食事会
熱気に包まれた闘技場を出ると、エントランスでルミナが待っていた。
「お疲れさま、ルクス! ゴランさんどうだった? 強かった?」
「うーん……ぶっちゃけ大したことなかったな。ルミナでも余裕で楽勝だったと思うよ」
「そっかぁ! でも怪我もなさそうで良かった。……あ、でもせっかく作った新しい武器、折れちゃったね」
「いやぁ、折れてなきゃルミナにプレゼントしようと思ってたんだけどね」
「それは残念! あれがあったら、朝ルクスが寝坊した時にポカポカ叩いて起こせたのに!」
(……恐ろしい。折れてくれて本当によかったよ……)
俺は心の中で冷や汗を拭いながら、本題を切り出した。
「あ、それはそうとさ。クレアさんって分かる? あの審判をやってくれた人」
「うん、あのS級の綺麗な人でしょ? その人がどうかしたの?」
「いや、なんか話があるからって、食事に誘われちゃってさ」
「えっ、食事!? デ、デートのお誘い!? それ受けたの!?」
話の途中で、ルミナが目を見開いて慌てたように割り込んできた。
「いやいや、最後まで話を聞いてよ」
「えっ?」
「ルミナも一緒にどうぞって誘われてるんだよ。ルミナが誤解してるような話じゃないって」
「ご、誤解ってなによ! ただ、ルクスがご飯食べに行っちゃったら私ひとりでご飯食べなきゃいけなくなるから嫌だっただけだもん!」
ルミナはいじけたようにぷくーっと頬を膨らませ、そっぽを向いてしまった。
「じゃあ一緒に行こうか。ちなみに、奢ってくれるそうだよ。あの『マルシェ』で」
「マルシェって……あの超超超高級店のマルシェ!? ほんとに!? 絶対行く!!」
そっぽを向いていたルミナが勢いよく振り向き、目をこれでもかと輝かせた。一瞬でテンションが最高潮に達している。
「じゃあ一時間後に待ち合わせだから、急いで準備しよう」
「分かったわ! 急いで家に帰って着替えな……あっ」
「どうしたの、ルミナ?」
「私……あんなお店に着ていく服なんて持ってない……」
「あ……俺もだ」
高級店に入るには、それなりのドレスコードが必要だ。今までギルドの食堂か大衆酒場にしか行ったことがない俺たちだ。いつもの冒険者用の服で行けば、間違いなく入口でつまみ出される。
俺たちは慌てて服飾店へ駆け込み、店員さんに「超高級店に入れるフォーマルな服」を仕立ててもらった。
服代だけで、なんと三十万ピア。さらに「時計やネックレスなどの貴金属も必須です」と言われ、追加で拾万ピア。合計四十万ピアの猛烈な出費となった。普段の二人分の食費(二千ピア)なら二百回分に相当する大金だ。まあ、ルミナの大食いを加味しても二食で五千ピアだから、八十回分だが……。
……だが、着替え終わったルミナの姿を見て、俺は思わず息を呑んだ。
艶やかな赤いドレスに身を包み、胸元や背中が適度にあいたデザイン。いつもの活発な雰囲気から一転して、驚くほど色っぽく洗練されていた。
「あ、あんまりジロジロ見ないでよ……恥ずかしいじゃない……」
「えっ……あ!」
あまりの美しさに見とれていた俺は、ハッと正気に戻った。
「いや……すごく、キレイだなと思って」
「……! あ、ありがとう……。ルクスも、すごく似合ってるよ……」
意外にも素直に言葉が出た俺に対し、ルミナは顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうに下を向いてしまった。
◇
着替えを終えた俺たちは、約束の店『マルシェ』へ急いで向かっていた。
「いやぁ……痛い出費だったな……」
「まあ、B級クエスト一回分くらいの報酬だし良いんじゃない? 四十万ピアでマルシェの料理が食べられると思えば安いものよ!」
初めての超高級店に、俺たちは多少緊張していた。
建物はシンプルかつ格式高く、汚れ一つない純白の壁に入り口が一つ。店内へ入ると、洗練された美しい女性店員が滑らかに近づいてきた。
「ルクス様と、お連れ様でいらっしゃいますね?」
「あ、はい。そうです」
「では、こちらへどうぞ」
案内されたのは、重厚な扉で仕切られた豪華な個室だった。緊張でソワソワと周囲をキョロキョロ見回すルミナ。
部屋の奥では、すでにクレアさんが待っていた。
「やぁ、ルクス君。……それと、お隣の方のお名前を聞いてもいいかな?」
「あ、申し訳ございません! 私、ルミナと申します。A級冒険者をやらせてもらっています。本日はお招きいただきありがとうございます!」
ルミナは珍しくガチガチに緊張してお辞儀をした。
「もっと楽にしてくれていいよ。私はクレア・ガーランド。S級冒険者だ。よろしくね、ルミナさん」
「は、はいっ!」
「……しかし二人ともバッチリ決まっているな。そんなフォーマルな服を持っているなら、わざわざ個室を用意しなくても良かったかな?」
「「えっ!?」」
「服装、気にしなくて良かったんですか……!?」
「ああ。個室なら他の客の目もないから、どんな格好でも構わなかったんだ。先に言っておけば良かったね」
クレアさんをよく見ると、彼女自身は動きやすいラフな私服姿だった。先に言ってくださいよぉぉ!!
「では、話の前に食事としよう。好きなものを頼みなさい」
「ほんとに奢ってもらえるんですか……? いっぱい食べちゃうかもしれませんよ?」
「大丈夫、大丈夫。これでもS級だからね、稼ぎはあるんだ」
確認は大事だ。後で「払え」と言われても困る。……クレアさん、ルミナを連れてきてごめんなさい。
ルミナはすでにメニューに釘付けになっていた。俺もどんなものかとメニューを開いて……目が飛び出そうになった。
飲み物一杯で普段の食事代を軽く超える。メイン料理に至っては、庶民が一年間暮らせるほどの金額だ。絶対におかしいよこの価格設定!
「じ、じゃあ俺はハンバーグにします……」
「それだけでいいのかい? ステーキとか食べていいんだよ?」
「いえ……これで十分です……」
これからの展開(クレアさんの財布の惨劇)が予想できて可哀想になり、俺は遠慮しておいた。
「よし、決めたわ!」
食の悪魔が口を開いた。
「『海鮮サラダ』と『大川魚のムニエル』と『特選牛のステーキ二人前』……うーん、ルクスのハンバーグも美味しそうだからそれも! あ、あと久しぶりに『マンゴンジュース』も飲みたいです!」
「あ、あの……ルミナさん? 本当に全部食べられるのかい……? ひと口ずつ食べて残すとかはナシだよ?」
「問題ないです!」
クレアさんが「本当か……!?」という顔で俺を見てきたので、俺は無言で深々と頷いた。
「そ、そうか……なら良いんだ……」
(……ごめんね、クレアさん……)
間もなく、豪華な料理がテーブル一杯に運ばれてきた。
「「いただきまーす!」」
ハンバーグを切り、口へ運ぶ。
――う、美味い!! 今までの人生(百回の転生含む)で食べた料理の中でも、ダントツで美味い!!ルミナも感動のあまり手が止まらず、テーブルの料理が凄まじい速度で吸い込まれていく。
そしてわずか三十分後――テーブル上の全料理が綺麗に平らげられていた。
「……本当に全部食べてしまうとは……信じられん……。……ま、まあいい。では、そろそろ本題に入ろうか」
「あ、そうでした。お願いします」
あまりの美味さに本題を忘れかけていた。
「ルクス君たちは、今のアスール国の情勢を知っているかい?」
「はい。強い魔物が国中や同盟国各地に現れて、大きな被害が出ているんですよね」
「そうだ。その被害を食い止めるため、我々冒険者が派遣されている。ただ問題なのは……現れる魔物一匹一匹が異常に強いことだ。普通の魔物より知能が高く、明確な弱点もない。B級以下では歯が立たず、A級でもパーティを組まねば倒せない。単独撃破できているのは、S級でも限られた者だけだ」
俺とルミナは顔を見合わせた。思い当たる節がありすぎる。
「ねぇ……それって」
「ああ……あのゴーレムと同じだろうな」
「ん? 君たちはその魔物に心当たりがあるのか?」
「ええ、三年前くらいですかね。サンドラの国で、水魔法が効かず自ら魔術を使う謎のゴーレムと戦ったんです」
「でもその時はルクスが倒してくれたもんね!」
「あの魔物を単独で……!?」
「正確にはルクスのお父さんもいたけど、実質一人で倒してましたよ! お父さんは気絶してたし、私は役立たずだったし……あ、お父さんは気絶したフリだったんだっけ?」
ルミナが一生懸命説明してくれるが、『究極魔法』を使ったことだけは上手く伏せてくれていた。俺が力を隠したがっているのを察してくれているのだ。本当に助かる。
「そうか……やはり私の見込んだ通りだ。ルクス君、一緒に王都へ来てくれないか。今アスールは圧倒的に人手が足りない。王都には国中から難関依頼が集まっている。原因を調べたいが、国を守るだけで手一杯なんだ。アスールには君の力が必要だ」
やっぱりそういう話か……。正直、めんどくさい事には巻き込まれたくない。
だが……王都といえば、三年前アルスが向かった場所だ。行けば親父に会えるかもしれない。それに、これだけ豪華な料理を奢ってもらった手前、断りづらい。魔物を倒すだけなら少し手伝ってもいいか。王都ならプラシアからもそう遠くないし、何かあってもすぐ戻ってこられる。
「ルミナはどう思う?」
「いいんじゃない! 王都って行ったことないし、美味しいデザートがあるらしいわよ!」
(……そんな理由でいいのか……?)
「分かりました。ですが……ひとつ条件を聞いてもらってもいいですか?」
「条件? 言ってみなさい」
「俺は、他人のパーティの下に入る気はありません。基本はルミナと二人で組んで動きます」
俺が告げると、クレアさんは腕を組んで深く考え込んだ。
「分かった。では私からも一つ条件を出させてもらう。ルクス君の実力は分かったが、私はルミナさんの力をまだ知らない。単に『A級』という情報だけでは連れていけない。死なせるわけにはいかないからね。……だから、一度私と立ち合ってもらいたい。勝てとは言わない。あの魔物と戦える力があると示してくれればいい」
「えっ、本当ですか!? やったぁ!!」
憧れのS級冒険者と立ち合えると聞いて、ルミナは大喜びした。まさか喜ばれるとは思っていなかったクレアさんは、苦笑いを浮かべている。
◇
会談が終わり、精算の際――「お会計、二千五百万ピアになります」という店員の爽やかな声が聞こえてきたが、俺たちは聞こえないフリをしてそのまま店を出た。
チラッと見えたクレアさんの顔は、完全に蒼白になっていた……。




