食事会
闘技場を出るとルミナが外で待っていた。
「おつかれさま、ルクス。ゴランさんどうだった? 強かった?」
「うーん、たいしたことはなかったな。ルミナでも楽勝だったと思うよ」
「そっかぁ。でもケガもなさそうでよかった。でも新しい武器折れちゃったね」
「いやぁ折れてなきゃ、ルミナにプレゼントしようと思っていたんだけどね」
「それは残念。あれがあったら朝ルクスが寝坊した時に叩いて起こせるわね」
恐ろしい……折れてくれてよかったよ。
「あっそれはそうと、クレアさん分かる? あの審判やってくれた人」
「うん、あのS級のキレイな人でしょ? その人がどうかしたの?」
「いや、なんか話があるって食事に誘われたんだけど」
「えっ、食事! デートのお誘い? それ受けたの?」
話の途中で慌てたようにルミナが入ってきた。
「いやいや、最後まで聞いてよ」
「えっ?」
「ルミナも一緒にどうぞって誘われているんだけど。ルミナが誤解している話じゃないみたいだよ」
「ご、誤解ってなによ。ただルクスがご飯食べに行ったら私が一人で食べないといけなくなるから嫌だっただけだもん」
ルミナはいじけたように口を尖らせてそっぽを向く。
「じゃあ一緒に行くか。ちなみに、奢ってくれるそうだよ。あのマルシェで」
「マルシェってあの超超高級店のマルシェ? ほんとに? 絶対いくわ!」
そっぽ向いていたルミナが勢いよく俺を見て目を輝かせている。かなりテンションが上がっているようだ。
「じゃあ一時間後に待ち合わせだから急いで準備しよう」
「わかったわ。早く家に帰って着替えな…あっ……」
「どうした? ルミナ」
「私、着ていく服持ってない……」
「あっ…俺もだ」
高級店に入るにはそれなりの服装をしなければならないのだ。今まではギルド内の食堂か、大衆レストランのような場所にしか行ったことがなかった。もし普段の格好で行けば入店拒否されるであろう。
俺達は急いで服飾店へ向かい、店員さんに高級店にも入れるような服を身繕ってもらった。合わせてなんと三十万ピア。それに加えて、腕時計や女性はネックレスなども必要だと言われ十万ピア。合わせて四十万ピアの出費であった。普段は一食食べるのに二人でも五千ピアで済むのだから、八十回分の出費である。まぁルミナじゃなきゃ二千ピアもあれば十分なのだが……
しかし着替え終わったルミナを見て惚れなおした。赤いドレスに身を包み胸元や背中があいており、かなり色っぽい仕上がりになっていた。
「あんまりジロジロみないでよ。はずかしいじゃない」
「えっ!」
思わず見とれてしまっていた。
「いや、とてもキレイだなって思って」
意外にも素直に言葉がでた。
「あっ、ありがとう。ルクスも似合ってるよ」
ルミナは顔を赤らめて顔を隠すように地面を見てしまった。
準備を終えた俺達は急いでマルシェへ向かっていた。約束の時間ギリギリだ
「いやぁ、痛い出費だったな」
「まぁB級クエスト一回分ぐらいだしいいんじゃない」
「そうだな。四十万でマルシェの料理を食えると思えば安いものだね」
初めての高級店に多少緊張していた。外観はシンプルだった。汚れ一つない真白な建物の壁に入り口が一つだけある。店内に入ると美しい女性の店員が近づいてきて、
「ルクス様とそのお連れの方でよろしかったですか?」
と俺達が来ることが分かっていたというように尋ねてきた。
「はい、そうです」
「ではこちらへどうぞ」
店員は奥にある部屋に案内してくれた。ルミナは周りをキョロキョロ見ている。落ち着きがない。
部屋に入るとクレアさんは既に待っていた。
「やぁ、ルクス君。それと隣の方のお名前を聞いてもいいかな」
「あ、申し訳ございません。私、ルミナと申します。A級冒険者やらせてもらっています。今日はお誘いいただき有難うございます」
ルミナは珍しくガチガチに緊張している。
「もっと楽にしていいよ。私はクレア・ガーランド。S級冒険者だ。よろしく、ルミナさん」
「は、はい」
「しかし二人共バッチリ決まっているな。そんな服持っているんだったら、わざわざ個室を用意しなくてよかったか」
「「えっ!」」
「服装気にしなくてよかったんですか?」
「あぁ。個室は他の客の目もないからね。言っておけばよかったな」
クレアさんをよく見るとラフな格好をしていた。先に言って下さいよぉ。
「では、話の前に食事としよう。好きなものを頼みなさい」
「ほんとに奢ってもらえるんですか? いっぱい食べちゃうかもですよ」
「大丈夫、大丈夫。これでもS級だからな。稼ぎはあるんだよ」
確認は大事だからね。後で払えっていわれても困るからね。ルミナ連れてきちゃってごめんなさい。ルミナは既にメニューに釘付けになっている。どんなものかとメニューを見てみると、目が飛び出しそうだった。まず飲み物一杯で自分達の普段の食事代を軽く超える。メイン料理にいたっては、普通に一年間暮らせるぐらいの金額だ。値段設定が絶対おかしいよ!
「じゃ、じゃあ俺はハンバーグにします」
「それだけでいいのか? ステーキとか食べていいんだよ」
「いえ……これで十分です」
これからの展開が想像できて、可哀そうだから遠慮してしまった。
「よし、決めた」
食の悪魔が口を開いた。
「海鮮サラダと魚のムニエルと牛のステーキ二人前と、うーん、ルクスのハンバーグもおいしそうだからそれもお願いします。あっ久しぶりにマンゴンのジュースも飲みたいのでそれもお願いします」
店員さんは急いでメモをとっている。さすがに高級店の店員だ。一発で聞き取り、その量にも驚かず淡々と接客している。しかしクレアさんは違った。
「ちょっと待ってルミナさん。本当に全部食べられる? ひと口ずつ食べるとかなしよ」
「問題ないです」
クレアさんが本当か? という表情で俺を見るので無言で頷いた。
「そ、そうか……それならいいんだ」
ごめんね、クレアさん。
次々と料理が運ばれてきて、テーブルが料理でいっぱいになった。
「「いただきまーす」」
ハンバーグを小さく切って口に運ぶ。こ、これはうまい。今まで食べた料理で断トツにうまい。ルミナもあまりのおいしさに箸が止まらないといった感じだ。テーブルの料理が次々と無くなっていく。
ルミナは三十分程で全ての料理を平らげた。
「ほんとに全部食べてしまうとは……信じられん……まぁいい。ではそろそろ本題に入ってもいいかな」
「え? 話? あ、そうか。はい、お願いします」
あまりに美味しすぎて本題を忘れていた。
「ルクス君達は今のアスール国の情勢は知っているかな」
「はい、強い魔物が国中や同盟国各地に現れ被害にあっているんですよね」
「そうだ。その被害を食い止める為、我々冒険者がアスール国から派遣されているのだ。ただ問題なのが、魔物一匹一匹が強い。普通の魔物より知能が高く、弱点も特にない。B級以下では歯が立たず、A級でもしっかりパーティーを組まないと倒すのは難しい。単独撃破できているのは今のところS級でも限られた者だけだ」
「ねぇそれって……」
俺達には思い当たる魔物がいた。
「あぁ、あのゴーレムと同じだろうな」
「ん? 君たちはそういった魔物に心当たりがあるのか?」
「えぇ、三年前ぐらいですかね。サンドラの国で、水魔法が効かず魔法を使うゴーレムと戦ったんですよ」
「でもその時はルクスが倒してくれたもんね」
「あの魔物を単独で倒したのか?」
「正確にはルクスのお父さんもいたけど、実質一人で倒していましたよ。お父さんは気絶していたし、私は役立たずだったし。あ、お父さんは気絶した振りだったけ」
ルミナが説明してくれているが、究極魔法を使ったことは黙っていてくれているようだ。俺が力を隠したがっているのは知っているからな。助かる。
「そうか、やはり私の見込んだ通りだな。ルクス君、一緒に王都にいかないか。今アスールは人手が足りない。王都には国中、同盟国中からクエストが集まる。魔物が発生する原因も調べたいのだが、国や同盟国を守るので精一杯になっている。アスールは君の力が必要なんだ」
やっぱりそういう話か……うーん、正直行きたくない。でも王都っていったらアルスが行った所じゃなかったか。行ったら会えるかな……。それにこれだけ食べた後に断りにくいなぁ。まぁ戦争って訳じゃないし、この国にもそれなりに愛着もある。魔物倒すだけだったら少し手伝ってもいいかな。王都だったらそこまで遠くないから、プラシアで何かあってもすぐ戻ってこられるし。
「ルミナはどう思う?」
「いいんじゃない。王都って行ったことないし。美味しいデザートがあるらしいわよ」
そんな理由でいいのか……
「わかりました。でもひとつ条件を聞いてもらっていいですか?」
「条件? 言ってみなさい」
「俺はパーティーで誰かの下に付くことはしません。だから基本はルミナと二人で組むことになると思います」
俺がそう言うとクレアさんは腕を組んで何やら考えている。
「わかった。では私からも一つ条件がある。ルクス君の実力は十分に分かったが、ルミナさんの力は全く知らない。A級という情報だけではとても連れていけない。死ぬだけだからな。だから一度私と立ち合ってくれ。何も勝てとはいわない。少なくともあの魔物と戦える力があると示してくれればいい」
「え、本当ですか。やったぁ」
ルミナは有名人と立ち会えるとあって、喜んでいた。まさか喜ばれると思ってはいなかっただろうクレアさんは苦笑いを浮かべていた。
精算の時に二千五百万ピアになります。と言う店員さんの声が聞こえてきたが、聞いてないふりをしてそのまま店を出た。クレアさん青ざめていたな……