣だが、何も心配いらんぞ!」
鬱蒼と茂る森の小道を歩きながら、アルスがポンポンと俺の頭を撫でてくる。
「ほんとかなぁ……父さん、なんだか怖いよぉ」
恐怖などミジンコほども感じていないが、十二歳らしい可憐で未熟な子供を演じるのはなかなか骨が折れる。十二歳の無邪気さってどんな感じだったっけな、と不安気な表情を作ってみせる。
「ハッハッハ! 大丈夫だ! お前が着ているその防具はな、魔物はともかく、ただの動物ごときの攻撃じゃ傷一つ付かない優れものなんだからな!」
「わかった! 俺、がんばるよ!」
満面の笑みで答えると、アルスは「よし! その意気だ!」と嬉しそうに目尻を下げ、ドカン! と俺の背中を豪快に叩いた。
(……ちょ、ちょっと待って。地味に強い、強い強い! 今の普通にダメージ入ってるから! 服の防御力貫通して打撲の衝撃来てるから!!)
レベル728の肉体を揺さぶる、愛ゆえの超物理攻撃。
俺は必死に顔を引きつらせながら、父親のバカ力を心の中で盛大に呪うのだった。




