ルクス対ゴラン
「さぁ、やって参りました本日のメインイベント! 期待のA級冒険者ゴラン! 対するは、弱冠十五歳にして同じくA級冒険者――【黒の迅雷】ルクス! 両者、入場です!!」
闘技場全域を満たした大歓声が、地鳴りのように響き渡っていた。
ギルドが主催する決闘は興行としても大人気であり、この日は前座として五回の決闘が行われていた。会場のボルテージはすでに最高潮だ。
広大な闘技場の中央で、俺とゴランは向かい合っていた。
ふと観客席へ視線を向けると、ルミナが最大サイズの容器に入ったポップコーンを両手で抱え、モグモグと頬張っているのが見えた。……相変わらず、どんな緊張感の中でもマイペースに食べているな、あの娘は。
「では、ルールの確認を行います。相手の『戦闘不能』、あるいは『降参の意思表示』をもって決着とします。なお、相手の生死は問いません。故意に観客や審判へ攻撃を行った場合は即座に失格とします」
ルール説明を聞いたゴランが、下品にニヤリと口角を上げた。
物騒な奴だ。本気で俺を殺す気満々らしい。
「また、今回はA級同士のハイレベルな決闘につき、特別審判を招聘しております! アスール王都ブランよりお越しいただきました、伝説のランカー『グレイブ・ガーランド』の一人娘――去年、十八歳で史上最年少S級冒険者となられた、クレア・ガーランド様です!」
「うおおおぉぉぉぉ! クレアさんカッコいいぃぃぃ!」
「クレアさぁぁん! こっち見てくれぇぇぇ!」
観客席からの熱狂的な絶叫が一際大きくなる。
噂には聞いていたが、あの人がクレア・ガーランドか。アスール王国が誇るS級冒険者・最強の一角。
艶やかな銀髪のショートカットに、170センチを超えるスラリとしたモデルのようなスタイル。言われなければ凄腕の冒険者とは誰も思わないほどの美貌だった。たしかガーランド家は、剣術の最高峰である『天心天明流』の本家だったはずだ。
「……私のことは気にせず、存分に力を尽くして戦うといい。この戦い、楽しみにしているよ」
「はい、頑張ります!」
爽やかな好青年スマイルで答えておく。ゴランは「チッ」と舌打ちをして明後日の方向を向いていた。年下の審判に上から言われたのが気に入らないのだろう。
「では――両者、構え!」
俺は腰の鞘から、武器屋で作らせた『新兵器』を引き抜いて構えた。
それを見た瞬間、ゴランだけでなく、審判のクレアまでもが目を見開いた。それもそのはず――俺が手にしていたのは『剣』ではなかったからだ。
柄と鍔は剣のそれだが、刀身にあたる部分は一切の刃がなく、太く長い鉄の棒が伸びているだけだった。斬るためではなく、打撃を与えるための完全にただの『鉄棒』である。
「お、おい……お前、ふざけてるのか!? いつもの黒い剣はどうした!」
「いやぁ……いくらお前がムカつく奴でも、殺すほどじゃないからね。それに本物の剣を使ったら一瞬で切り刻んで終わっちゃうだろ? それじゃ観客も楽しめないしさ」
いくら頭に血が上っていたとはいえ、一日経てば冷静になる。流石に殺すのは大人気ない。だが、ルミナの肩に気安く触れた罪は重い。ゆえに、この特注鉄棒でボコボコにして反省してもらうことにしたのだ。
「ふ、ふざけやがってぇぇぇ! ぶっ殺してやる!!」
ゴランが屈辱と怒りで全身を激しく震わせる。横で見ているクレアは、必死で吹き出すのを耐えているようだった。
ゴランはボックスからバカでかい大斧を取り出した。2メートルはあろうかという巨斧を、片手で軽々とぶんぶん振り回す。
「両者、準備完了だな。……はじめ!!」
「ガハハ! やっとこの時間が来たぜ! 安心しろルクス、お前が死んだらルミナは俺がたっぷり可愛がってやるからなぁ!」
ゴランは大斧を、まるで竹刀でも振るかのような恐ろしいスピードで振り下ろしてきた。
「うおっと……意外と速いね」
軽やかに後方へステップして回避。振り下ろされた大斧は地面を粉砕し、派手なクレーターを作り出した。
……うわぁ、本気で十五歳の年下を殺しにきてるよ、この人。
「チッ、今のひと振りで死んでおけば楽になれたものを……!」
「今の……本気だったの? 大したことないね」
「安心しろ……絶望はここからだ!」
薄気味悪い笑みを浮かべ、ゴランはもう一本の大斧を取り出し、両手に構えた。
二刀流……ならぬ『二斧流』か。なんて呑気に考えていると、
「驚いて声も出ねぇようだな! だがもう遅い、あの世で後悔しな!!」
まるで勝ったかのように高笑いしながら、ゴランは二本の大斧を疾風怒濤の勢いで振り回してきた。俺はそのすべてを、紙一枚の差でひらひらと回避していく。相変わらず芸のない大振りだ。
「『クエイク』!!」
突如、ゴランが呪文を唱えた。土属性の中級魔術だ。
両斧から魔力が放たれ、足元の石畳が激しく揺れ、グラリと体勢が崩れる。おや、脳筋の割に意外と頭を使うじゃないか。
体勢が崩れた絶妙のタイミングで、真横から大斧が迫る。やばい、避けきれないかも――
――【ガシッ!!】
俺はとっさに、迫りくる大斧の刃を『素手』でガッチリと受け止めた。
「なっ……!?」
ゴランは目を剥き出しにし、必死で斧を引き抜こうと腕に力を込める。だが、俺の手はピクリとも動かない。
「ちくしょう! 離しやがれッ!」
「あ、そう? じゃあ離すね」
引っ張り合いの最中、パッと手を放してやった。
勢い余ったゴランは「うおっと!?」と盛大にバランスを崩し、豪快に尻餅をついた。観客席からドッと爆笑が巻き起こる。
「くっ……お前、なにか卑怯なマネを……!」
「何って……普通に手で止めただけだけど。……じゃ、次は俺から行くよ」
一瞬で間合いを詰め、特注の鉄棒を振り下ろす――いや、力任せに叩きつけた!
「い、いや待っ――」
慌てて二本の大斧をクロスさせ、防御の壁を作るゴラン。
だが、俺の鉄棒が触れた瞬間――【ゴォン!!】という衝撃音とともに、一千万ピアは下らないミスリル製の大斧が、木屑のように粉々に砕け散った。
「な……なん……ッ!?」
砕けた柄だけを手に、ゴランは呆然と固まっている。
「な、なんでだ……!? この斧は希少なミスリル製だぞ……! それをただの鉄棒で壊すなんて……ッ!」
「あー、確かに固かったよ。ほら、俺の武器も折れちゃった」
俺の手に残っていた鉄棒も、根元からポッキリと折れていた。
「新しい武器、まだある? 無いなら……男らしく素手で殴り合う?」
「やってやるよちくしょうがぁぁぁ!!」
半狂乱になったゴランが、無謀にも大振りの右ストレートを放ってきた。
俺はその懐へ潜り込み、手加減した一撃を腹にめり込ませた。
「ぐえぇぇぇぇッ!?」
あまりの衝撃にカエルが潰れたような声を上げ、腹を押さえて倒れ込むゴラン。
かなり手加減したつもりだったんだが……やっぱりこの程度か。
うずくまるゴランの身体を、蹴り足でポンと跳ね上げて仰向けにさせる。
もはや指一本動かせないのか、大の字になったゴランは激しく肩で息を突いていた。
「おい、ゴラン」
上から見下ろして声をかけると、彼の巨躯がヒクッと震え、その瞳が強い恐怖に染まった。
「……『殺される側』の気分、少しは分かった? これに懲りたら、誰彼かまわず喧嘩を売るのはやめることだね。……まあ、『次』があればの話だけど?」
冷ややかに笑いながら、俺はゴランの顔面へ拳を急速に振り下ろした。
「ま、参ったぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「それまで!!」
ゴランの悲鳴と、クレアの制止の声が同時に響き渡る。
俺の拳は、ゴランの鼻先数ミリでピッタリと停止していた。凄まじい風圧だけで、ゴランの頬が激しく歪み、地面の石畳に亀裂が入る。
ゴランは目を固く閉じ、ガタガタと生まれたての小鹿のように震えていた。
「ゴラン戦闘不能! 勝者――ルクス!!」
クレアの宣言とともに、闘技場全体が揺れるほどの盛大な歓声と拍手が巻き起こった。
「分かってると思うけど……もう二度とルミナに手を出すなよ? 次はないから」
コクコクと必死に首を振るゴラン。まあ、これで少しはおとなしくなるだろう。
ぴくりとも動けなくなったゴランは、救護班の担架に乗せられて哀れに運ばれていった。
「ルクス君、お疲れ様」
審判のクレアが歩み寄ってきた。
「いえいえ、これくらいじゃ疲れもしませんよ」
「……君は、一体何者なんだ?」
「何者って……ただのA級冒険者ですよ」
「ふふ、そうだったな。……ルクス君、あとで少し話をしたいのだが、時間はもらえるか?」
「そうですね……ちょうどお腹が空いたので、これから昼食にしたいところですが」
「なるほど。では私に奢らせてくれ。一時間後、この街の『マルシェ』というレストランで待っている」
(マ……マルシェ……!!?)
この街一番――いや、この国でも指折りの超高級レストランじゃないか! 噂ではサラダ一皿だけで数万〜十万ピアは下らないというあのマルシェか!? しかもS級冒険者の奢り!
「是非行かせていただきます!」
「そうか、楽しみにしているよ」
「あ、あの……女性の連れがいるんですが、一緒に行っても大丈夫ですか?」
「ふふ、男女の密会というわけではないから安心しなさい。皆で楽しく食事をしよう」
(いや……そういう意味での心配じゃなくて……彼女、めちゃくちゃ大食いですけど大丈夫ですか……? と言いたかったんだが……)
まあ、S級冒険者の懐なら大丈夫だろう。俺はルミナの待つ観客席へと、足取り軽く向かうのだった。




